5 テイマーとソーサラー
いつもはうるさくない程度には賑わっている冒険者ギルド内であるが、今は水を打ったようにしんっと静まり返っていた。その原因はシュウが先ほどまでいた受付カウンターだ。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください! ちゃんと説明させていただきますので……」
「私は落ち着いてるわよ!」
カウンターではチネットが帝国では珍しい銀朱色の髪を肩の辺りで切りそろえた少女に詰められていた。シュウよりも遥かに大きな声で叫んだためか、ギルド中の人間がそちらに注目する形となった。
出で立ちは新米冒険者のそれだが、整い過ぎている顔立ちや日焼けの後やシミ一つない肌からするに『良いところ』育ちなのだろうと誰もが邪推した。実際貴族や商家出身の冒険者も多いためそれ自体が珍しいことではないが、それにしたって浮きすぎてしまっていることに彼女は気づいていない。
一方のシュウも所謂「お姫様が頑張って平民のふりしてるみたいだなぁ」と、当たらずも遠からず周りと似た感想を抱いていた。最も現在の興味は依頼をどう達成するかに頭のリソースを使っていた上、厄介事になりそうな雰囲気を醸していることからそそくさと別のカウンターに依頼を受注しに行こうとした――が。
「ええと~ブルンネンではですね、その立地上比較的初心者の冒険者の方々が活動を行っておりまして、その都合上即戦力に成り得る方を優先して紹介させていただくというシステムでございまして、申し訳ないのですがソーサラーの方は即戦力には相応しくないと言わざるを得ないと申しますか……それに恐らくですがどこのパーティに声を掛けてもソーサラーを抱えたいというパーティを見つけるのは至難の業だと思われます」
先ほどシュウに説明したこととほぼそっくりそのまま少女に説明するチネット。どことなく先ほどよりも丁寧さを感じるのは少女の圧に屈したからだろうか。
だが、そんなことより聞き流しながらも聞き逃してはいけないワードが混じっていたことにシュウは衝撃を覚えていた。
――今、『ソーサラー』って言った?
「嘘よ! ソーサラーならどこのパーティでも引っ張りだこって爺――じゃなくて! 知り合いの冒険者が言っていたもの!」
「え、ええと……そのですね、厳しい意見になるかもしれませんが、ソーサラーは保有魔力量が少なく攻撃も補助も中途半端の後衛職というのが冒険者内では普遍的な考えとされていまして、どなたがおっしゃったかは存じませんが、少なくとも容易にパーティ加入を許されるようなジョブではないと、ギルド職員の立場からすれば言わざるを得ません。」
「っ! もういいです! 自分で探します! ギルドの力は借りません!」
遂に顔を真っ赤にして力強く宣言する彼女だったが、それに対し周囲の反応は冷ややかだった。
――『ソーサラー』。幅広い攻撃魔法と補助魔法を併せ持つ万能の後衛職である。と言えば聞こえは良いが、どっちつかずの中途半端になることが多く、一点特化型の後衛に比べると力不足感が否めない。俗に言う外れの一種であるというのが世間の常識であった。
恐らく彼女がこれからすぐにその現実にぶち当たるであろうことをその場の誰もが理解していた。よっぽどの変わり者でなければパーティを組もうなどとは思わないだろう、そう遠くない未来に彼女が実家に帰ることになるだろうことが容易に想像できる。
しかし問題は、そのよっぽどの変わり者がここに存在してしまったことであり、それは彼女の苦難の始まりでもあった。
怒りに身を任せ今まさにギルドを飛び出さんとする彼女の手を掴む者が居た。もちろんシュウであるが、その瞳はキラキラと輝き希望に満ち溢れていた。一方で少女の方はまさか引き留めてくる人間がいるとは思いもしなかったため、薄ら涙を浮かべた瞳を揺らしながら激しく動揺した。
「突然ですいませんが、僕とパーティを組んでください! ちなみに当方テイマーです!!」
もはや先ほどまで目立たないようにしようと考えていたとは思えない強烈な勧誘であった。まだ周囲の注目は彼女にあったため必然的にシュウもその視線に晒されることになるが、既にそのような考えすら思い浮かばないほどにシュウは真剣であった。なにせここで彼女を仲間にできたならば、テイマーが抱えるあらゆる問題を解決できるのだから。
(まさかこんなところに最強後衛のたまごが居るなんて! 女神様の思し召しとしか思えない!!)
【レッドダイアモンド】において最強の前衛がテイマーであるなら、最強の後衛はソーサラーであるとプレイヤーの大多数は考えていたし、それは紛れもない事実でもあった。
最序盤から使えるぶっ壊れの攻撃魔法『アイスキューブ』を筆頭に攻撃速度や移動速度を高める『クイックヘイスト』、一度訪れたことのある街に仲間共一緒に瞬間移動できる『ワープ』、それ以外にも優秀な魔法が粒揃いなのだ。比較的装備が高額になりがちなことと、攻撃と補助のスキル構成のバランスを整えるのが大変なことを除けば問答無用の最強後衛である。
それだけでも優秀とされるソーサラーの地位を更に確立させたのは、あろうことかテイマーの存在であった。
テイマーの大きな欠点の一つである「100%物理耐性持ちには何もできない」という致命的な弱点がソーサラーが居れば完全に克服することが可能なのである。
ソーサラーの使える補助魔法には対象の物理攻撃をそのままの威力で各属性の魔法攻撃に変換する『マテリアルチェンジ』というものがある、つまりこの魔法をテイマーに使えば物理耐性を無視してテイマーの超火力を押し付けることが可能になるのである。それ以外にも理由はあるが、そうした理由で高難易度ダンジョンを攻略する際、テイマーを擁するパーティにはソーサラーが必須であるというのは常識とされていた。
一応テイマーの初期装備である『木の棒』でもその欠点を克服することは可能であるが、それでもソーサラーの有無は天と地ほどの差があった。
それが今、目の前にいる。ジョブがランダムなこの世界でソーサラーを引ける確率が高くないことを考えれば相当な幸運である。シュウはまたしても女神に感謝の祈りを捧げる結果となった。
しかし、ここでまさかの悲劇が女神の恩寵に酔いしれていたシュウを襲うことになる。
「っ! 馬鹿にしないで! 離しなさいよ!!」
「え」
ソーサラーの少女は我に返るとシュウの手を振り払い、そのまま駆け足でギルドの外に出て行ってしまった。まさか断られるとは本当に1ミリも思っていなかったシュウは茫然自失となった。
シュウが不幸だったのは、少女がテイマーは外れ中の外れであることだけは知っていたこと、そのため勧誘が冗談だと思われ彼女の怒りを再燃させてしまった事である。実際は最高の勧誘を最悪のタイミングで断ってしまったわけだが、当の本人は知る由もなかった。
盛大にフラれてしまった少年を何人かは生暖かい目で見守り、大半は興味を無くしたのか、あるいは見るに堪えないのか視線を外していく、しばらくするとギルド内はいつもの喧騒に包まれるようになった。
依頼書を握って石造のように虚空を眺めていたシュウが動き出したのは、それから3分は過ぎてからのことであった――。
たくさんのブックマーク&評価ありがとうございます。とても励みになります。
面白いと感じた方、続きが気になる方、よろしければブックマークや評価をお願いします。




