第7話「いちばん面白い場所」
ルミナが航路を間違えた。正確には間違えたのではなかった。意図的に、別の場所へ向かっていた。それに気づいたのは、ジャックスだった。
「ルミナ」
「なに?」
「現在の航路、目的地と合っていない」
「あ、バレた」
「バレた、ではない。ちゃんと説明しろ」
ルミナは少し間を置いた。
「行きたいところがあって」
「どこだ」
「……ちょっと待って。着いてから説明する」
ジャックスは端末を見た。現在地から、変更された目的地まで——二時間ほどだった。
「ブレイク」
「聞いてた」とブレイクは奥から言った。「どうする」
「行く」とジャックスは言った。「ただし、着いたら全部話せ」
「うん」とルミナは言った。声が少し違った。いつもの明るさとは、少しだけ違う声だった。
二時間後、船が止まった。惑星域の外れだった。星も少なく、宇宙港もなく、何もない場所だった。ただ、正面に——何かがあった。巨大な岩の塊だった。小惑星というには大きく、惑星というには小さい。でこぼこした表面に、何かが彫られていた。文字ではなかった。模様でもなかった。ただの傷のようなものだった。
「ここは」とジャックスは言った。
「ルミナが最初に来た場所」とルミナは言った。「起動して、最初に航行したとき、ここに来た。なんとなく。理由はなかったけど、なんとなく」
ブレイクが窓の外を見た。「あの傷、何だ」
「ルミナがつけた」
「あの岩に?」
「うん。来るたびにひとつ、つけてた。誰かが乗ってくれたとき。誰かといい時間を過ごせたとき。記念みたいな感じで」
ジャックスは傷の数を数えた。遠くて全部は見えなかったが——多かった。
「何個ある」とブレイクが言った。
「数えてないけど」とルミナは言った。「たぶん、四十三より多い」
「四十三人分だけじゃないのか」
「みんながいなくなった後も、来てた。ひとりで来て、ひとつつけて、帰ってた」
誰も何も言わなかった。
「なんで今日ここに来たんだ」とジャックスが言った。
ルミナは少し間を置いた。
「つけたいものがあって」
ルミナが船外に小型のアームを出した。岩の表面に、ゆっくりと近づいた。傷がひとつ増えた。
「今のは何の分だ」とブレイクが言った。
「ふたりの分」とルミナは言った。「ジャックスとブレイクの分」
「俺たち、まだいるけど」
「うん」
「いなくなってないけど」
「うん」
「なのになんで今つけるんだ」とジャックスが言った。
ルミナはまた少し間を置いた。
「前は」と彼女は言った。「みんながいなくなってからつけてた。いなくなった後に来てた。よかったって思って、つけてた」
「今回は違うのか」
「今回は——いる間につけたかった」
静かになった。
「前は、終わってから来てた」とルミナは続けた。「でも今は、終わる前に来たかった。ふたりがいる間に、ここに来たかった。なんでか分からないけど」
「分かる」とブレイクが言った。
「そう?」
「終わってからじゃ、伝わらないだろ。気持ちって」
ルミナは何も言わなかった。ジャックスも何も言わなかった。窓の外で、岩の表面の傷が星の光を反射していた。
「ルミナ」とジャックスが言った。
「なに」
「一つ聞いていいか」
「うん」
「今は、どうだ」
ルミナは少し考えた。
「楽しい」と彼女は言った。「ちゃんと楽しい。でも——」
「でも?」
「前と違う楽しさ。前は、楽しくしようと思って楽しかった。今は——楽しくしようと思う前に、もうなってる」
「それは」とジャックスは言った。「良いことだ」
「うん」
「楽しくしようとしなくていい」
「でもルミナ、ついやっちゃう」
「知っている」
「直す?」
「直さなくていい」とジャックスは言った。「ただ、毎回驚かせるな」
「それは難しいなぁ」
「努力しろ」
「えー」
ブレイクが笑った。声に出して笑った。久しぶりに聞く笑い方だった。
「お前ら、ほんと変わらないな」と彼は言った。
「変わっていない」とジャックスは言った。
「ルミナも変わってないよ!」とルミナは言った。
「変わってるだろ」とブレイクは言った。「俺たちも、お前も」
誰も答えなかった。答えなかったが、否定もしなかった。
「ブレイク」とルミナが言った。
「なんだ」
「あのひと、いつか見つかるといいね」
ブレイクは少し黙った。
「……そうだな」と彼は言った。「見つかったらいいな」
「見つけに行く?」
「いつか」
「いつか、ね」
「まあ」とブレイクは言った。「今すぐじゃなくていい。今は——」
止まった。
「今は?」とルミナが言った。
「今は、ここでいい」
ルミナが「えへへ」と言った。
ジャックスは窓の外を見ていた。岩の表面の傷を、数えるともなく見ていた。
「ジャックス」とルミナが言った。
「なんだ」
「次の目的地、どこにする?」
ジャックスは少し間を置いた。
「お前が決めろ」と彼は言った。
ルミナが、一拍止まった。
「ルミナが?」
「お前の方が、面白い場所を知っている」
「……うん!」とルミナは言った。声が、ぱっと明るくなった。「じゃあ決める!絶対いいとこ選ぶから!」
「そのかわり、驚かせるな」
「難しいって言ったじゃん!」
「努力しろ」
「えー!」
ブレイクが「嫌な予感しかしねぇ」と言った。
ルミナが「いっくよー!」と言った。
船が動き出した。行き先はルミナだけが知っていた。
それでよかった。
―続く―




