8 ソーサラーと絶望
本日2度目の投稿となります。読み飛ばしにご注意ください。
――ああ、しくじったな。
ブルンネンの森の奥地、廃鉱からそう離れていない開けたエリア。そこで新米ソーサラーであるギルド登録名『アーシェリア』はボロボロになった身体を地に伏せていた。空より深い水色をした瞳は今、絶望に染まりきっていた。
どうしてこうなってしまったのだろうかと、後悔せずにはいられなかった。薄れゆく意識の中で、浅はかな自分を呪いつつ、何の救いもない暗闇に身を任せるため、目を閉じた。
昨日ギルドで事実上の戦力外通告を受けたアーシェリアは個人の力でパーティに加入、あるいは結成するのではなく、個人の力のみで冒険者業を始めることを決めた。実際この選択は間違ってはいない。
どこぞのテイマーとは違い、ソーサラーは序盤であればソロでも十分にやっていけるだけの力がある。初期から覚えている『ファイアボール』『アイスランス』といった攻撃魔法はブルンネンの森の多くの魔法耐性を持たない魔物を文字通り一撃で粉砕することが可能なのだ。遠距離から安全に攻撃することが可能で自身が攻撃を受けること自体少なく、万一多少食らっても回復はポーションを頼りにすれば十分にやっていける。
ただしそれは十分な知識と経験を持っていればという前提の話。経験はまだしも、知識の浅さ、そして慢心が重なり、アーシェリアを絶望の淵に叩き込むことになる。
実際のところ、最初は上手く行っていた。
森についてすぐに出会った魔物である『フォレストバット』はファイアボールの一撃で灰となり、消えた。その後に出会ったどんな魔物もファイアボールの前には成すすべなく消滅させられていった。気分を良くしたアーシェリアはそれこそ根こそぎ魔物を刈り取る作業に没頭した。
どんどん上がるレベル、どんどん増えるスキルポイント。強くなっていく実感と高揚感が彼女の足元をお留守にしていたが、力に酔いしれていた彼女には気づく術はなかった。
そうして魔物を焼き払いながら森の奥へと進んでいくと、今までの魔物より遥かに大きい体躯を持つ魔物に遭遇した。
――『ウッドゴーレム』。ブルンネンの森に生息するゴーレム種最弱の魔物。関節部分が弱点であり物理攻撃にも弱いが、ブルンネンの森では珍しく、ゴーレム種の特徴である『完全炎耐性』を持つ。
そう、完全炎耐性である。あとは何となく想像がつくかもしれない。いつものようにファイアボールを放ったアーシェリアであったが、ウッドゴーレムは灰になるどころか煤1つ付かない結果となった。予想だにしない結果に狼狽えてしまったところに、その体からは想像できない速度で近づいてくるウッドゴーレムのパンチを防御する間もなく食らってしまう。5メートルは吹き飛ばされ強く地面に叩きつけられた。激痛で息をすることも出来ず、ポーチからポーションを取り出すことも出来ない。なにより頭の中の奥の方、そこでHPが0を示していた。
ちなみにこの世界、HPが0になっても即座に死亡することはなく。条件付きだが3分以内に体力を回復すれば問題なく復活が可能である。ただし本人の身体はピタ一つ動かなくなるため、自身が回復することは原則一部の例外を除いて不可能であり、それこそが冒険者はパーティを組むのが当たり前と言われる所以の1つでもあった。
また、ややこしいことにHPが0になることだけが死亡に直結するわけではない。例えば上位のデーモン種は即死魔法を使ってくるが、これはHPが減少するわけではなく問答無用で死亡する。また状態異常である麻痺は完全に体が動かなくなり、そのままでいると餓死等の生物的理由で死亡する。
生きてさえいれば四肢の欠損や失った血液でさえ回復で治ってしまうが、死亡したら『おしまい』というのは冒険者にとっての常識である。だからこそ冒険者は安全を第一に考え、行動することを念頭に置かねばならない。その点においてアーシェリアは落第であると言わざるを得ない。
運の悪いことに、ウッドゴーレムは決して遭遇率は高くない、比較的珍しい魔物だった。ブルンネンの森の多くの魔物について事前に調べていたアーシェリアであったが、ウッドゴーレムについては記憶から抜け落ちていた。これは彼女の落ち度であるが、そもそも当初はウッドゴーレムの出現するエリアまで向かう予定はなかったので、そこまで情報収集が回らなかったというのが真相である。
もし彼女がウッドゴーレムについての知識を有していれば、あるいは使った魔法が『アイスランス』だったら、結果は違うものになっていただろう。もちろんそんなことは知る由もないわけであるが。
幸いなことに一撃を加えてアーシェリアが動かなくなったことで興味を失ったのか、ウッドゴーレムに追撃の気配はない。最ももう一度攻撃を食らったところで体がもう一段回ぐちゃぐちゃにされるだけでHP的には何も関係ないのだが。
結局のところ、このまま静かに死を待つしかないことに変わりはなかった。
(母さま、姉さま、爺、ごめんなさい、約束はもう、守れそうにないわ……)
アーシェリアは別に冒険者になりたかったわけではなかった。ただ、とある事件をきっかけに成らざるを得なくなってしまったのである。それこそ残りの人生すべてを使って遂行する目的のために。
とはいえもうそれは叶わないことは明らかであった。悔しさに涙が滲む。唇を噛みしめる力さえ出ないことに、アーシェリアは女神と、そして自分の愚かさを呪った。
(昨日の勧誘、断らなければ、また違った未来があったのかな)
思い出されるのは昨日のギルドでの一幕だ。突然手を握り勧誘してきた、自分と同年代と思しき男の子。テイマーなどというのは冗談にしても、本当にパーティを組みたがっているのではないかとギルドを飛び出し冷静になった頭でそう思った。もしもう1度会うことがあれば話くらいは聞こうと考えていたし、実際今朝もギルドに昨日騒がしたことを謝罪するために訪れたが再会することは叶わず、結果的に諦めることに決め、1人その足でブルンネンの森まで来てしまったのだ。
もし彼と一緒に来ていれば、少なくとも今地べたに這いつくばることにはなっていなかったことは想像に易い。もはや助からないことは明白で、ただただ残り少ない時間を徐々に暗くなる意識と共に感じていた……そのときである。
ゴギンッ! という何か硬いものが凹むような音に続いてズシンッ! と何かが沈むような音が響いた。これが間接部位を破壊され崩れ落ちたウッドゴーレムの発した音だという事はこの時のアーシェリアには理解できなかった。
「まさかウッドゴーレムが居るなんて! 今日はやっぱりツイてる! ああ女神様、これからもどうぞよろしくお願いします……」
アーシェリアの耳にどこかで聞いた声が届く。まるで歌でも歌うような軽やかな声に現実味を感じられず、既に朦朧とした意識の中で今際の際の幻聴かと錯覚していた。一方でドロップアイテムが出なかったことにがっかりしていたシュウもぼろ雑巾のように倒れ伏したアーシェリアの存在にようやく気が付いた。
「あ、あれ? もしも~し君、大丈……夫じゃないね!? ちょ、ま、ポーション! 今ポーション使うから!! なんとか生きててください!!」
そんなことを言われても既に肉体も精神も限界だった。ヒーリ草まみれのポーチから慌ててポーションを取り出すシュウを余所に、アーシェリアの意識はブラックアウトした――
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