14. 黒衣をまとう花嫁
人生の節目となる特別な慶事に、私は黒いドレスに身を包む。慎み深いデザインの黒衣は、先日の喪服と似ているが、繊細なレースで装飾が施されたものを選んでいた。
「やあ、オリヴィエラ。葬儀の日より、元気が出てきたみたいだね。安心したよ」
「突然、無理を言ってしまって申し訳ありません。お疲れではないですか、おじさま」
マルキオン家を訪問した年嵩の男性と挨拶を交わす。イヴァノの父ジャンネッリ子爵は、けして癒えることのない悲哀が刻まれた眼差しで、微笑みを浮かべてくれた。
「私は平気さ。しばらく、王都には来られそうもなくてね、これが君に会える最後の機会になるかもしれない。フランチェスカの葬儀で、イヴァノの思い出を語り合いたいと誘ってもらえて、嬉しかったんだよ」
本来なら、家名で呼びかけるのがマナーだけれど、子供の頃から『おじさま』と呼んできた。イヴァノが亡くなっても、親しい接し方を許してくれるのは、親族同然に交流してきた積み重ねがあるからだ。
「フランチェスカの喪に服するとはいえ、結婚式の件は残念だったね。一年、延期にしたそうじゃないか」
「仕方ありませんわ。明日、おじさまが御領地へ帰られる前に、ゆっくりお話する時間が持てましたし、これで良かったのかもしれません」
「ありがとう。では、出かけようか。どこから巡りたいかね?」
「では、西地区の公園から。小さい頃、皆さんが教会の修繕について話し合っている間、三人で追いかけっこをして遊んだんですよ」
「そうか……。では、行こう」
ジャンネッリ子爵のエスコートで馬車へ乗り込む。この馬車は子爵家のもの。勿論、御者も子爵家の使用人だ。
気を付けて行ってくるよう声をかけ、見送ってくれた両親と兄は、素っ気ない。それは、内通者に異変を悟られぬよう、密かに遠方へ嫁ぐ私との別離を隠すためだった。
ドレスのポケットと手提げには、私の個人資産となる宝石が忍ばせてある。他には、悩んだ末に持ち出した小箱がひとつ。祖母がオリヴィエラへ贈った童話の本は、手に持った。
他の荷物は全て置いていく。おそらく、マルキオン家には二度と戻れない。
「可哀想に、花嫁衣装を着られないなんて。私が先伸ばしにしなければ、君とイヴァノは……」
「おじさま。ご自分を責めたりなさらないで。立会人を引き受けて下さって、心から感謝しているんです」
「礼はいらないよ。君とフランチェスカは、私の娘同然だからね」
アウレリオ卿から、信用できる立会人が必要だと言われて、真っ先に思い付いたのがジャンネッリ子爵だった。
イヴァノが亡くなった心労がたたり、子爵夫人は床に伏しがちだ。今も領地に残っている。葬儀に出席するため、子爵は王都まで単身で駆けつけたのだ。
秘密裏に立会人を打診すると、ジャンネッリ子爵は快く承諾してくれた。どうしても、一度会いたいと思っていたから、引き受けてもらえて安堵した。
子爵が領地へ戻る前に、イヴァノの思い出を語り合うという口実で、これから私たちは教会に行く。アウレリオ卿と結婚したら、南部地方のカゼッリ領へ向かう計画をたてていた。
公園を通り過ぎた馬車が、小さな教会へ到着する。アウレリオ卿と彼の立会人は、私たちを待っていた。
彼の腹心で親戚でもあるという立会人は、黒衣で現れた私を見ると、腹に据えかねたように眉をひそめた。
「あなたは、どこまでアウレリオ様を……!」
非難されて当然だった。まるで駆け落ちのような待ち合わせ、参列者のいない略式結婚、喪に服す黒衣の花嫁。貧しい庶民でも、もっとましな結婚式をあげるだろう。私は彼に、酷い仕打ちばかり続けている。
「やめなさい」
私をかばってくれたのは、不服に思って当たり前の花婿だった。アウレリオ卿が、静かに腹心へ声をかける。
「ですが」
「いいんだよ。私は、かまわないと了承したし、辛いのは彼女の方だから。気遣ってくれて、ありがとう」
