17. それぞれの報い
セレーネと青年を屋敷の中へ案内した。応接室でお茶を飲みながら、和やかに話をする。私たちはワイン生産の素人ではあるけれど、カゼッリ家は農業と薬草栽培の実績があり、デッシ家は物流販売で莫大な収益をあげている。地道に計画を実行していけば、成功の可能性はあると確認できた。
「妻と二人で、ワイン用葡萄の試験栽培によさそうな農地を選んでおいたんです。せっかくですから、見学して行かれてはどうでしょう?」
「是非、お願いします!」
アウレリオが提案すると、青年は嬉しそうに頷いた。怜悧そうな青年は、最初こそ私たちに身構えて緊張しているようだったが、歓談を終えるころには肩から力が抜けていた。
穏やかなアウレリオと話が合うようで、二人は連れ立って農地を確認しに行った。
「……すっかり、お気を遣わせてしまいましたね」
私と話したがっているセレーネの素振りに気付いて、アウレリオは青年を連れ出してくれたのだ。社交に馴染んだ私たちは微かなサインを読み取れたが、まだ若い青年は気付かないようだった。おそらく、貴族階級の出ではないのだろう。
「身分差を理由に見下されることが多いので、アウレリオ卿とオリヴィエラ様のお人柄に、彼も安心したと思います」
「デッシ男爵が使わした方ですもの、お若いのに有能な方なんでしょうね」
セレーネが気恥ずかしそうに、はにかんだ。青年を褒められて我がことのように喜ぶ彼女の顔に、私は二人の関係をようやく察した。
「もしかして、ご婚約を?」
「……いいえ、まだです」
「フランチェスカの件なら、気にしなくていいんですよ。あなたは酷い時期に関わってしまったけれど、直接の引き金ではないのだから」
セレーネへ怒りは感じない。彼女は親元を離れて頼る者もおらず、コルツァーニ兄妹に騙されたのだ。たった十五歳の令嬢が軽率な真似をしたからといって、一生苦しむのは耐え難かった。
「やはり、双子の姉妹でいらっしゃいますね。軽率さを責めるより、痛みを慮ってくださる慈しみが、フランチェスカ様にそっくりです」
「…………」
「正直、自分の愚かさと、軽んじられた恥辱を思うと、未だに苦しくて身動きが取れなくなります。でも、そんな時はあの方の声が聞こえる気がして、ほんの少し勇気が出るんですよ」
「声?」
「はい。セレーネ・デッシ、立ちなさい! 立てないなら這ってでも、状況を変えるために立ち向かいなさい! ……そんな風に」
セレーネは、気持ちを切り替えるように微笑んだ。
「まだ婚約できずにいるのは、私の気持ちが追い付いていないだけなんです。きっとあの方なら、オリヴィエラ様と同じく、気にするなと言ってくださるでしょう」
青年はセレーネに何があったか、事情を全て知っているという。その上で、いつまでも待つと言ってくれたそうだ。もう少し気持ちが落ち着いたら、結婚の予定は立てず婚約だけはしておこうかと双方の両親を交えて話し合ったのだと教えてくれた。
少しずつ傷を癒し、新たな生活を始めたセレーネの近況に、私は安堵の息をついた。
「オリヴィエラ様は、当分、王都へはお戻りになられないのですか?」
「ええ、辛い思い出が多すぎて……。逃げるように嫁いだ後、ジルベルトがどうなったのかさえ知りません」
アウレリオは、葬儀での混乱がどう処理されたのか、おそらく全てを知っている。尋ねたら隠さず教えてくれるだろうが、私の気が進まず、聞きあぐねていた。
「差し出た真似でなければ、私が知っている範囲でお教え致しましょう。今後は、中央貴族の動向や王都の情報収集など、オリヴィエラ様のお役に立てると存じます」
心の傷がサッと隠れて、柔和な美貌で抜け目の無さを包んだ、したたかな女性が現れた。それほど顔立ちは似ていないのに、デッシ男爵との血縁を強く感じる。
「お願いします。まずは、コルツァーニ公爵家の動向から聞かせてください」
セレーネは冷静な態度で、かつて彼女を食い物にしようとした兄妹について詳しく説明してくれた。
結局、ジルベルトが犯した葬儀への襲撃と暴行、私に対する拉致未遂は、法的な処罰を免れた。皮肉にも救助が間に合ったことで負傷者が出ず、私も拐われずに済んだため、事件にはならなかったのだ。
しかし、アウレリオの予想通り、襲撃事件はかつてないほどの醜聞として、王都の社交界を揺るがした。
明らかに自死した令嬢の弔いを台無しにしたばかりではなく、オリヴィエラが私の名義で残した遺書の内容が、警吏の保管所から流出したという。
