7 テイマーと初戦闘
翌日。ブルンネンの宿『スターズ亭』で一晩を過ごしたシュウは朝食を早々に頂き、今晩も止まる予定だと主人に料金を前払いしながら告げると部屋に戻り、荷物を纏めるとブルンネンを出発し、西へ2時間ほど歩いたところにある『ブルンネンの森』を目指していた。
ブルンネンの森は低レベルの魔物しか存在しない上、ユニークモンスターの種類も少ないため、ゲームでも、そしてこの世界でもまず始めに冒険初心者が訪れることになる狩場である。今回は浅い領域にしか足を運ばないため関係ないが、森の最奥には初心者最初の壁と呼ばれるダンジョン『廃鉱』が存在している。
またブルンネンの森はヒーリ草の群生地であるため、そちら目当てでも訪れる者は多い。今回のシュウは件の依頼達成のみを考えており、モンスターに喧嘩を売る予定もないためこちらが主目的であると言ってよいだろう。
しばしお世話になった街道を少し南西に外れて歩き続けると森の入り口が見えてくる、森と言っても木が密集しているというほどでもなく、どちらかと言えば林に近い。しかし『日本』では見たことの無い木が多数生えており、今回初めての冒険という事もあってシュウは興奮を隠しきることが出来なかった。
(あっちで何度も見たはずだけど、やっぱり直接見ると違うなぁ……)
ゲームでは感じることのできなかった生命の息吹、風に乗りやってくる緑の臭い、そういったものに圧倒される。特に前世では入院してから長いこと無縁だったこともあり、こちらに生まれてからも村の外にはほとんど出ることがなかったため、しばらく感動に身を任せていたが、我を取り戻して森に向かって足を踏み出していく。
今日の目的はヒーリ草の採取である。現在最大容量500のポーチには50個ほどアイテムが入っており、残り全てをヒーリ草にする覚悟であった。つまり残り450個。一見するとかなり厳しいように感じられるが、ヒーリ草はそれこそ森中に掃いて捨てるほど生えているので、運が良ければお昼頃には帰る算段が付くだろうと想定していた。
ヒーリ草は年中通して特徴的かつ鮮やかなピンク色の小さな花を咲かせる習性を持つ。そのため他の雑草とも見分けがつきやすく、1か所に集まって生えていることが多いため探すのに苦労することはなかった。
実際集め始めてからかれこれ1時間ほど経つが、既にポーチの8割ほどが埋まりつつあった。運よく魔物にも遭遇せずひたすらに群生地を練り歩き、草を抜いてはポーチに放り込みを繰り返しているため作業は順調そのものであった。
(大量大量、この調子なら早めにギルドで依頼を達成させて、余った時間で夕飯まで町を歩いてみるのもいいかもなぁ)
ついに鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌なシュウであったが、そこに招かれざるお客さんが訪れた。
――ガサッ
(!?)
シュウの背後、草むらから何者かが発する音を感じ取り振り返る。明らかに警戒を怠っていたため動揺してしまったが辛うじて狼狽を避けられたのは不幸中の幸いであった。
そうして草むらから這い出てきたのは、シュウがこちらで初めて見た魔物であった。青く爛れた肌、先端に決して鋭利とは言えない石を付けた槍を持つ。シュウが知る中で最も弱いモンスター。
――『病気のゴブリン』。ゴブリン種最弱の魔物。何かの病気にかかっているため通常のゴブリンより遥かに弱い。
シュウはここでも運が良いと感じていた。ここで出会ったモンスターが『フォレストバット』や『フォレストリザード』であったなら全速力で逃げねばならなかったであろう。それこそ文字通り命がけで。また1匹で出てきてくれたことにも感謝していた。
病気のゴブリンならばいくら現状最弱のテイマーと云えど難なく倒すことが可能だ。病気のゴブリンの攻撃は非常に遅く、振り下ろしてくる槍を回避してから適当に殴るだけで倒せる、そういう魔物である。
仮に攻撃を受けてしまったとしても昨日購入したスモールポーションで回復できる範囲内である。決して安くはない犠牲のペンダントを消費することもないためそういった意味でも気が楽であった。
そうして病気のゴブリンについて再確認していると、遂に相手が動き出した。シュウは急いで『木の棒』を構えるとゴブリンを迎え撃つ構えをとった。相手が槍を上に構えたら横に飛び、急所である頭を狙えば良い。そう楽観的に考えていたシュウであったが、シュウは気づいていなかった。
これがゲームではなく。殺し合いの場であるという事を。
ゲーム同様の動きで今まさに槍を振り上げんとする病気のゴブリンと目が合った、目の前の対象を駆逐せんとする、濁りきっているが鋭い眼光を放つ眼。それを見てシュウの身体は凍り付いた。
(っ!? 足が、言うことを聞かない!)
