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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第二章
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冷酷無比は優しさの裏返し?(1)

 背の高い生け垣がまるで迷路のように入り組んだ王城の庭園。その端っこにある四阿には、アトリアとモミジに事情を説明するリリーがいた。たった今、セノディア一人を置き去りにして、《転移の魔法》を使って王城の庭園の四阿に飛んだからだ。


「――――つまり、あ奴と妾で逃げ口を計画しておったのじゃ。セノディアと別れたのは計策通りじゃよ」


 説明を終えたリリーはモミジのポシェットから小瓶を取り出して飲み干した。いざという時のための『下級青ポーション』だ。言語不明な詠唱をした《転移の魔法》は魔力を際限なく食いつぶすのだ。直前に生き写しの幻影を生成する《モーフ》を使ったため『魔力欠乏症』で倒れていてもおかしくなかった。


「そんなことをいつの間に……」


 安全とは無縁な裏路地には今もセノディアが一人でいるのだろう。アトリアは血の気が引いて青ざめながら問いつめる。


「昨日の夜じゃよ。お主達に喋ったら絶対に反対されると断言しおって、コッソリと二人でな」

「まさか僕が風呂に入ってる時!?」

「うむ」

「じゃ、じゃあセノディアさんは今も……!?」

「セノディアの用意しておったマジックアイテムは目くらましの一種じゃろうから、逃げ切った可能性は低い。今も必死で逃げとるか、若しくは――――逃走に失敗して捕まっているか」

「捕まってッ……!? 何て無茶するのさセノ! すぐに助けに行かないと!」


 アトリアは居ても立ってもいられなくなった。

 もしも第三者が今までの会話を聞いていたら、そのセノディアという人間に畏怖の感情を抱くだろう。自分の命を投げ出して誰かを助けようとするのは美徳。賛美されて然るべき自己犠牲。しかしどれだけ正義感の強い人間であっても戸惑い、躊躇するだろう。それをノータイムで一切の迷いなく行えるのは心臓が鉄でできた冷徹な人間だけだ。

 だがアトリアは知っていた。仲間が窮地に陥った時、糸も容易く我が身を投げ出す自己犠牲の精神は彼の悪癖であることを。

 そんなことは前々から知っていた。予期せぬ出来事に見舞われると、口ではぶっきらぼうでつっけんどんな態度を取るが何だかんだと言いつつ助けようとする。セノディアが記憶を失った事件もそうだった。


 あの時も、セノディアは自分を助けようとして自ら地獄に飛び込んだのだ――――。


 それからハトラ洞窟の『休憩所』で自分を突き飛ばし飛竜と共に奈落へ落下した時まで、彼は何一つとして自己犠牲の精神を失っていなかった。


(分かっていた――――分かっていたのに! 分かってたのにセノの無茶を止めることができなかった……知っていったのに……!)


 後悔の念に苛まれる一方で、アトリアはセノディアに対する苛立ちも感じていた。

 ある種自爆特攻のような手段を取るにしても、一言二言自分達に告げるくらいはして欲しかったからだ。確かに作戦内容を聞いたら自分は止める。例え自己犠牲が考え得る最善の策であったとしても別の案を一緒に考える。なぜなら自分達は一蓮托生の仲、パーティだからだ――――。

 誰一人として欠けてはいけない。彼が《エクスプローラーマスタリー》を選び、火力職が欲しいからとモミジをパーティに迎え入れた時から『パーティ』として動いていたじゃないか。それなのにこちらの意見は全部無視なのか。

 その憤りや虚しさが怒りとして、彼女の中で沸々と煮立っていた。

 また、その計画を打ち明け、相談したのは、どうしてこの中の誰よりもセノディアと共に過ごした時間の長い自分ではなく、得体の知れない《魔王》のリリーだったのかという嫉妬心もある。


(何なのさもう……!)


 言葉にできない感情がアトリアの中で渦巻いていた。従妹である自分よりもリリーを優先させた悲しみや嫉妬心が、頼られなかった悔しさと怒りが、虚無感と助けに行きたい焦りが混ざり合いぐちゃぐちゃになっていた。それでも体はあの路地裏に向かおうとしていた。


「そうじゃなかろう」


 しかし走り出そうとしたアトリアの手を、一回り小さな手がパシッとその場に繋ぎ止めた。


「何のためにあ奴がお主達を逃がしたと思っておる」

「そんなのッ……そんなの知らないよ!」


 必死に手を振り払おうとするアトリアだったが、まるで磁力に吸い寄せられた金属のように、彼女の手を振り解くことは終ぞ叶わなかった。剣二本を振り回す彼女であっても、所詮は女神から授かった《ソードマスタリー》による仮初めの力。一方で幼女の部類に入るリリーは見た目にそぐわぬ怪力で、文字通り力任せに彼女の体を引き留めていた。ゆっくりとだが《魔王》としての力を取り戻しつつあった彼女からしてみれば、赤子の手を捻るかのようにアトリアを力でねじ伏せることができる。

 つまり彼女は、それだけの戦闘力を持ち合わせていた――――。


「そんなに……こんな力を……! 僕たちと違って、リリーちゃんは強いのに! 僕なんかよりも、モミジちゃんよりも、セノよりもッ! 何で戦わなかったのさ! 何でッ――――何でセノを見捨てたの!?」


 すっかり取り乱したアトリアは感情の赴くままに叫んだ。だが、それはリリーが先ほど説明したではないか。「《攻撃魔法》は周辺一帯が更地になるからできない」と――――。それが分かっていながらも聞かずにはいられなかった。


「《攻撃魔法》が使えないなら《補助魔法》だけでも戦えるじゃないか! 剣を振りますしかできない僕と違ってリリーちゃんなら多彩に戦えるでしょ!?」

「カカカッ! まぁ戦えなくもないが、あそこでセノディアが打ち合わせ通りにと要求したのじゃ。パーティリーダーの言うことには従うのがパーティメンバーじゃろう?」

「それは詭弁だよ! リーダーを助けるために立ち向かうのもパーティメンバー!」

「ならばそれも詭弁。お主がセノディアを大切に感じとるように、セノディアにとってもまた、お主達を大切に思っておる。じゃからあの場で囮になることを発案したのじゃろうな」


 このままではいつまでたっても平行線で埒が明かない。助けに行きたい一心で他に言い訳を見つけようと必死になるアトリアだったが、決定打となる上手い返しが思いつかなかった。


「ッそうだ!」


 だが、味方になってくれそうな人物は一人だけいた。


「モミジちゃん!」


 アトリアは助けを求めた。四阿に逃げ込んでから一言も口を利かず、顔を俯いて、今にも泣き出しそうなモミジに――――。

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