「詐欺紛いの婚約契約、それが令嬢の死を招いたこと、当事者が葬儀を妨害し、遺族を手篭めにしようと目論んだこと。ひとつでも名誉が消し飛ぶ醜聞が四つ重なりましたから、どこに行ってもその話題で持ちきりだったと両親から聞きましたわ」
当時はセレーネも、他人のスキャンダルにかまけている余裕はなかった。しかし、彼女が気力を取り戻した数ヶ月後も、まだ醜聞は下火になっていなかった。
「メルチェーデ様の婚約が、駄目になったのです。国内の貴族ではなく、ムシュカ王国へ打診していた縁談ですから、我が国の醜聞が周辺諸国まで轟いて……ふふっ」
セレーネの顔に嘲りが浮かぶ。自分の望みは全て叶って当然という価値観で生きていたメルチェーデ。彼女の自尊心は、国際的な恥を晒して、さぞかし傷ついたに違いない。
「そんな大事になっていたなんて意外だわ。カゼッリ領は平和そのもので、噂ひとつ聞こえて来なかったのよ」
「アウレリオ様のご手腕でしょう。南部貴族の方々の結束には舌を巻きます」
――――南部の秘密として、けして外部に漏らさないとお約束します。
私をフランチェスカだと見抜いたとき、アウレリオはそう言った。本当の名前を名乗って生きてもいいのだと。口先ばかりではなく、秘密や噂の扱いを心得ている彼は、本気で私を守ってくれるつもりだったのだろう。
気持ちが落ち着いた今だからこそ、こうして他人事のように話を聞ける。もし、嫁いで間もない頃であれば、気に病んで塞ぎ込んでいたかもしれない。
「大きな声では言えませんが、この醜聞の広がりには、ベッカロッシ公爵が関与しているのではないかと、当家では推測しております」
警吏の元から流出した遺書。新聞の紙面を飾ったというゴシップ記事。ムシュカ王国側へ醜聞の情報源となった、影響力のある誰かの影。
コルツァーニ公爵と派閥の違うベッカロッシ公爵ならあり得る話だ。
「この大醜聞をおさめるため、コルツァーニ家はジルベルト様を廃嫡するしかありませんでした。表向きは病気療養となっておりますが、廃嫡の衝撃でお病みになったとか」
ジルベルトは個人資産の小領地で、隠者のように暮らしている。すっかり酒に溺れて、自死に追い込んだ婚約者の名前をブツブツ呟いているそうだ。
代わりに公爵家を継ぐことになった妹のメルチェーデは、破談の挫折で荒れており、嫡子教育どころではないらしい。
「公爵家を運営できる花婿を探しておられるようですが、大醜聞が尾を引いて、マトモなお相手は見つからないそうですよ。国内どころか、海外の貴族からも断られているのですって」
また、デッシ男爵が距離を置いたことで、公爵家の将来性が危ぶまれている。堅実な実業家や取引先の離心が止められずにいるそうだ。
まるで、これまでのツケを一気に支払わされたかのような惨状に見舞われている。あれだけ私を苦しめたコルツァーニ公爵家は、斜陽に陥っているという。報いが返った彼らが反省し、もう誰も傷つけないことを願うばかりだ。
肩の荷がひとつ下りた心境で、セレーネと青年の乗った馬車を見送った。秋になったら再訪すると約束し、王都へ帰っていく二人へ、私とアウレリオは手を振った。
□
鏡の前に立つ私を、義母と友人たちが囲んでいる。クスクスとこぼれる明るい笑い声につられて、私の心も浮き立った。
「ああ、良かった。秋の味覚で、若奥様の衣装がパンパンになる前にお式が見られそう」
茶化してくる友人に、私は笑いを噛み殺し、片眉を吊り上げる。
「あら、太ってウェストが入らなくなっても大丈夫よ。みんなを徹夜でこき使って、お直しを手伝って貰いますからね」
「うふふ、それはそれで楽しそうだわ。お泊まり会みたい」
花嫁衣装を縫いながら、一年一緒に過ごすうち、私と友人たちは長年の付き合いのように軽口を叩く間柄になっていた。
王都にいた頃は、奔放なジルベルトと堪え忍ぶ私という、巻き込まれては厄介な存在として令嬢たちから距離を置かれていた。無理からぬことだと諦めていたけれど、気のおけない友人は、家族とは違う温かな存在なのだと、嫁いで初めて経験している。
「明日のお式が楽しみだわ」
「……うん」
優しい友人たちの言葉に、花嫁衣装を合わせている鏡の中の若い女が、照れくさそうに頷いた。
黒衣をまとい、慌ただしく結婚証明書へ署名を済ませて、故郷を捨てた陰気な花嫁と同じ人間とは思えない。
「みんなで協力して、素晴らしい結婚式にしましょうね、ビアンカ」
南部の人たちは、親しい人を愛称で呼ぶ。その習慣は家族に限らず、友人同士であっても変わらない。
アウレリオに白スミレと呼ばれ始めた頃からだろうか。友人たちは私を、オリヴィエラ・カゼッリという正式な名前とは別に、友達のビアンカと呼んでいる。




