第10話「三人の休日」
何もない日だった。依頼もなく、トラブルもなく、目的地までの航行も順調で、やることが何もなかった。
「休日だ」とブレイクは言った。
「休日という概念が我々に適用されるか疑問だ」とジャックスは言った。
「適用する」
「誰が決めた?」
「俺が、今決めた」
ルミナが「賛成!」と言った。ロボットの体で、両手を上げた。関節がきしんだ。「休日!何する?」
「何もしないのが休日だ」とジャックスは言った。
「何もしないの?」
「そうだ」
「それは楽しいの?」
「楽しい・楽しくないの話ではない」
「じゃあ何の話?」
ジャックスは三秒考えた。
「……休む、という話だ」
「ルミナはあんまり疲れないけど」
「俺は疲れる」
「ジャックスが疲れるの?」とルミナは言った。少し意外そうだった。
「疲れる」
「どんなときに?」
「……色々と」
「色々って何?」
「全部だ」
ブレイクが「それはそう」と言った。
三人それぞれの、休日が始まった。ジャックスは操縦席に座って、何もしなかった。端末も開かず、資料も見ず、ただ窓の外を見ていた。星が流れていた。最初は落ち着かなかった。何かしなければという感覚が、じわじわとあった。でも十分ほどして、それが消えた。ただ、見ていた。
ブレイクはキッチンで、珍しくゆっくり料理をした。急かされていないせいか、爆発しなかった。手順をちゃんと踏んで、火加減を確認して、でき上がりを確かめた。できたものをジャックスのところに持っていった。
「食うか?」
「もらう」とジャックスは言った。二人で、窓の外を見ながら食べた。会話はなかった。
「うまいじゃないか」とジャックスは言った。
「急かされないと、俺でもできる」とブレイクは言った。
「急かしていない」
「ルミナが急かす」
「ルミナは急かしてないよ!」とルミナが通路の方から言った。「盛り上げてただけ!」
「同じだ」とブレイクは言った。
「違うよ!」
ルミナはロボットの体で、船内をうろうろしていた。特に目的はなかった。ただ、歩けるのが嬉しかった。キッチンに行った。操縦席に行った。通路を往復した。格納庫を覗いた。また操縦席に戻った。
「何してるんだ」とジャックスは言った。
「散歩」とルミナは言った。
「船内で散歩か」
「うん。歩けるの、まだ嬉しくて」
ジャックスは少し間を置いた。「そうか」と言った。
「ジャックスは?何もしないのが休日なの、楽しい?」
「楽しいというより——」とジャックスは言った。「悪くない」
「悪くない、ね」とルミナは言った。「ジャックスってよく悪くないって言うね」
「そうか」
「良かった、って言わないの?」
ジャックスは少し考えた。
「良かった、と言うのは」と彼は言った。「それ以上良くなる可能性を閉じる気がして」
「どういう意味?」
「悪くないと言っておけば、もっと良くなるかもしれない。良かったと言ったら、そこで終わる」
ルミナはしばらく考えた。
「……ジャックスって、まだ良くなると思ってるってこと?」
「そうだ」
「今が、まだ途中だと思ってるってこと?」
「そうだ」
ルミナは少し間を置いた。
「ルミナも、そう思う」と彼女は言った。「まだ途中な気がする」
「そうだな」
「もっと良くなる?」
「なる」とジャックスは言った。迷わずに言った。
ルミナが「えへへ」と言った。ロボットの体で、少しだけ背筋を伸ばした。
夜、三人が同じ空間にいた。ブレイクがもう一品作った。昼より手の込んだものだったが、ちゃんとできた。二人で食べた。
「うまいじゃないか」とジャックスは言った。二度目だった。
「さっきも言ってた」とブレイクは言った。
「二度うまかった」
「褒め方が機械的だな」
「事実だ」
「ルミナもうまかった!」とルミナは言った。「……食べてないけど」
「食べてないのにうまいのか」とブレイクは言った。
「ふたりがおいしそうに食べてたから!」
ブレイクが「それはそれで嬉しいな」と言った。ジャックスが何も言わなかった。でも否定しなかった。
「なあ」とブレイクが言った。
「なんだ」とジャックスは言った。
「俺たち、なんで一緒にいるんだろうな」
「ルミナの船に乗ったからだ」とジャックスは言った。
「そういう話じゃなくて」
「…分かってる」
ブレイクは天井を見た。「最初は成り行きだったけど、今はなんか、成り行きじゃない気がする」
「そうだな」
「お前もそう思うか?」
「思う」
ルミナが「ルミナはずっとそう思ってた!」と言った。「最初から、ふたりがいてよかったと思ってた!」
「最初は迷惑だったけどな」とブレイクは言った。
「迷惑だったけど、よかった!」
「矛盾してる」とジャックスは言った。
「してない!」とルミナは言った。「迷惑でもよかったの!ふたりがいてくれて、よかった!」
誰も何も言わなかった。悪い沈黙ではなかった。
「まあ」とブレイクは言った。「俺も、悪くなかったけど」
「俺も」とジャックスは言った。
ルミナが「えへへ」と言った。
夜が深くなった。ブレイクが先に「寝る」と言った。「おやすみ」とルミナが言った。「ああ」とジャックスが言った。ブレイクが通路の奥に消えて、しばらく静かになった。
「ジャックス」とルミナが言った。
「なんだ」
「今日、楽しかった?」
ジャックスは少し考えた。
「悪くなかった」と彼は言った。
「まだ途中?」
「そうだ」
「もっと良くなる?」
「ああ、なる」
ルミナが「えへへ」と言った。またロボットの体で背筋を伸ばした。関節がきしんだ。
「おやすみ、ジャックス」
「……ああ」とジャックスは言った。「おやすみ」
船は、どこかへ向かって飛んでいた。行き先は、まだ決まっていなかった。それでよかった。
―終わり―




