13. 忘れないで
アウレリオ卿は配下を使って、ジルベルトと部下たちを瞬く間に取り抑えた。驚くほど統率された彼らとは対照的に、ジルベルトに従う者たちは士気が低く、形ばかりの抵抗しか示さない。
元々、粗暴なごろつき集団ではないのだ。おそらく、死者を冒涜する行為に忌避感があったのだろう。主人の命令とはいえ葬儀を妨害するはめになった男たちは、暴挙を阻まれて、どこか安堵した目をしている。
本気で抗っていたのは、ジルベルト一人きりだった。
「放せっ! 僕にこんなことをして、父上と母上が、黙っていないからな!」
屈強なカゼッリ家の配下に腕を掴まれ、床にひざまずかされたジルベルトが、怒声を上げる。屈辱に震える彼から公爵夫妻の名を出され、報復を仄めかされても、アウレリオ卿は怯まない。
「果たして、そうでしょうか? 私があなたの立場なら、自分の進退について心配しますけれどね」
「は? なにを馬鹿な。僕は将来を嘱望されている、次期コルツァーニ公爵だぞ!」
「マルキオン伯爵家の葬儀を妨害し、遺族へ暴行を働いたあげく、令嬢を拉致しようとしたのです。公爵家の力で刑罰は逃れられても、社会的な評価は別でしょう。これほどの醜聞を揉み消せるとお考えなら、どうかしていますよ」
「それはっ!」
「やめなさい、口論など無意味だ」
反論しかけたジルベルトを、アウレリオ卿が淡々と制止した。
「あなたがした行いは、権力をたてに口止めできる範疇を越えました。私は勿論、私を監視しているベッカロッシ公爵も、コルツァーニ家へ従ういわれなどありません。特にベッカロッシ閣下は、身内にだけは寛大ですが、それ以外の人間を右往左往させて楽しむ困った癖がある御方だ。先ほどご自分で申されたとおり、ご両親へ報告するべきですよ。対応に追われて、報復する余裕などなくなるでしょうし」
青ざめるジルベルトに肩をすくめて、アウレリオ卿が私を振り返る。毅然とした表情が一変し、いつもの柔和な顔に戻っていた。
「遅くなって、申し訳ありません。怖い思いをさせてしまいましたね」
「いいえ、謝罪などなさらないで。すぐに駆けつけて下さいました」
アウレリオ卿は、教会を立ち去るとき、念のため部下を一人、残していってくれたそうだ。葬儀が終わるまで、自分は他の部下たちと、邪魔にならないよう教会の近くで待機していてくれたらしい。
「むしろ、ご迷惑ばかりおかけして、お詫びするのは私のほうです」
「あなたこそ、落ち度など無いではありませんか。ご無事で良かった」
温かく労られ、もう大丈夫だと安堵した。気が緩んだ途端、涙が出てくる。声を殺して泣いていると、アウレリオ卿が、そっと私のベールを持ち上げた。
「不躾ですが、許してください」
「アウレリオ卿……」
彼の長い指が、壊れ物を扱うように、私の目元を優しく拭った。ハッと息を飲んだジルベルトが、身をよじって暴れだす。
「僕のフランチェスカに触るな!」
激昂したジルベルトに、怒りを覚える。姉の葬儀を台無しにし、家族に無体を働いたのだ。
アウレリオ卿の配下に助けられ、両親と兄は解放されている。しかし、視界に入る家族は、疲労と痛みで疲弊していた。
ここまでされて、黙っている気にはなれなかった。アウレリオ卿が守ってくれる状況が、臆病で卑怯な私の背を押した。
「僕のフランチェスカ、ですって?」
怒りを隠さず、ジルベルトへ視線を向ける。ベール越しではなく素顔のままで、拘束されている彼を冷ややかに見下ろした。
「まさか……そんな……」
ジルベルトが瞠目する。冷淡な私の態度に、大きな衝撃を受けたように。