祭壇の前で待つ人は、腹心を落ち着かせると、私へ右手を差し出した。
「さあ、こちらへ」
「は、はい」
神官の立ち会いのもと、夫婦になる誓いを交わす。結婚証明書類に署名して、婚姻が成立する。こうして私は、オリヴィエラ・カゼッリという新しい名前を手に入れた。
「あの、アウレリオ卿」
「どうしました?」
「おじさまと……、いえ、ジャンネッリ子爵と、少しだけ二人でお話ししてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。では、私たちは馬車でお待ちしています」
神官が席を外し、アウレリオ卿と立会人が教会から出ていった。二人だけになると、ジャンネッリ子爵は複雑そうな笑みを浮かべた。
「結婚おめでとう、オリヴィエラ」
義理の娘になるはずだった相手が、息子とは違う男性と結婚した。その立会人を頼むという、酷な仕打ちをしてしまった。けれど、どうしても子爵と二人で話がしたかった。
「おじさまに、お願いがあるんです」
「いいとも。遠慮せず、なんでも言って欲しい」
「どうかこれを、ご領地のどこかへ埋めていただけませんか?」
必ず渡そうと忍ばせてきた小箱を差し出す。どんなに危険な行動か悩んだ末に、それでも小箱を用意した。
「中を見てもいいかね?」
「はい。私にとって大切な人の遺品なんです。私が持っているより、ずっといいと思うから」
ふたを開けたジャンネッリ子爵が息を飲んだ。
小箱の中には、大切な形見の青いリボン。
「まさか……」
私は自分の正体を口にしないまま、姉の亡骸の代わりにリボンを渡した。子爵は真相を悟ったのか、痩せた手を震わせて落涙している。
「ああ、そうだったのか。それで、あんなに、安らかな顔をしていたんだね」
隠し通すべきだったのか、これで良かったのか、私には分からない。もし、逆の立場なら、こうして欲しいと思ったことを果たしている。
「ありがとう。領地に戻ったら、イヴァノのそばに埋葬するよ」
手のひらで目元をこすり、小箱のふたを閉めた子爵が、私へ向き直った。
「君は生きて幸せになるんだよ。どんなに遠くへ行こうと、どんな名前を名乗ろうと、息子は……息子夫婦は、きっとそれを望んでいる」
「私に、幸せになる資格なんて、本当にあるのでしょうか……」
「少なくとも、私は君の幸福を願っているよ。領地にいる妻や、ここへ来られなかった君のご家族だってね」
あたたかい言葉をかけられて、目を伏せる。私は自由を得るために、家族を欺いたまま家を出た冷血な人間だ。さっき、夫になった人をも騙している。思いやり深い子爵に、わかりましたと返事ができなかった。
ジャンネッリ子爵と別れを惜しみ、カゼッリ家の馬車へ乗り込んだ。馬車が走り出すと、アウレリオ卿から話しかけられた。
「ひとつ、お願いがあります。きいていただけますか?」
「はい、アウレリオ卿」
「ちょっと難しいですが、大丈夫かな」
「私にできることなら、なんでもします」
いったい、どんなお願いだろう。たくさんの無理を押し付けてきたのに、快く力になってくれた。そんな彼の頼みなら、できる限り応えたい。
この先も、オリヴィエラと偽って生きるのだ。少しでもお役に立って、償いをしたかった。
真剣に頷く私へ、彼は顔をほころばせた。
「では、敬称抜きで呼んでください。『アウレリオ』と」
「えっ? あ、あの……」
「さあ、頑張って」
とぎまぎしながら、彼の名前を呟いた。
「……ア、アウレリオ」
「はい」
アウレリオ卿……、いや、アウレリオは陰気な黒衣の花嫁を疎むどころか、和やかな笑みを浮かべている。なんとなく上機嫌に見えるのは、気のせいだろうか。
これから、夫の故郷に出発する。いずれ、アウレリオが継承する南部地方のカゼッリ領へ。




