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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第二章
95/139

潜入(2)

「……」


 セノディアは異臭に耐えかねて鼻を手で被いながら一本道の地下アジトを進む。酒と煙草の匂いが充満する部屋で寝ていた男以外にも留守番がいる危険性を考え物音を立てないよう慎重に、それでいてなるべく早足で進んだ。


『――――ッ!』


 潜入は不気味なまでに順調だった。声に誘われるがまま、行く手を阻む障害にぶち当たることもなく通路を進んでいくと声の音量が大きくなっていた。いよいよ最深部へと近づいていることが分かる。


「……ここか」


 セノディアはあっという間に遂にセノディアは一番奥の突き当たりの扉へと辿り着いた。階段を降りてから五分にも満たない時間だった。時間が惜しいために一つ一つの部屋をくまなく探索したのではないことと、一本道の通路という簡易的な造りに救われたという面が大きく影響していた。

 網目状で複雑且つ、一つ一つの部屋を探索していたらもっと時間がかかっていただろう。誰にもここのアジトがバレないだろうと高を括った人攫い達の粗さに救われていた。


(……いるとしたらここだな)


 突き当たりの扉にソッと耳をあてる。


『――――助けてー! ママー! パパー! 誰かー!』

『――――うわーん……ここから出してよぉ……グスッ……』


 助けを求める悲鳴――――。衝撃を緩和する魔法でボリュームは抑えられているが間違いない、攫われた子供はここに監禁されている。


「ふッ――――!」


 セノディアは意を決して扉を開けた。

 両開きの扉は押される力に従ってすんなりと開く。意外にも鍵やトラップなどは掛けられていなかった。一本道の通路もそうだったが、このアジトを作った人間は『魔法の壁』を看破されないことを前提に作っていたような節があり、内装の造りが甘いところが見受けられた。

 ――――と思いきや、扉に鍵を掛けなかった理由は部屋に入れば一目瞭然だった。室内は石造りでど真ん中に堂々と四角くくり抜かれた牢屋があり、そこに攫われた子供が閉じこめられていたからだ。牢屋にはしっかりと錠前がある。これならわざわざ部屋の扉に鍵を掛ける必要は無い。


「うっ……」


 セノディアが扉を開いて抱いた感想は『気持ち悪い』だった。胃がむかむかして喉元が熱くなり「おえっ」とえづいてしまう。ジメっとした気怠い湿気、肌にまとわりつく生ぬるい気温。それになにより――――匂いがキツイ。

 先ほど間違えて開けてしまったゴミ捨て場と違い、こちらは排泄物や吐瀉物の入り交じった匂いがする。勇者による水路整備に水を産み出すことのできる『水の魔石』の普及で一家に一台水洗トイレが完備されているのが普通だが、ここのトイレは申し訳程度に部屋の隅に作られた穴に排泄物を落とすだけだった。清潔感の欠片も感じられない。

 また服も新著されておらず、おそらく攫われたときのままの服装なのだろう。貴族らしくドレスを着飾っていた子もいればシャツ一枚の子供もいたが皆等しくボロボロだった。

 牢屋は人としての尊厳が奪われていた――――。


「――――」


 セノディアはサーッと頭の血の気が引いていくのと同時に、胸の奥が熱くなっていくのが分かった。動悸が激しくなり息が荒くなる。童顔が不相応に険しくなってこめかみがピクピクと痙攣して止まない。

 普段は温厚で達観気味の彼にしては珍しく――――"怒り"に燃えていた。


「えーん! ママァー! パパァー!」

「うっ……グスッ……。先生ぇ……」

「……」


 意気消沈し抵抗をやめた子供、頬や腕に殴られた痣のある子供、なおも諦めず声を上げる子供――――。反応が様々であれば種族も様々であった。耳の尖った美麗な顔立ちをした少女がエルフ族で、周囲と比べて背が極端に小さいのがドワーフの女の子。泣きはらして真っ赤な目をした人間の少女に、足先から頭まで灰色の毛に覆われた獣人族の少年――――。

 

(あの子……!)


