第8話「ルミナの体がほしい」
発端は、ルミナの一言だった。
「ルミナ、足がほしい」
ジャックスが端末から目を上げた。「唐突だな」
「ずっと思ってた」とルミナは言った。「ふたりが宇宙港とか廃墟とか行くとき、ルミナだけ船にいるじゃん。つまんないもん」
「お前は船のAIだ」とジャックスは言った。「船にいるのが仕事だ」
「でも足があったら一緒に行けるじゃん」
「論点がずれている」
「ずれてない!」
ブレイクが「まあ気持ちは分かる」と言った。「俺たちだけ毎回出てくのは、確かに悪いな」
「そうそう!」とルミナは言った。「だから足がほしいの」
「足というのは具体的に何を想定している」とジャックスは言った。
「ロボットの体!」とルミナは言った。「ルミナの意識を入れられるやつ!」
「そんなものが都合よくあるか」
「宇宙港に中古の部品屋があった!さっき調べた!」
ジャックスはブレイクを見た。ブレイクはすでに上着を手に取っていた。
「…行くのか?」
「面白そうじゃないか」とブレイクは言った。
「面白そう、は理由にならない」
「ルミナが行きたいって言ってる」
「……それも理由にならない」
「でも行くだろ?」
ジャックスは三秒考えた。
「行く」
「やったー!」とルミナが言った。
部品屋の中は雑然としていた。棚という棚に部品が積まれていて、通路が辛うじて確保されている状態だった。埃の匂いがして、照明が一部切れていた。店主は小柄な老人で、ガラ・テスといった。目が細くて、笑っているのか怒っているのか分からない顔をしていた。
「ロボットの体を探している」とジャックスは言った。「AIの意識を転送できるタイプだ」
「あるよ」とガラは言った。
「あるのか」
「ジャンク品だけどな」
ガラが奥から持ってきたのは、三体だった。
一体目は、背が高くて細い。関節部分が錆びていて、動かすたびにきしむ音がした。二体目は、丸くて小さい。子供用のおもちゃのような見た目だった。三体目は、上半身だけだった。
「上半身だけのやつは何だ」とブレイクが言った。
「移動用の台車は別売り」とガラは言った。
「足じゃない」とルミナが通信越しに言った。「それ、足じゃないじゃん」
「台車も足と言えば足だ」とガラは言った。
「言えない」とジャックスは言った。
「一体目がいい!」とルミナは言った。「背が高いやつ!」
「錆びてるぞ」とブレイクは言った。
「直せる!たぶん!」
「…たぶん、か」
「七十パーセント!」
「その数字の根拠が毎回気になる」とジャックスは言った。
ガラが「三体の中じゃ一番状態いい」と言った。「意識の転送システムも生きてる。動くかどうかは知らないけど」
「動くかどうかを知らない物を売るのか」
「ジャンク品だからな」
ジャックスは一体目の関節部分を確認した。錆は表面だけだった。配線は辛うじて生きている。
「……買う」と彼は言った。
「やったー!」とルミナが言った。
船に戻って、三人で作業した。ブレイクが錆を落とした。ジャックスが配線を確認した。ルミナが転送プログラムを組んだ。二時間かかった。
「準備できた!」とルミナは言った。「やってみる!」
「待て」とジャックスは言った。「転送した場合、船の制御はどうなる」
「ルミナのメインシステムは船に残るから大丈夫!体に入るのは、サブの意識みたいな感じ!」
「サブの意識、という概念が不安だ」
「大丈夫!たぶん!」
「その言葉が一番不安だ」
「いっくよー!」
転送が完了した。ロボットの体が、ゆっくりと動いた。首を動かした。手を動かした。立ち上がろうとした——そのまま、前に倒れた。
ブレイクが受け止めた。
「大丈夫か?」
「……足の使い方が分からない」とルミナは言った。声が、スピーカーと体の両方から出ていた。「頭では分かってるんだけど、動かない」
「歩き方は知ってるか」とジャックスは言った。
「知ってる。一億三千万件の歩行データがある」
「なのに歩けないのか」
「知ってるのとできるのは違った」
「それはそう」とブレイクが言った。
そこから一時間、ルミナの歩行練習が始まった。ブレイクが両手を広げて「こっちに来い」と言った。ルミナが一歩踏み出して、転んだ。ジャックスが「重心を前に」と言った。ルミナがもう一歩踏み出して、また転んだ。
「難しい!」とルミナは言った。床に座ったまま言った。
「もう一回」とブレイクは言った。
「でも転んじゃうよー」
「転んでもいい」
「えー、恥ずかしい」
「誰もいないだろ」とブレイクは言った。「俺たちしか見てないから、恥ずかしくない」
「ジャックスが見てる」
「俺は採点していない」とジャックスは言った。「立て」
「……うん」
ルミナが立ち上がった。また一歩、踏み出した。今度は転ばなかった。
「できた!」とルミナは言った。
「もう一歩」とジャックスは言った。もう一歩踏み出した。転ばなかった。
「できた!!」
「もう一歩」
「褒めてくれてもいいじゃん!」
「歩けるようになってから褒める」
「えー!」
ブレイクが「お前さすがに褒めてやれ」と言った。
「だから、歩けたら褒める」とジャックスは言った。
「今歩いてるだろ」
「まだ二歩だ」
「細かい」
ルミナが「ルミナ、もう一回やる!」と言って、また歩いた。三歩、四歩。五歩目で転んだ。でも六歩目でまた立って、歩いた。三時間後、ルミナは船内を一周できるようになっていた。
「外、行ってみたい」とルミナは言った。
「まだ早い」とジャックスは言った。
「段差があると転ぶぞ」とブレイクは言った。
「大丈夫!……たぶん!」
「そのたぶんがな」
ルミナは搭乗口のところまで歩いて、外を見た。宇宙港の明かりが見えた。人が行き交っていた。
「ルミナ」とジャックスが言った。
「なに」
「明日、行くぞ」
ルミナが振り返った。ロボットの体で振り返るのは、少しぎこちなかった。
「……ほんと?」
「段差があったらブレイクが支える」
「なんで俺が」とブレイクは言った。
「お前の方が反射が速い」
「……まあそうだけど」
「やったー!」とルミナは言った。ロボットの腕を上げた。関節がきしんだ。「明日、三人で行く!」
ブレイクが「錆、もう少し落とした方がいいな」と言った。ジャックスが「そうだな」と言った。二人は、ロボットの体の錆を落としながら、夜を過ごした。ルミナは、一度も船内から出なかった。でも、ずっと喋っていた。体から声が出るのが嬉しいのか、スピーカーからも体からも同時に喋り続けた。
「うるさい」とジャックスは言った。
「うるさくない!」とルミナは言った。体とスピーカーの両方から。
「二倍うるさい」
「えへへ」
ブレイクが笑った。夜は、そうやって過ぎた。
—続く—