「なんてことだ……、違う……、君はフランチェスカじゃない。フランチェスカは、そんな目で僕を見ない!」
きっと、欲していた感情が、私の瞳に見当たらなかったのだ。ジルベルトが姉妹を見分ける目印だった、愛情の名残と虐げられる痛みが存在しなくなったから。
失笑に口元が歪み、くっと小さく喉が鳴った。私は今、どんな顔をしているのだろう。
あまりの醜さに、アウレリオ卿に呆れられてしまうかもしれない。それでも、うつむくつもりはなかった。どれほど醜悪だろうが、これが私だ。
「妹は亡くなりました。私はオリヴィエラだと、何度も言ったでしょう。あなたのフランチェスカは、どこにもいないのよ」
ジルベルトが息を飲む。ようやく、私とオリヴィエラが用意した偽りの現実を受け入れる気になったようだ。
みんな、見たいものしか見ようとしない。姉の人生を乗っ取って、新しい男の威を借りる図太い女より、儚く散った乙女の方が、ジルベルトの望むフランチェスカにふさわしいのだろう。
どうかこのまま、真相を辿ろうとしないで欲しい。その一心で、持っていた本を差し出した。
「どうぞ、お受け取りになって。フランチェスカの形見として、ジルベルト様へ差し上げますわ」
「その本は……」
「ええ。私たち姉妹が祖母から貰った宝物です。妹がどんなに大切にしていたか、ご存知でしょう?」
目の前に本を突きつけた。よく見えるよう、ゆっくりとページをめくる。
「妹が亡くなったのは、あなたの気持ちを誤解したせいだと、おっしゃいましたわね。ええと、確か……不器用な愛し方しかできなかった、でしたっけ? これを愛だと受け取れる人間なんて、いるのかしら」
皺がよって、折り目がついた私の本。
べったりついた靴の跡。
地獄に放り込まれる罪人たちの挿し絵が汚れたことで、却って恐ろしさが増している。
自分の仕打ちを突きつけられて、ジルベルトが顔色を失った。
「ち……ちが……、ぼくは……本当に、彼女を愛して……」
弱々しく首を横に振る彼に、憐れみは覚えない。
「ええ。あなた様の多大なる自己愛でしたら、正確に妹へ伝わったようですわ。失望したと、はっきり遺書に書いてありましたから。警吏の元から戻りましたら、後日、妹の遺書も公爵家にお送りいたしましょう。ご自分が何をなさったのか、二度と忘れないで下さいましね」
「あ、あ……ああ……」
ジルベルトはすすり泣き、うなだれて動かなくなった。すっかり心が折れてしまったようだ。しばらく、このまま萎れていて欲しい。できれば、私が王都を出るまでは。
使い物にならなくなくなった主人の様子に、ジルベルトの部下たちが動揺している。気まずく目配せしている彼らへ、主の代わりにアウレリオ卿が指示を出した。
「……君たちの主は混乱しています。いくら待っても、正常な命令は与えられないでしょう。これ以上、不毛に争う必要はありません。ジルベルト卿を連れてコルツァーニ家へ帰りなさい」
男たちは、アウレリオ卿の差配に従った。ブツブツ小声で呟きながら泣くばかりのジルベルトを連れて、公爵家へ引き上げていく。
滅茶苦茶になった葬儀は、アウレリオ卿のお陰で、なんとか再開できたのだ。
□
ようやく埋葬を済ませ、参列者たちが帰っていった。教会の小さな休憩室を借りて、私たち家族とアウレリオ卿が、一息ついた。
「感謝いたします、アウレリオ卿。あなたのお力添えがなければ、満足にフランチェスカを見送ることが出来ませんでした」
「いえ。ご迷惑にならないよう見守るつもりが、すっかりでしゃばってしまって……」
