↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河のポリーズ  作者: 空野 翔


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/10

第6話「気づかないくらいが丁度いい」

 その日は何も起きないはずだった。目的地までの航行は順調で、依頼もなくトラブルの気配もなかった。ルミナが「暇だね」と言って、ブレイクが「珍しい」と言って、ジャックスが「いいことだ」と言った。それで終わるはずだった。


 最初に異変が出たのは、ジャックスだった。午前中から、端末に向かって作業していた。航路の見直し、記録の整理、次の補給ポイントの確認——いつも通りの作業だったが、午後になっても終わらなかった。ブレイクが通りがかって、ちらりと画面を見た。

「それ、昨日もやってたやつじゃないか」

「細部を詰めている」

「同じとこ、三回見てるぞ」

 ジャックスは答えなかった。ブレイクは何も言わずに、隣の席に座った。特に理由があったわけではなかった。ただ座った。しばらく沈黙が続いた。

「あの上官の話」とブレイクが言った。「前に言ってたやつ」

「急に何だ?」

「今も引きずってるか」

「引きずっていない」

「…そうか」

 ブレイクはそれ以上聞かなかった。ただそこにいた。端末を取り出して、特に意味もなく画面を眺めていた。ジャックスは作業を続けた。十分ほどして、ジャックスは端末を閉じた。

「終わったのか」とブレイクが言った。

「あぁ、終わった」

「早かったな」

「そうか?」

 ブレイクは立ち上がった。「腹減った。なんか作るけど、食うか」

「……もらう」とジャックスは言った。それだけだった。


 昼過ぎ、今度はブレイクだった。食事を作り終えた後、ブレイクは珍しく静かだった。会話もなく、冗談もなく、ただ窓の外を見ていた。ルミナが気づいた。

「ねぇ、ブレイク。どうしたの」

「別に」

「顔が違う」

「そんなことない」

「ルミナ、ずっと見てるから分かるよ」とルミナは言った。「あのひとのこと、考えてた?」

 ブレイクは少し間を置いた。

「……なんで分かった」

「こういう顔するとき、たいていそう」

 ブレイクは窓の外を見たまま言った。「今いるこの惑星系、昔そいつと来たことがあって。それだけ」

「そっか」

「大したことじゃない」

「…そっか」

 ルミナは何も言わなかった。音楽もかけなかった。おもてなしもしなかった。ただ、船内を少しだけ暖かくした。気づかないくらい、少しだけ。ブレイクはしばらくして「なんか温かくなった?」と言った。

「気のせいじゃない?」とルミナは言った。

「そうか」

それだけだった。


 夕方、ルミナが静かになった。正確には、静かというより——おとなしかった。実況もなく、提案もなく、ただ船を飛ばしていた。ジャックスが気づいた。

「ルミナ」

「なに?」

「何かあったか」

「ないよ」

「声が違う」

 ルミナは少し間を置いた。

「……さっきブレイクの話聞いてたら」と彼女は言った。「ルミナも思い出したことがあって」

「四十三人のことか」

「うん」

 ジャックスは端末を置いた。

「みんないなくなった、と言っていたな」

「うん。でも今日はなんか、それがいつもより——なんか、うまく言えないけど」

「近かった?」

「そう」とルミナは言った。「なんかリアルだった。久しぶりに」

 ジャックスは少し考えた。

「俺たちは」と彼は言った。「少なくとも今日は、ここにいる」

「うん」

「明日のことは分からない。だが今日は、そうだ」

 ルミナは少し間を置いた。

「……ジャックスって、たまにそういうこと言うよね」

「そういうこと、とは」

「なんか、ちゃんとしたこと」

「いつもちゃんとしたことを言っている」

「それはそうなんだけど」とルミナは言った。「なんか今のは、ちょっと違った」

 ジャックスは答えなかった。ルミナが、ふわっと笑うような声を出した。人間でいえば、笑顔に近い何かだった。

「ありがとう」

「礼はいらない」

「言いたかったから言ったの」


 夜、三人が同じ空間にいた。特に何かをしていたわけではなかった。ジャックスは読みかけの資料を眺めていた。ブレイクは横になって天井を見ていた。ルミナは船を飛ばしながら、小さな音量で音楽をかけていた。会話はほとんどなかった。それでも、誰も席を立たなかった。

「なんか今日、何もなかったな」とブレイクが言った。

「そうだな」とジャックスは言った。

「珍しい」

「いいことだ」

「それ朝も言ってたな」

「今も同じ意見だ」

 ルミナが「ルミナは今日楽しかったよ」と言った。

「何もなかったのに?」とブレイクが言った。

「何もなかったから」

 ブレイクは少し考えた。

「……まあ」と彼は言った。「分からなくもない」

 ジャックスは資料を閉じた。窓の外に星が流れていた。

「寝る」とジャックスは言った。

「おやすみー」とルミナが言った。

「おう」とブレイクが言った。

 それだけだった。三人の夜は静かに続いた。


—続く—


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。