第2話「筒抜け航行」
ジャックスが気づいたのは、朝——宇宙に朝はないが、船内の照明が「朝モード」に切り替わった直後のことだった。頭の中に音がした。音というより、気配に近い。誰かがそこにいる、という感覚。ノイズではなく、意思のようなもの。
「ルミナ」
声に出した瞬間、返事より先に天井のライトがピカッと一回点滅した。
「おはよー!」
「船内で何かを起動したか」
「えへ」
「えへじゃない。答えろ」
「……起動した」
ジャックスは額に手を当てた。
「何を」
「思考リンク装置!」とルミナは言った。「船内の連携効率を上げるためのやつ。3人の思考を部分的につなげるの。ルミナ的にはずっと試してみたかったんだよね」
「許可した覚えがない」
「言ったら絶対ダメって言うじゃん」
「だからこそ許可が必要なんだ」
「えー」
そこへ通路の奥からブレイクが現れた。髪が寝癖だらけで、目が半分しか開いていない。
「なんか頭おかしくない?」とブレイクは言った。「変な感じがするんだけど」
「思考がリンクされてる」とジャックスは言った。「ルミナが勝手にやった」
「は?」ブレイクは天井を見た。「どういうこと」
「3人の思考が部分的につながってる状態」とルミナは説明した。「頭の中で強く思ったことが、相手に届くくらいの感じ!すごくない?」
「すごくない」とジャックスは言った。「今すぐ切れ」
「それがちょっと切り方が……」
「切り方が?」
「わかんなくて」
沈黙があった。
「わからない」とジャックスは繰り返した。
「うん」
「起動したのに」
「起動は得意なんだよね」
午前中はおおむね地獄だった。最初に起きたのは、ジャックスが操縦席で航路を確認していたときだった。ブレイクが後ろでごそごそと何かを食べていて、こぼして、また食べていた。ジャックスの頭の中に、じわじわと言葉が浮かんだ。
——なんで毎回こいつはこうなんだ。食べるなとは言ってないが、こぼすな。こぼすのであれば最初から食べるな。いや食べていい。ただ——
「聞こえてるけど」とブレイクが言った。
ジャックスは振り返った。
「……どこまで」
「なんか長かった」
「要約しろ」
「こぼすなってこと?」
「……そうだ」
ブレイクは少し考えてから、皿を脇に置いた。それだけだった。ジャックスは前を向いた。ルミナが「いまのすごい!」と言った。「ジャックスの思考、ちゃんと届いてた。実況していい?」
「するな」とジャックスは言った。
「えー」
昼過ぎに今度はブレイクの番が来た。ジャックスが補給リストを読み上げていた。燃料、食料、予備パーツ、非常用電池——いつも通りの、無駄のない確認作業だった。ブレイクは斜め後ろで聞いていた。そのとき、ブレイクの頭の中で何かが浮かんだ。
——こいつ、なんだかんだちゃんとしてるよな。俺が忘れてること全部把握してるし。まあ認めたくないけど、頼りになる。——
一拍の間があった。
——認めたくないけど。——
ジャックスがリストを読む手を止めた。
「聞こえた」とジャックスは言った。
「……どこまで」とブレイクが言った。
「全部」
「最後のとこも?」
「全部と言った」
ブレイクは天井を見た。「ルミナ、カットできなかったの」
「できたけど」とルミナは言った。「しなかった」
「なんで」
「おもしろかったから」
「お前——」
「でもブレイクの気持ち、ちゃんと届いてたよ!いいことじゃん!」
ジャックスは補給リストに視線を戻した。何も言わなかった。リストの続きを読み始めた。ブレイクはジャックスの耳が少し赤いことに気づいたが、何も言わなかった。
問題が起きたのは、夕方に立ち寄ったとある宇宙の港でのことだった。補給のついでに、ジャックスが取り次いでいた小さな輸送依頼——荷物を一つ、隣の星系まで届けるだけの話だった。依頼人は感じのいい中年男で、報酬も適正だった。話がまとまりかけたとき、ジャックスの頭の中で何かが引っかかった。言語化できない、違和感。依頼人の目の動き、話の順番、細部のずれ。一つひとつは小さいが、並べると——
——罠だ——
その瞬間、ブレイクが動いた。言葉は何もなかった。ジャックスがそう思った瞬間に、ブレイクは立ち上がって伸びをするふりをしながら、出口との位置関係を確認していた。ジャックスは依頼人に向かって言った。「少し条件を整理したい。一度持ち帰ってもいいか」
「もちろん」と依頼人は言った。笑顔だった。目は笑っていなかった。
二人は宇宙港を出た。ブレイクが「あそこの路地から船に戻れる」と思った瞬間、ジャックスはすでにそちらへ歩き出していた。一言も交わさないまま、船まで戻った。
船内に戻って、ジャックスが言った。
「罠だった」
「だよな」とブレイクは言った。「荷物の話、最初から細部がおかしかった」
「気づいてたのか」
「途中からな。お前の『罠だ』が来て、確信した」
ルミナが「つながってたね!」と嬉しそうに言った。「言葉なしで連携できてた。ルミナの装置のおかげじゃん!」
「勝手にやった装置のおかげとは言わない」とジャックスは言った。
「細かいなあ」
「細かくない。原則の話だ」
そのとき、船内の照明がちかっと揺れた。頭の中の、あの気配が消えた。
「あ」とルミナが言った。「切れた」
静寂があった。さっきまであった、うっすらとした他者の気配が、すとんとなくなっていた。ジャックスは何も言わなかった。ブレイクも何も言わなかった。
「……なぜ最初から切らなかった」とジャックスは言った。
「だって面白かったんだもん」とルミナは言った。「ブレイクがジャックスのことほめてたし、ジャックスの耳赤くなってたし」
「なってない」
「なってたよ!ルミナ見てた!」
「なってない」
ブレイクが笑いをこらえているのが、音でわかった。
「……まあ」とブレイクは言った。「悪くはなかったけど」
ジャックスは何も言わなかった。否定もしなかった。ルミナが「えへへ」と言った。船は、次の星系へ向かって進んでいった。
—続く—




