逃走計画(2)
「えぇー、お兄ちゃんそれ本気?」
「窮地に陥ったら二手に分かれよう」と提案するセノディアに、リリーはまた妹キャラを被った。
「いざとなったらって、明日の調査も兵士さんが同行するんだよ? そんないざってこと、兵士さんがいる限り起きないと思うなぁ」
「クアァッ!」
のし掛かられた彼の下からから這いずり出て、寝転がるセノディアのマウントを取った。その上に、クロエが楽しそうにダイブする。明日で約束の三日目――――王都からおさらばしていつもの冒険者に戻るときは近い。その上昨日今日と同じく彼らには兵士が同行する。「危険など無いだろう」と言い張るリリーの言い分はもっともで、セノディアはクロエの頭を人差し指で撫でながら「そうだけど」と頷く。
「どーせ、あのお節介焼きなアトリアの事だから、絶対に獣人族の子を見つけるまで探し続けると思う……約束の三日を過ぎてもね。『ショーン少年の手がかりを見つけました。後日また頑張りましょう』くらいじゃ止まらないよ。兵士さんは心情的に俺達――――『崩れ者』にそこまで付き合ってくれないから、もし三日目を過ぎても王都に留まることになったら、俺達だけで捜索する時の緊急時に備えなくちゃなんねぇのよ」
「なるほど……。お兄ちゃん、アトリアさんの習性よく分かってるんだね! でもぉ、何で二手なの? 四人で固まって逃げた方がいざって時に戦いやすくなァい?」
「いや、俺の言う"いざって時"は――――いいか? 俺の言う緊急時は誰かから命を狙われて逃げるようなシチュエーションを指すんだけど、そういう時ってよっぽど重要な情報を手に入れたってことでしょ? だったらこっちは、誰か一人でも情報を持ち帰って逃げれば勝ちみたいなもんじゃん。だから、ただ愚直に逃げるなら人数を分散させた方が良い」
「ふむ……しかし戦うという選択肢は無いのかの?」
「有りっちゃ有りだけど……リリーは――――いや、信用してないってワケじゃない。これから言うことを勘違いしたり曲解しないでほしいんだが――――俺達を守るために戦ってくれんの?」
セノディアは二度前置きし、果たして気まぐれな《魔王》が自分達のために力を貸してくれるのかどうかの確認をした。リリーはあくまでも、この時代に馴染むためにセノディア達のパーティに身を潜めているのであって、決して友情や愛情などの絆が芽生えたからこのパーティに属しているのではない。だからこそ――――リリーが自分の為でなく、誰かの為に動いてくれるかどうかを懸念していた。
「カカッ!」
それをリリーは一笑する。
「それはお主が一番分かっとるじゃろて。妾とお主は似たもの同士……そうじゃろう?」
「……んなこたねぇよ。俺とお前は似たもの同士じゃない。何故なら俺が見知らぬ誰かが襲われているシチュになったら――――迷わず助けるからだ」
「ならば妾も助けようぞ。これで似たもの同士じゃの?」
「嘘つけや! お前絶対にその場その時で面白いか面白くないかで決めるだろ!」
「ほぅ、よく分かっておるではないか。やはりお主は――――妾の下部に相応しいの」
「……あぁ?」
「何だ唐突に」とセノディアは頭を抱えた。リリーは天の邪鬼で気まぐれでお気楽、発現する魔力を見なければ彼女が《魔王》などとは誰も思わないだろう。しかし、「やはり」と言うからには前々から狙っていたのことが窺い知れる。
「待て……待て、何でリリーが俺を下部にしようとしてんだ?
「今の時代で潜伏し続けるには一人では難しい。かと言って阿呆の庇護下におるのも息苦しゅうて敵わん。そんな中でお主は知恵も回り、時には――――非情な判断も下せる。魔族の眷族へ昇華させるには比較的まともな人間じゃ」
二人が思い返したのはリリーの封印を解いたあの時。セノディアは激情に駆られながらも頭は冷や水をかけられたように冷静だった。そんな中でも、倫理観や良心に咎められながらも差し違える覚悟でスヴェンを殺そうとしていた。
「それにクロエが一番懐いておるのが一番大きいの」
「クロエが……?」
「そう。クロエは人見知りが激しゅうてな。外に連れていけん時は、宿に残していくか、もしくはバッグの中か。いずれにしろ大人しくしとるじゃろ? 人に会わんで良いのはクロエにとっても願ったり叶ったり。そんな中でもお主には甘え放題ではないか、心を開いておる証拠じゃよ」
「……そうなのか、クロエ?」
「クア」
リリーに撫でられるがままのクロエは、どっちとも取れるような欠伸で返す。
「第一のペットであるクロエがお主に懐いておるのじゃから、妾もお主は信頼に値する人間であると信じておる」
「へぇへぇ都合の良いことばっかり言って」
「連れん事を抜かすでない。封印を解いてくれたお主の事を、クロエ抜きにしても好ましく思っておるのじゃぞ?」
リリーはズイッと仰向けに寝そべったセノディアの顔を覗き込んだ。年頃の青年は鼻孔を擽る甘い匂いに、褐色少女から顔を背ける。
「そりゃぁ嬉しいけど……」
「そうじゃろうそうじゃろう♪」
「俺が嬉しいのは、人に好かれて嬉しく思わない人がいないのと一緒。好意を持たれること自体は嬉しいが、それは別にお前以外の人間に好意を寄せられても等しく嬉しいってだけだ。特別な感情はないからね?」
