第十一話 魔法の再現―3
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午後、宿へ戻ると、窓辺の光は浅い金色へ傾いていた。セレナとアリアが先に戻っていて、卓上には小さな地図と、焼き林檎の包みが置かれている。
「どうだった?」
イグニスが問うとアリアは手短に報告した。『光を放つ燐灰石』の出処と、行方不明になった鉱山夫たちについてだ。
「市場では、特に変わった様子はありませんでした。ただ、東の山に伯爵家の鉱山があるらしくて……最近、鉱山夫たちが戻ってこないという話を聞きました」
「その話は俺たちも聞いたよ」
「憲兵隊は?」と、セレナが訊く。
「隊長は参っていた。伯爵家から圧力がかかっているのは確かだ。鉱山夫の失踪についても住人から申告は出ていたらしいが、調査の取り消しがあったそうだ」
「信頼できるの?」
「ああ」
イグニスは迷いなく頷いた。
「つまり、『光を放つ燐灰石』と伯爵家、それから鉱山夫の失踪……もし繋がっているなら、出処を突き止める必要がありますね」
アリアは地図に身を寄せ、トアールの東へ伸びる山並みを指でなぞった。
「聞いた話だと、東の山には民間の坑道もあるそうです。その近くに伯爵家の鉱山があるのかもしれない、と」
「東か。範囲が広いな」
三人が地図を囲んで思案するその輪から少し離れ、セレナは静かに椅子へ腰を下ろした。
鞄から小瓶を取り出し、懐から紙を数枚と羽ペンを出して机に広げる。取り出したのは、カヤとマヤの家で拾った『光を放つ燐灰石』の成れの果て――黒い小石だ。黒い靄はほとんど消えていたが、まだ薄く魔法の痕跡が残っている。
セレナは石を机の中央へ置き、小瓶の蓋を開けた。銀と水色が溶け合ったインクにペン先を浸し、余分を軽く落とす。そのまま石を囲むように、迷いなく線を引いた。円、直線、点、結び。幾何学の線が紙の上を静かに増えていき、筆先の擦れる音が部屋の沈黙を刻んでいく。
「……綺麗ですね、それ」
一番近くにいたルフェンが、小瓶を指す。
声をかけられたことに、セレナはわずかに目を上げる。示された先を辿り、小瓶を持ち上げた。
「そう?」
「魔法を描いているのですか」
「ええ」
ルフェンが紙面を覗き込み、感嘆したように息をつく。インクは紙の上で淡く波打ち、混ざった金の粒が流砂のように光を弾いていた。
「何の魔法ですか」
セレナは答えなかった。書いては丸め、机の端へ放る。その動作を繰り返す。ひとつ、またひとつ、試行の痕だけが増えていく。
「セレナさん、それは……」
最初に表情を変えたのはアリアだった。柔らかな笑みが消え、疑念と、抑えきれない不安がにじむ。
「確かめているの」
「まさか――魔法を再現する気か?」
次の瞬間には、イグニスが隣へ来て、セレナの手首を掴んだ。
その拍子にインクが数滴紙へ散る。セレナはその手首を一瞥し、それからイグニスの顔を見上げた。
「何が起こるか分からない。それにもし呪術魔法であるなら、その禁忌に触れることはゆるされないんだぞ」
イグニスの声は低かった。その底には明確な怒気が含まれている。その言葉とともに、空気がわずかに軋んだ。
セレナは答えず、黒い小石を紙の中央へ置いた。銀と水色の線が、水面の反射のようにわずかに揺れる。
「セレナ」
さらにイグニスの魔力が圧力となって、セレナの肌に痺れが走った。
「……この方法が一番早いわ」
「早さの問題じゃない」
イグニスは静かに言った。
「発動すれば、代償が術者に返るかもしれないんだ」
セレナは視線を逸らさずに返す。
「痕跡を見るだけの式よ」
「詭弁だ。再現しようとすること自体が危険だ!」
握る手に、さらに力がこもる。二人の視線が正面からぶつかった。イグニスの眼差しは厳しく、セレナのそれもまた強い。どちらも引かない。
「一線は越えていない。その分別くらい、私にもある。何が起きているのか明らかにしなければならないのなら、踏み込まなければ」
「もし一線を越えたら、俺は君を捕まえなければならない」
「……あら。そういうご身分なのね」
その一言に、イグニスの目がわずかに細まったことを、セレナは見逃さなかった。
短い沈黙が落ちる。
やがてイグニスは何も言わず、セレナの手首から静かに手を離した。
セレナは再び筆を取る。紙の上に光の線を走らせ、最後の線を結ぶと、中央の小石へ片手を重ねた。
《――呼び起こせ》




