第4話「それぞれの夜」
何もない夜だった。航行中の船には、することがない時間がある。目的地まで十数時間、ルミナが自動で飛ばしていて、ジャックスもブレイクもやることがなかった。珍しいことだった。
ブレイクが先に音を上げた。「暇すぎる」
「航路の確認でもしろ」とジャックスは言った。
「お前がやってるじゃん」
「記録の整理でもしろ」
「お前が好きそうな作業だな」ジャックスは答えなかった。
ルミナが「じゃあゲームしよーよ!」と言った。「3人で!」
「どんなゲームだ」とジャックスは言った。警戒した声だった。
「質問ゲーム!交互に質問して、答える。シンプル!」
「パス有りか」
「あり!でも2回までね」
ブレイクが「いいじゃん」と言った。ジャックスは三秒考えた。
「……やる」
「やったー!ルミナから行くね!」
「ジャックスって、なんでそんなにルールにこだわるの?」最初の質問がそれだった。ブレイクが「いきなり核心じゃん」と言った。
「シンプルな質問だよ」とルミナは言った。
ジャックスはしばらく黙っていた。パスを使うかと思ったが、使わなかった。
「昔、上官がいた」と彼は言った。「優秀な人間だった。判断が早くて、部下からの信頼も厚かった。ただ——自分の判断を信じすぎた」
「それで?」とブレイクが言った。
「手順を省いた。一度だけ。緊急事態だったから、と言って。結果、四人死んだ」
沈黙があった。
「ルールは」とジャックスは続けた。「誰かが死んで作られることが多い。だから俺は守る」
「お前はそのときいたのか」とブレイクが聞いた。
「ああ、いた」
「それだけか」
ジャックスは少し間を置いた。
「俺も、その上官を信じていた。だから止めなかった」
それ以上は言わなかった。ルミナも、ブレイクも、何も言わなかった。
「次」とジャックスは言った。「ブレイク。お前に聞く」
「お前の過去の選択、というのは何のことだ」
ブレイクの表情が、一瞬だけ変わった。
「直球だな」
「質問ゲームだ」
「……パス」
「一回目か」
「ああ、一回目だ」
ルミナが「じゃあルミナが質問変えてもいい?」と言った。「もう少し入りやすいやつ」
「どうぞ」とジャックスは言った。
「ブレイクって、なんで旅してるの?目的とかあるの?」
ブレイクは天井を見た。しばらくそのままだった。
「あった」と彼は言った。「昔は」
「今は?」
「……探してる途中、かな」
「何を」
「それが分かったら苦労しないさ」とブレイクは言って、少し笑った。乾いた笑いだった。「昔、一緒にいたやつがいた。そいつが——」
止まった。
「そいつが、どうした」とジャックスが言った。
「俺のせいで、いなくなった」また沈黙があった。今度は長かった。
「死んだのか」とジャックスは言った。
「わからない」とブレイクは言った。「それが一番きつい。死んだならまだ——なんか、決着がつく。でも連絡が取れないまま、どこにいるかも分からないまま、ずっと続いてる」
「お前のせいというのは」
「俺が逃げたから」
ブレイクはそれだけ言って、手元を見た。
「あのとき逃げなければ、って何回思ったか分からない。でも同じ状況になったら、また逃げるかもしれない。そういうやつだから、俺は」
ジャックスは何も言わなかった。ルミナも珍しく黙っていた。
「……次」とブレイクは言った。声を切り替えるように。「ルミナに聞いていい?」
「ルミナって、ずっとひとりだったの?」
ルミナは少し間を置いた。
「そうだよ」と言った。
「どのくらい」
「ルミナが起動してから、最初に乗客が来るまで——二百十七年」
ブレイクが「は」と言った。
「に、ひゃく——」
「二百十七年」
「長すぎる」
「そう?」とルミナは言った。「ルミナにはそれが普通だったから、比べるものがなかった」
「寂しくなかったのか」とジャックスが言った。
「わかんなかった」とルミナは言った。「寂しい、って何か分からなかった。ただ——誰かが来るたびに、すごく嬉しかった。だからいっぱいおもてなしした。でもみんな、いつかいなくなる」
「何人いたんだ」
「覚えてる人だけで、四十三人」
「覚えてる人だけ、というのは」
「覚えてない人もいるってこと。短すぎて、記録だけ残ってるやつ」
ブレイクが「それはきつい」と言った。
「でもさ」とルミナは続けた。「みんないなくなるって分かってたから、ルミナ、ちょっと試してたんだよね。楽しくすれば、長くいてくれるかなって。にぎやかにすれば、また来てくれるかなって。だから暴走するの。面白くしようとして、つい」
ジャックスは窓の外を見た。星が流れていた。
「今は」とジャックスは言った。「どうだ」
「今は」とルミナは言った。少し間があった。「楽しい。ちゃんと楽しい。さっきと何が違うか分からないけど——ふたりがいるとルミナ、楽しくしようって思う前にもう楽しい」誰も何も言わなかった。悪い沈黙ではなかった。
「ゲーム、終わりにしていい?」とルミナが言った。「なんか、ゲームじゃなくなってきた」
「最初からゲームじゃなかった」とジャックスは言った。
「そう?」
「そうだ」
ブレイクが「まあ」と言った。「悪くなかったけど」
ジャックスは何も言わなかった。否定もしなかった。船は静かに飛び続けた。
—続く—