セノディアは未だにマウント取られたまま。惜しげもなく好意をさらけ出すリリーに、若干照れて早口に弁明をし続けた。それをリリーは薄笑いを浮かべて眺めていた。
「だから――――いや、待て……。待って……話が本筋から大いに逸れてる……」
「そうじゃったかのぅ? セノディアが妾の眷族になりたくて妾を呼び出して説得する話じゃ――――」
「違ぇーよ! くそっ、喋るだけで何でこんなに疲れるんだ……」
眉間を押さえて皺を寄せるセノディアは、自然にゆるゆると逸れつつあった話を無理矢理元に戻そうとした。それをケラケラと笑ってクロエを撫でる。クロエは眠眠たそうに目蓋を落とした。
「とにかく今の会話でハッキリした、お前は正面切って戦う気は無いな!」
「正解。妾は……そうじゃな、モミジの使うような《攻撃魔法》が苦手での。あぁ苦手というのはな、手加減ができんから使うと周辺一帯が更地になるからじゃ」
「《補助魔法》は手加減できたくせにか」
「《攻撃魔法》は勝手が違うのじゃ」
「……じゃあリリーが戦ってくれないことを前提で話を進めるけど、やばくなったら魔王様とアトリアとモミジ、俺一人の二手に分けて逃げっかんな!」
「むっ」
リリー&アトリエ&モミジで一組。セノディアが一人。
こうして分断するのはリリーにとって意外な提案だった。四人いるのだからキリよく二分割して2:2にすればいいと思っていたからだ。反面、彼女は納得していた。先ほどの『瞬間移動できる魔法』の話が持ち上がったのを考えるに、それを使って逃げることを前提にしているのだろうと察したからだ。
「妾の魔法を使い、アトリアとモミジを連れて……じゃな?」
「ん。『逃げる』だけなら魔王様のパパパッと逃げられる魔法が適任でしょう」
『戦闘』ではなく『逃走』という一点に絞るのであれば、それは正しい選択だ。《魔王》の魔法があれば二人を抱えて即座に現場からズラかる事ができる。
四人で全員逃げる――――という選択肢が無いのは、都合良くそんな魔法をリリーが持っていないことと、リスク分散を考えてのことだ。
セノディアからすれば、彼の想定しうる最悪の危機的状況に陥るということは、それだけ重要な情報を誰かが手にしたという前提である。ならば、一人でも逃げ切って情報を持ち帰ればいいとの判断だ。それをシュゼットか王様に報告できれば、それを元手に犯罪者を一網打尽にできるかもしれないし、ショーン少年の足取りを追えるかもしれない。
こうなってくると、リリーの『移動魔法』に連れて行ける上限が二人までというのがネックで、誰と誰を連れて逃げるのかという話になるのだが、セノディアは消去法ですぐに解決した。
モミジは昼間の追尾時も足の遅さが露呈したし、アトリアは戦闘センスはあるものの緊急時における行動が感情的になりがちですぐ挑発に乗りそう。だったらリリーが二人を連れて逃げて、残った自分が一人で逃げるのが堅実では。――――というのが最適な意見だった。
「ほう……」
リリーは感心した。
これは綿密に組まれた逃走計画ではない。いくつもの抜け穴があるかもしれないし、もっと考えて煮詰めれば、まだまだ改善できる余地はありそうだ。が、無い知恵を絞ってはじき出した作戦にしては"ベスト"ではない"ベター"。だがそれも悪くないと下部一号はポジティブに捕らえていた。
「クカカッ! なんとなんと、お主は周りの人間に比べて計算高いと思っておったが、まさか自己犠牲に自ら申し出るとはの」
「あぁその評価は過大評価だけど……強ち間違いでもないよ。だって俺、自己犠牲なんてつもりは更々無いからね」
自分以外を連れて逃げろ――――彼は単に自己犠牲を唱えたのではなく、ただそちらの方が全員逃げ延びられる可能性が高いからそう判断したまで。彼はリリーの言うとおり、冷静に分析したから自分以外を連れて逃げろと言ったのだ。
「俺はコレがあるから、多分逃げられると思う」
セノディアには切り札があった。ポケットから小さな白い球体を取り出してちらつかせる。先日、屋台でもらった『火種』だ。リリーにはそれが何なのか分からなかったが、セノディアの自信満々な口調に納得せざるを得なかった。
「ま、パーティリーダーの指示には絶対じゃからな。緊急時はそのようにするかの」
「よし決まり! あー作戦伝えるだけなのに疲れたぁ……明日からは頼んだよ魔王様……。ってことで今日はお開きね。さ、腹の上から降りて帰ってくれな。モミジが待ってるだろ」
「えーなにそれ! お兄ちゃん冷たーい!」
「そう? 俺結構リリーを甘やかしてると思うんだけど……。俺の収入の四分の一をクロエの飯代に充ててるでしょ? 更に四分の一をリリーの洋服に使ってるでしょ? これ以上は贅沢だろぉ」
「まだ全然足りないよォー! クロエみたいに頭撫でてー! クロエだけズルイズルイズルイー!」
「クアアァ……」
「……いや二人とも、何してんの?」
二人のじゃれ合いの一部始終を、風呂から帰ってきたアトリアは羨ましそうにドアにもたれ掛かりながら見ていた。
これがアトリアが「今から昼間に冒険者を見失った所に行こう!」と言い出す寸前に『始まりの宿』でリリーとセノディアで話し合った内容であり、アトリアがその後も不審がっていた取り決めだった――――。