礼をのべる父へ、アウレリオ卿は表情を曇らせた。南部貴族との友好関係を、あからさまに示すことで、マルキオン家に不利益がないか案じてくれていた。
そんな彼へ、父が深刻な顔で口を開く。
「図々しい申し出と承知で、お願いがあるのです」
「なんでしょう」
「身内を亡くしたオリヴィエラは、一年の喪に服すのが慣例。ですが、どうか予定通りに……、いえ、可能ならば明日にでも、娘を御領地へお連れいただけませんか?」
すでに、予定していた結婚の日まで半月をきっている。アウレリオ卿と私は驚いたけれど、すでに相談していたのか両親と兄は、すがるように彼へ懇願するばかりだった。
「ジルベルト卿は、娘の死を認めたようですが、安心は出来ません。今度は、どんなおかしなことをしでかすかと思うと……」
「夫の申す通りです。亡き娘のよすがに、オリヴィエラを欲しいなどと言い出されたら、わたくしどもに守り切れるか不安なのです」
「数年前から、我が家の使用人を買収し、内通者にしています。奴は汚い手を平気で使うんだ。妹がさらわれて辱しめを受けたら、フランチェスカに顔向けできません」
ゾクッと肌が粟立った。葬儀で目の当たりにした、あの狂った発想で、再び狙われかねないのだと思い知る。
それに、内通者の件は初耳だった。常に監視されていたこともあり、家族は表だって、私の味方になれなかったのだろう。
そういえば、オリヴィエラも使用人から情報を得ていた反面、彼らの目がある所では、父へ攻撃的に振る舞っていた気がする。
「未婚のまま領地へお連れすることは、ご令嬢の名誉に関わります。そうなると、簡易儀礼で夫婦になる形ですが、かまわないのですか?」
簡易儀礼の結婚は、聖職者と新郎新婦の立会人が一人ずつ見守る前で、結婚の宣誓と署名を行う。
「はい。オリヴィエラを守り抜くには、それしかないかと。内通者を欺くため、私たち家族は出席しないほうがいい。別の用事を装って、娘と立会人のみを教会へ向かわせるつもりです」
両親と兄が出席しない、簡素な結婚。慎重に事を進めるには、確かに最も安全な方法だ。しかし、カゼッリ伯爵家の御曹司に対し、コソコソ式を挙げて欲しいという、厚顔な申し出だった。
「……いいでしょう」
じっと考え込んだアウレリオ卿は、静かに頷いた。
「ただし、花嫁の意見次第ですが。寂しい結婚式になりますよ。あなたはよろしいのですか?」
「私は……」
意志を確認されるとは思わず、澄んだ青い瞳を見つめ返す。我が家の揉め事に巻き込んだあげく、惨めな結婚式に付き合わせることになるのに、腹を立てるどころか私を案じてくれている。
名を偽り、嘘を重ねる私に花嫁衣装を着る資格など無い。冷たくあしらわれて当然なのに、気持ちを尊重されて、胸が痛んだ。
「簡易儀礼で十分です。これほど失礼な申し出を受けていただき、恐縮です」
「かまいませんよ。ただ、領地に戻りましたら、家族や領民へ結婚を披露させていただきたい。どうか、お付き合いいただけますか?」
「は、はい」
きっと、内々で宴席をもうけてくれるのだろう。ありがたさに唇を結ぶと、アウレリオ卿は穏やかに目を細めた。
「私の立会人は、縁戚でもある腹心につとめて貰うつもりです。失礼ですが、マルキオン家側の立会人は、あてがおありですか?」
家族以外で、コルツァーニ家へ情報を漏洩しない、信用できる人物が必要だった。切ない表情をチラリと浮かべた父は、しっかりと頷いた。
「はい。きっと引き受けてくれるでしょう」
アウレリオ卿に助力してもらい、部下を使って立会人と連絡をとった。内密に、教会の手配をする。
こうして、私とアウレリオ卿は、葬儀の翌週に結婚することが決まった。




