潜入(3)
『ピュ~~~ッ!』
高音の口笛が牢屋に響き渡った。それはセノディアの背後から――――アジトの出入り口から聞こえてきた。先ほどの男達が戻ってきたら合図を出せと事前に取り決めていたが、どうやらその合図がコレらしい。何とも分かり易いが、これで寝ていた見張りが起きたらどうするんだと頭を抱える。
だが愚痴を言うのは戻ってからだ。セノディアは牢屋の格子を掴んで中にいる子供達に叫んだ。
「わりぃ、俺は一度引き上げる!」
子供達は再び泣きそうになる。しかし、誰一人として騒いだり自暴自棄になる素振りを見せなかった。不思議なほど――――いや、不気味なほど静まりかえってセノディアの言葉を待っていた。誰も助けを求めようとしない。それがセノディアの妨げになる事を分かっているから、寂しさを堪え、不幸に打ち拉がれながら、叫びだしたい衝動をジッと我慢していた。
「けど絶対に助けに来る! いいか絶対にだッ! それまで自分から死ぬような真似はするなよ! 絶対に助けに来るからな! ショーン、小指出せ!」
そう言って格子の中に小指だけを突っ込んだ。ショーンは体毛で毛深い小指を絡める。
「本当に……助けに来てくれるの……?」
「あぁ絶対さ。俺は約束を守らない奴が大ッッッ嫌いなんだ。俺はそんな奴になりたくない」
「うん……グスッ……絶対だよ」
「あぁ、指切りげんまんだ……。ここに囚われていることは近衛兵さんにしっかり報告するから、絶対に諦めるなよ!」
一方的に言うだけ言うと、セノディアは牢屋に囚われた子供達を背にして走り去った。今この子供達に助けを求められたら、見捨てるのかと言われたら、逃げるのかと言われたら、絶対に助けたくなってしまうからだ――――。
セノディアは基本自分に関わりの無い人間に手を差し伸べるような善人では無い。かと言って冷血漢でもない。時と場合によって助けられる相手なら助けようとするし、そのためならば全身全霊を注ぐ事すら厭わない。
何の罪のない子供達が奴隷として調教され売買されるという、目も被いたくなる酷い仕打ちを受けているなら尚更だ。彼だって助けられるなら今すぐにでも助けてあげたい。だがそれで自分達が破滅してしまっては元も子もない。
すぐに救出あげられない歯がゆさに、心の中で「ごめんな」と謝りながら隠しアジトの出入り口目掛けて石畳の通路をただただ怒りと悔しさに身を焦がして走った――――。
「――――」
幸いにも、あの合図で起きないほど見張りの人間は深い眠りに落ちているらしく、行く手を遮る者は誰一人としていない。30秒ほど全速力で走り抜いたセノディアは階段を駆け上がって外に出た。
「ハァ……ハァ……ハァ……! 状況は……!」
「アレ……」
息も絶え絶えにアトリアに状況を聞くと、彼女は自分達が辿ってきた一本道の裏路地を指さした。
でっぷりと太った脂ギッシュな男が、暗がりの中で異質な輝きを放つ白い角の雛形を握りしめている。それを中心に囲うようにして、見るからに堅気ではない様相をした男達がいた。四人が隠れている横を談笑しながら歩き去った五人組だ。彼らは黒いローブに身を包んで口元をマスクで隠し、ナイフを片手にこちらを睨んでいる。
「あぁ……ボスのお出ましってか……」
「うん、多分そう……」
暗がりのためシルエットでしか確認できないが、あの太った男が奴隷商人で、周囲の面々が人攫いと護衛を兼ねているのだろうとセノディアは推測する。
「――――!」
「――――……ッ!」
太った男は白く光った角の雛形を振り回し、金髪が夜に映えるイケメンのアトリアではなく、愛玩奴隷にもってこいの容姿をしたリリーやモミジでもなく――――なんとツンツン尖った黒いウルフヘアが不規則に揺れるセノディアを指さして男達にがなりたてていた。
(あれ、俺が少年達の秘密基地で見つけた奴だよな……?)
口封じするために殺せと喚いているのか、明らかに感情的に喚いているのは分かるのだが、距離が遠くて何を喋っているのかまでは聞こえなかった。その間にセノディアは太った男が握りしめている『白い角』を見て、それは昼間にここに来る最中に秘密基地で見つけた物と同一であることを思い出す。
ソレを少年達が秘密基地に隠したからショーン少年が捕まり、また秘密基地がボロボロに壊されていたと考えれば腑に落ちるだろう。
「おいお前ら三人……リリーを中心に手を繋げ……」
しかしそれを探る余裕は無い。セノディアは腰を屈め耳打ちをした。
「セノ……?」
「いいから」
「う、うん……」
「分かりました……」
何が何やら意味不明だが言われるがまま、アトリアは右手を、モミジは左手を、それぞれリリーの手を片方ずつ握った。
自分達は袋小路。背後は壁で正面にはガタイの良い男が五人も陣取っている。突破口が無く絶望しかけたがセノディアの命令には瞬時に従った。何も疑わない。全てを信じる。彼はパーティリーダーだ、それもとびっきり責任感が強く信頼に値する人間――――。
だから二人はリリーの手を握り身を委ねた。例え握る相手が、世界を破滅へと追いやろうとした元《魔王》であったとしても。そしてそれが――――後に深い後悔を生むことになることも知らずに――――。
「リリー、手筈通りに」
「うん。任せてお兄ちゃん」
男達は既にナイフを構えてジリジリと迫ってきている。
「手筈通り……? 二人とも、何言って――――」
アトリアが言い終わるよりも早く二人は行動を開始した。
セノディアが腰から白い球体を取り出し、素人目にも見える巨大な魔力の塊がリリーの体から湧き出た。眼前には、具現化する魔力を初めて目の当たりにしてどよめく男達――――。
「じゃあまた後で――――」
セノディアが白い球体を手の中で割ると、見る見るうちに彼の姿が薄れていった。
「セノッ――――!」
咄嗟に手を伸ばそうとするが《魔王》の力で固定された体は動かない。ここで手を伸ばさなかったらきっと後悔する――――。そう分かってはいたが動こうにも動けなかった。
「《――――》」
リリーの唱えた言語不明な呪文を最後にアトリアとモミジは視界が暗転し、深い暗闇が三人を襲った。まるで宇宙遊泳か、それとも深い深い海の底を泳いでいる浮遊感に包まれながら意識は薄らいでいく――――。




