スニーキー(1)
袋小路の突き当たり。前方左右には、窓ガラスが一つもなく屋根も剥げ落ちた形跡のある2~4階建ての住居が聳え立っていた。住人がいるとは思えないほど寂れいる。今も彼らは声のトーンを落とすことなく喋り続けているが、それを注意する者が現れないことが証明の裏付けだ。
そしてただのオブジェクトと化した家屋を支える真四角の石が何層にも積み重なった外壁が、彼らの目前に立ちはだかっていた。
「でもその壁には、昼間に何もないってリリーちゃんが言い切ってたじゃん……」
「……常人には見えないってことさ。多分、あの場で深く追及しなかったのはそれを指摘したらGランクの冒険者として不自然だから……だろ?」
「うむ」
意図を汲み取ってもらえたリリーは満足げに頷いた。リリーは複雑な事情を抱えたセノディアの妹であり、Gランクの冒険者であって身の丈以上に背伸びをするような不穏な真似は控えている。その仮面が剥がれるほど核心に迫った内容らしい。
昼間は兵士がいたため脳天気な生娘を演じていたが、誰もいない今ならば魔王としての観点を喋っても平気なのだろう。
「まぁ妾の下部としては及第点かの」
「……え、俺いつから下部なったの?」
「その壁が、妾には壁には見えんでな。見立てでは例えるなら……そう、魔力の『カーテン』じゃ」
「リリーちゃん、下部云々は僕も気になるけどそれは置いといて――――」
「置くなよ」
「セノは黙ってて――――カーテンって、窓ガラスと外を仕切るあのカーテン?」
「うむ」
悉くスルーされたセノディアは舌打ちしながら正面の壁をさすった。『カーテン』と言われたが想像しているような布の手触りではなく、相変わらず土壁は硬質な手触りだ。我流ながらも魔法に精通しているモミジも倣って外壁を擦る。途中で一度首を傾げたが、やはり同じ手触りのようで変化は見られない。
リリーは二人を含み笑いで愚行と罵りながら制止した。
「まぁそう急くでない……。百聞は一見にしかず、全員こちらに寄れ」
リリーは意味ありげに『ロベルトの塔』を見上げた後、一本道の途中に積み重なった木箱の影へ手招きした。
「面白い物? リリーちゃん、それって僕たちが今探してる男と関係あるの?」
「この話の流れで関係無いわけ無かろう。妾が人間をいたぶって楽しむ邪悪に見えるかえ?」
「お前魔王じゃん……。まぁ、ここで頭悩ませても事態は好転しないし、今はリリーに従おうか」
「はい。私も少し指先に違和感を感じましたから、リリーちゃんを信じています」
「二人がそうするなら僕もそうするけど……」
早くショーン少年を見つけて安心したいアトリアは、時間を食うだけにしか思えないリリーの意見に不信感を抱いたが、セノディアとモミジが大人しく従ったのを見て、彼女も木箱の影に身を屈めた。
「……――――」
リリー以外の全員が木箱の影に隠れると、一人だけ外側にいた彼女はセノディア達には聞き取れない言語で二言三言呟く。
そして唱え終わった瞬間、三人の姿が星や月明かりから完全に消え去った――――。
「――――ッ!?」
影の外――――路地裏は今もうっすらと光りに照らされているが、自分達の姿は視界では確認できない。自己を見失いそうになった恐怖でモミジは息を呑み、掌を握りながら自分の存在を確かめたほどだ。
黒すらも塗りつぶす純然たる闇――――。明らかにリリーが何らかの魔法を唱えたことに違いは無かった。今、木箱の裏には相当強力な闇の魔法が施されている。最後に一人だけ外側にいたリリーが「よいせ」と屈んでセノディアの隣をちゃっかりキープした。
「ふむ……ちと暗すぎかの」
指をパチンと鳴らすと、ギリギリで外の景色が見えるくらいには明るくなった。光量調整も変幻自在だ。そして直ぐに次のプランを説明する。
「よいか、これから何が起こってもここから動くで無いぞ。それと、妾のすることに口出しを禁ず。よいな?」
「う、うーん……。まぁ内容によるけど……」
「百聞は一見にしかずと言うたであろう。しかし……ふむ、端的に申すならば『押してダメなら、引いてみよ』じゃな」
「……そうやって肝心なとこをはぐらかすの、セノに似てズルイよ」
「あ、私もそれ分かります。ズルですよね」
「似てて当然だよー? だって私、お兄ちゃんの妹なんもん。ねーお兄ちゃん!」
「そういうのいらないから早くしろな。おい、アトリアも時間が惜しいだろ。黙って頷け」
「……セノに免じて僕も約束してあげる」
「誰に免じても同じじゃて。では、早速始めるとするかの……」
緊張感のない雑談をしながらも、リリーは全員から承認を得た。彼女は自分の、手入れもしていないのに絹のような滑らかさの銀髪から一本だけ抜き――――
「《モーフ》!」
簡素に呪文を唱える。
「……」
すると服装から身長・顔立ち、毛髪の毛先一本に至るまで、完璧にリリーをコピーした幻影が石畳の上に現れた――――。




