第9話「ブレイクが売れた」
発端は、ブレイクの不注意だった。宇宙港の広場を三人で歩いていた——ルミナがロボットの体で外を歩く、初めての日だった。
ルミナは段差のたびにブレイクの腕を掴んだ。最初の段差で掴み、次の段差でも掴み、段差がなくても念のため掴んだ。ブレイクはされるがままになっていた。ジャックスは少し前を歩きながら、段差を見つけるたびに「段差」と言った。それだけだったが、正確だった。そのせいで、ブレイクは前を見ていなかった。派手な衣装を着た人間にぶつかった。
「おっと」とブレイクは言った。ぶつかった相手は、三秒ほどブレイクの顔を見た。それから、ぱっと明るくなった。
「いた!探してた顔だ!」
「俺を?」
「そう!うちのショーに出てほしいんだけど!」
相手はパロ・ジンといった。宇宙域を旅する移動劇団の座長で、明日の公演に穴が空いたという。
「主役の俳優が熱を出した」とパロは言った。「代役を探してたんだけど、あなたの顔が、主役にぴったり」
「俺が?」とブレイクは言った。
「そう!背が高くて、顔もいい。声も良さそう」
「でも演技できないぞ」
「大丈夫!台本渡すから!公演は明日の夜!」
「明日!?」
「ギャラも出る」
ブレイクの目が光った。
「乗った!」
「乗るな」とジャックスは言った。
「ギャラ出るって言ってたじゃん」
「明日の公演に、今日初めて台本を渡されて、できると思うのか」
「なんとかなる」
「なんとかならない」
「ルミナどう思う?」
「やってみてほしい!」とルミナは言った。「ブレイクが舞台に立つの、見たい!」
「ルミナまで」とジャックスは言った。
「観に行く!絶対行く!」
「……お前が言うと断れないな」とブレイクは言った。
「なぜルミナに断れないんだ」とジャックスは言った。
「なんとなく」とブレイクは言った。
台本は、宇宙を旅する探検家の話だった。主役は孤独な男で、旅の果てに仲間を見つける——というストーリーだった。
「なんか俺らっぽい」とブレイクは言った。
「似てるな」とジャックスは言った。
「珍しく素直だな」
「事実を言った」
ブレイクは台本を読んだ。ルミナが「ここのセリフ、こう言った方がいい!」と横から口を出した。ジャックスが「その解釈は違う」と訂正した。ルミナが「じゃあこう?」と別の案を出した。ジャックスがまた訂正した。気づいたら三人で台本の読み合わせをしていた。
「なんでお前たちが演出してるんだ」とブレイクは言った。
「手伝ってる」とジャックスは言った。
「ルミナも手伝ってる!」
「……まあ、助かるけど」
夜遅くまで続けた。ルミナが「もう一回!」と言うたびにブレイクが読み、ジャックスが修正した。ブレイクが「さすがに眠い」と言ったのは、日付が変わる頃だった。
「寝ろ」とジャックスは言った。
「お前が一番熱心だったじゃないか」
「……明日のためだ」
「素直じゃないな」
「いいから、寝ろ」
本番当日、劇団の小さな舞台に、ブレイクは立った。客席は七割ほど埋まっていた。ルミナがロボットの体で最前列に座っていた。ジャックスがその隣に座っていた。
「緊張するな」とブレイクは袖から客席を見て言った。
「当然だ」とジャックスは言った。
「お前に言ったわけじゃ——」
「舞台に立つのは初めてか」
「……ああ」
「なら緊張して当然だ。ただ…」とジャックスは言った。「台本は昨日より頭に入ってる。動きも悪くなかった。問題ない」
ブレイクは少し間を置いた。
「……お前、たまにそういうこと言うな」
「事実だ」
「ありがとう」
「礼はいらない。ほら、行け」
公演は、ほぼうまくいった。ほぼ、というのは——中盤で台詞を一行飛ばしたからだった。ブレイクが一瞬止まった。客席が静かになった。その瞬間、最前列から声が聞こえた。
「大丈夫!ルミナが見てる!」
客席が、ざわっとなった。ロボットが喋った、という空気だった。ブレイクは一秒止まって、それから笑った。台本にない笑いだったが、舞台の上での笑いは自然に見えた。次の台詞を続けた。
終盤、主役が仲間を見つける場面があった。台本では感動的なセリフが続くところだったが、ブレイクは少しだけ、台本と違う間を取った。言葉は同じだった。でも、何かが違った。客席が静かだった。静かなまま、最後まで聞いていた。
終演後、パロが「良かった!」と言った。「特に終盤、あそこアドリブ?」
「……少しだけ」とブレイクは言った。
「良かったよ。最前列のロボットも、演出?」
「仲間です」
「いいねえ」とパロは言った。「また公演のときは連絡していいか」
「気が向いたら」とブレイクは言った。
船に戻る道、ルミナがブレイクの隣を歩きながら言った。
「良かったよ!終盤、ちょっと泣きそうになった!」
「ロボットが泣くのか」
「なりそうになった!」
「お前が喋るから焦ったけどな」とブレイクは言った。
「だって止まってたから!」
「止まってたのは一秒だ」
「長く見えた!でも続けられたでしょ!」
「……まあな」
ジャックスが後ろから「台詞を飛ばすな」と言った。
「分かってる」
「次はない」
「次があるとは言ってない」
「気が向いたら、と言っていた」
「……聞いてたのか」
「ああ、聞こえた」
ルミナが「また三人で行こうね!」と言った。ブレイクが「まあ」と言った。ジャックスが何も言わなかった。否定もしなかった。
三人は、夜の宇宙港を歩いた。ルミナが段差のたびにブレイクの腕を掴んだ。ブレイクはされるがままだった。ジャックスは少し前を歩きながら、段差を見つけるたびに「段差」と言った。行きと同じだった。それでよかった。
—続く—




