↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/34

第七話 調査―1

第七話


『調査』


◑ ━━━━━ ▣ ━━━━━ ◐



「俺たちは、皇帝陛下の命を受けて調査に来ている」

「皇命?」


 セレナはすぐ聞き返していた。


「それは、公爵家として?」

「まあ、そういうことだ」


  宿へ戻り、机を囲んで落ち着いたところで、イグニスが口を開いた。室内にはまだ市場の喧騒の余韻が残っている。


「最近、帝国では黒い潮の発生が異常に増えている。それに加えて、トアールでは、黒い潮に似た原因不明の現象が頻発している。さっきの市場の件も、その一端だろう」


 セレナはわずかに視線を落とした。胸の奥で小さくざわめくような気がした。


「……さっきの男は?」

「あれは下っ端だ。命令されたまま動くような駒さ。」


 イグニスの瞳が細まる。


「これまではそういう末端を捕らえてきたが、背後にいる大元を叩くつもりだ。流通経路も、資金も、人の流れも異常だ。何か――組織的な動きがある」


(――組織的な動き?)


 セレナはその言葉を繰り返した。

 黒い潮の発生源については、どれだけ記録を洗っても、明確な「誰かの意思」を示す痕跡は見つかっていない。少なくとも、ルーメニクス大魔法図書館では――組織的な干渉の報告はされていなかった。


 だが、もしもそれが事実であるとすれば、イグニスたちが捉えている情報は、セレナも知らない領域に踏み込んでいる。それはセレナにとって、見過ごせない情報だった。


(本当に誰かの手によるものなら……)


「お、この情報は協力の見返りになるようだね」


 思考を遮るように、イグニスが軽く言った。


「え?」

「契約の報酬さ。報酬は金銭か情報。この場合、街の人を助けてくれたことへのお礼は情報ということでいいかな」


 自分で提示した条件だったが、ここまで即座に適用されるとは思っていなかった。何より、またしても相手の流れに乗せられている感覚が消えない。


「正直、手詰まりだったんだ。だから、君の力を借りたい」


 イグニスの視線がセレナを捉える。その眼差しには迷いがない。


「黒い潮を利用して何かを起こそうとしている連中がいる。そのせいで、この国では人が苦しんでいる。病に倒れる者もいれば、正気を失う者もいる」


 その言葉の重さに、セレナは唇を引き結んだ。


 軽々しくうなずくべきではない。信じてはいけない。信じられない。誰かに心を預ければ、いつかまた一人になる。そう思いながらも、この話を聞き流せない自分がいる。


 理屈で考えれば、ここで協力を拒む理由はなかった。

 

 だが、ここで必要なのは感情ではない。情報だ。図書館にとって価値のある情報が必要なのだ。セレナは一度だけ息を整え、口を開いた。


「――分かった、分かったわ。協力するって言ったもの」

「そうか!」


 イグニスの表情が、ぱっと明るくなる。


「じゃあ、そういう君は、どうしてトアールに?」

「……私も、黒い潮を追っているから」

「それは図書館の命令で?」

「そうよ」


 セレナは視線を逸らした。曖昧に答え、それ以上は踏み込ませなかった。イグニスもそれを察したのか、それ以上は追及しなかった。


「なら、君にできることを教えてくれないか?」

「私は、魔法を見るのが得意なの。それが恩恵なのか呪いなのかは分からないけど、黒い潮でできた魔力の歪み――《縒糸》の汚染が見える。黒い潮の現象には必ず黒い靄がかかるでしょう? それが隠されていても分かるし、取り除くこともできる」


 イグニスの目がわずかに見開かれた。驚きというよりも、探究の色がそこに宿っている。


「それは、司書としての力? それとも君自身の力? 他の誰かも使えるのか?」


 セレナは首を振った。


「分からない。ただ一つ言えるのは、これは魔法式でも理論でもない。黒い潮の現象に、私は直接触れられるだけ。自分でも説明できないの。でも、図書館の力じゃない」

「君自身の力、か」


 イグニスは視線を細めた。瞳の奥の光が色を変え、声に僅かな熱が混ざる。まるで未知の書を読むように、イグニスはじっとセレナを見つめた。セレナの奥底に触れようとするかのように。


 探るような魔力を感じて、喉の奥に異物が詰まった。その居心地の悪さに指先がこわばってしまう。


「イグニス様。それは失礼ですよ」


 低い声が場に割り込む。


 控えていたルフェンが、背筋を正した姿勢のまま、咎めるような静けさを帯びた口調で初めて口を開いた。


「あっ……おっと。いや。困らせるつもりはなかったんだ。ただ――」


 イグニスは苦笑し、肩をすくめる。


「イグニス様……」


 アリアも眉を下げ、やれやれと首を振る。それからセレナに向き直り、柔らかく微笑む。


「セレナさん、イグニス様は気になることがあると、どうしても周りが見えなくなるんです。だから、そんなに強く手を握らないで。傷になってしまいますから」


 セレナは握った指を開いた。無意識に入った力で、手のひらには爪の跡が残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。