それは1度死んだことのあるシュウだからこそ感じる恐怖であった。手足の先から徐々に自分の意識や存在感が薄れていく、あの嫌な気持ち。それがまたも今まさに目の前に迫っているという現実が、シュウの身体から自由を奪っていた。
1発もらったくらいでは死なない、そんなことは頭では理解しているが、それでも恐怖は一向に消え去らない。普段ならどうというこもない、ただ1歩左右のどちらかに動くというだけの動作が出来なかった。
(動け! 動けって!!)
槍が振り下ろされる直前、草に根を張ったように動かなかった足がついに動いた。辛うじて避けることは叶ったが反撃に移ることはとても出来そうになかった。数秒後には追撃が来ることは明らかであり、次もまた同じことが起きるであろうことも予想できてしまった。
(どうする、逃げる!? それとも、もう一度避けて、倒す、いや)
――殺すしかないのか。
そう、倒すとはつまり命を奪う行為であることにシュウはこの状況で気づいてしまった。これは命のやり取りを行っているのだと。相手に逃げる意志がない以上、こちらが逃げる選択肢を選ばない限りはもう殺すしかないのである。
シュウは考えた。いっそ逃げてしまえばいいのではないかと。しかし自分は冒険者だ。一生その選択をし続けるわけにはいかない。ならば今、ここで、乗り越えてしまうしかないと。
そうこうしているうちに追撃が来た。シュウは緩慢な動きで槍を構える病気のゴブリンを見据え、覚悟を決めた。
(振り下ろす直前、ゴブリンの顔が前に振れる瞬間! 今!!)
今度こそ軽やかに槍を回避したシュウはその勢いを利用し裏拳の要領でゴブリンの頭部に木の棒を叩きつける。ゲームであればClitical!と表示されそうな、実際に急所への強烈な一撃を食らったゴブリンは、そのまま糸が切れた人形のように崩れ落ち、少しピクピクと痙攣した後、完全に動かなくなった。
「は、はは、久しぶりの割に、結構覚えてるもんだね……」
立ち上がってこないことを確認するとシュウもまたその場にへたり込んだ、膝が笑い立っていられなかったのだ。まだ腕には頭をつぶした時の感覚が残っているような気がして、そこはかとない気持ち悪さを覚える。
しばらくそうしていると、ゴブリンの身体が淡い光に包まれ、そして泡のように消えてしまった。こういうところはそのままなんだなとシュウは懐かしさと同時に心を撫で下ろしていた。今回は何も落とさなかったが、ゲーム同様ドロップアイテムを落とすことがあるのは両親及びギルドからの情報で得ていたため少し残念に思った。
また、それと同じくして頭の中でレベルが上がったことを理解していた。ゲームでならすぐさまレベルアップで得た各種ポイントの割り振りにあれこれ悩む時間であるが、今はそんな気分には到底なれそうになかった。最もテイマーならSTR全振りになるため悩むことなど何1つないのだが。
しかし、いつまでもボーっとしているわけにはいかない。なんとか立ち上がれるようになるとシュウは残りのヒーリ草を求めて森の奥へと歩き出した――
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