 セノディアは気づいた。あの獣人族の少年は自分にぶつかってきて、アトリアが庇っていた獣人族の少年だ。あの灰色の毛がギルドマスターのダフトにそっくりだったので忘れていない。

 セノディアは気配を殺しながら扉を開き牢の扉に早足で駆け寄る。


『……――――ッ!』


 セノディアに気づいた子供達はピタリと泣きやんだ。人攫いが黙らせるために殴られると思ったからでも、ましてや自分達が遂に誰かに売られる番になったからでもない。黒髪が異質で若干の恐怖を抱かせたが、実年齢より若く見える童顔や、自分達を攫って閉じこめた人間とは違う"怒り"と"慈しみ"を感じ取ったからだ。


「シーッ……。静かにしててくれな、俺はここの人間じゃない」


 目の前の人物が悪者ではない――――それを悟った瞬間、幼子達は喜色を帯びたしかし喜びのあまり安堵の表情を浮かべた者はいない。幼心に、まだ助かったと浮かれるのは早いと察していたからだ。


「少年、獣人族の少年、こっちに」


 セノディアは獣人族の男の子を格子の近くまで来るよう手招きする。


「少年、君は孤児院『ノアの止まり木』に住んでいるショーン。昨日の朝俺にぶつかって、昼には金髪の兄ちゃんに助けられた子であってるよな?」

「ウッ……うん……ヒクッ……」


 泣きながら少年は頷く。やはりあの時の獣人族の少年だ。


「何でこんなとこにいるんだ?」


 見れば分かるだろうと食いかかりそうになるショーンだったが、目をゴシゴシと擦り首を振った。


「分からない……グスッ……。『秘密基地』から帰ろうとして、金髪のお兄ちゃんに助けてもらって、お礼を言おうとしたら、いきなり目の前が真っ暗になって、目が覚めたら……うぅっ……」

「そうか……。他の子達も似たようなもんか?」

「私は腕を掴まれて、ううっ……布みたいなのを被されて、こ、ここにいたの……」

「俺もなぐられて、いっぱいなぐりかえそうとしたけど、ダメだった……」

「ママァ……パパァ……ウワァーンッ!」


 嗚咽混じりに泣きじゃくりながら、他の子供達も同調して頷いた。親に助けを求める子供がいることから、全員が孤児ではないと分かる。――――いや、例え孤児だろうが孤児じゃなかろうが幸せな日常を謳歌していたことに違いない。"人生に失望していたから攫われて良かった"なんて言い出す子供は誰一人としていないからだ。


「そうか……!」


 力任せに無理矢理攫われたと事実確認が取れた途端、憤怒が再燃し鉄格子を握る手に力が入った。このままここに残って激昂に身を任せ、アジトに戻ってくる人攫いを一人残らず細切りにしてやりたい感情に駆られそうになるが、外にアトリア達を待たせていることを思い出しなんとか抑える。

 とりあえず牢屋を開けて子供達を外に連れ出そうと格子扉に手をかけたが、ガシャガシャと音を立てるだけで開かない。扉にはお決まりのように錠前がかけられていた。


「クソ、やっぱり鍵か……。なぁどこに鍵があるか分からないか?」

「ヒクッ……。新しい子が入る時か、売られる時しか開かないんだ……グスッ……」

「つまり分からないと……」


 生憎セノディアにピッキングの心得はない。ここまでくる部屋のどこかに鍵が吊されてあったか、それとも誰かが持って出て行ってしまったのか、今すぐにここから子供達を連れ出して逃げるのは不可能に近い状況だ。

 一応、鍵がなくても助けられる方法は幾つかある。

 例えば石畳を一つ一つひっくり返して穴を掘るとか、真上から穴を掘って救出するとか、時間をかけてじっくりと抜け道を作ればいい。しかしどの案も気が遠くなるほどの時間がかかるだろう。


「……」


 足りない頭から知恵を絞り、何とか今すぐ助け出せる方法は無いかと腕組みして張り巡らせていたが、無情にもタイムリミットは刻一刻と迫っていた――――。


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