闇々(1)
和風旅館『始まりの宿』――――。
「勇者が手がけた和風旅館」と銘打たれているこの宿は、遠方から取り寄せた『い草』で作られた畳や『和紙』の襖など和風要素が人気だ。他にも源泉掛け流しの『温泉』や、盛りつけや味付けが独特な『和食』など和風文化のサービスが充実しており、王都の中でもプレミアな価格で知られている。一方で、ロビーやトイレの公共的な場は他の宿屋と代わり映えしていない洋風――――。
旅館とホテルの中間で誰もがちぐはぐとした印象を受けるだろう。「逆にそこが当時の試行錯誤を感じられていい」と好評ではあるが。
「……」
時刻は22時を回った夜間帯。書類仕事を続けるフロントの傍らで、今にも消えそうな蝋燭はオレンジ色の柔らかい明かりを放ち人気のないロビーを照らしていた。
カリカリと羽根ペンが走る音と、カチカチと進む時計の針が心地よく響く。
「――――!」
そこに靴音と談笑が混ざった。
「あのー、すみません」
靴の音の持ち主はフロントに喋りかけた。初老に差し掛かったフロントが老眼鏡を押さえながら顔を上げると、対照的な新米冒険者一行が覗き込んでいた。リリーとモミジがセノディアの両脇を固め、その後ろをアトリアが付いていくという布陣だ。
「おや、夜分遅くにお出かけですかな?」
フロントは老眼鏡越しに眼を光らせた。彼は四人の冒険者に懐疑的だ。
上流階級の宿泊客が多い中にやってきた冒険者達。それも銅のバッジを見るにランクはG、とてもではないがここに泊まれるほど稼ぎがあるようには見えない。それなのにどうして気前よく金が出てくるのだろう。どうして彼らが初めてここにやってきたとき、《竜殺し》で有名なあのシュゼット・メーラ近衛兵が店前まで見送りに来ていたのだろう――――。
一応こちらにも拒否権はあるが「不自然だから」という不明瞭な理由では断れない。だから宿泊を許可した。しかし怪しい。そのため警戒を怠らないに越したことは無い。
「はい。ちょっと散策に」
そんな心情など露知らず、パーティリーダーのセノディアは頭を掻きながら年相応にはにかんだ。
遡ること30分。寝支度を済ませて「さぁ布団に飛び込もう」という段階になったところで、アトリアが昼間に『ラビット・フット』の冒険者が煙のように消えた袋小路をもう一度調べたいと言いだし、三人はそれに付き合うことになったのだ。
あの後、冒険者同士の喧嘩を静めるために兵士達に同行して裏路地からメーンストリートへと戻っていった。その際、足先から腰までの隙間しかないベニヤ板で作られたトンネルを発見したと言いだしたのだ。それこそがきっと孤児院の少年達が作ったという『秘密基地』だろう。明日になれば孤児院の院長から『秘密基地』の在処を聞けるのだから急ぐことは無いと言ったが、アトリアは気になって眠れないそうだ。
しかしもう日付が変わる時刻、他の宿泊客やセキュリティ面を考えるとそう簡単に扉は開かれないだろう。そのために一つ小芝居を打つ。
「もう遅いから止めようとは言ったんですが、夜の王都を観光したいって妹たちが言いだして聞かなくて……」
「えー、お兄ちゃんも夜景が見たいって言ってたよー?」
「言ってたかなー?」
「言ってたもーん」
「そーだったかなー?」
「言ってたの! ねーモミジ!」
「い、言ってました……!」
「本当かなぁー」
「本当だよー!」
「本当です!」
三人は兄妹を演じながら、薄ら笑いして恍けるセノディアの腕をグイグイと引っ張ってこれ見よがしに仲の良さをアピールし始めた。書類仕事に疲れていたフロントは三人の仲の良さに不信感を忘れ、微少を浮かべた。
「ハハハ、随分と振り回されていますね」
「すみません騒がしくて……。妹たちは好奇心旺盛な年頃で体力も馬鹿みたいにありますし……。それで、この時間に外に出ても問題はありませんか?」
「ふーむ……少し厳しいですね。冒険者絡みで王都も物騒になりましたから……。他に宿泊されているお客様にご迷惑がかかるやもしれません」
「そこを何とかなりませんか? 僕たち隣のリンハンスから来たんですが、明日にでも帰ってしまうんです。お願いします……」
説得されたフロントはモミジとリリーのちびっ子を見て唸った。フリフリゴシックロリータと、銀髪褐色ロリの表情が曇ったからだ。フロントは、デパートで「アレ買ってー」「これ買ってー」と初孫にせがまれて断れない気分を味わっていた。つまり本心では断りたくてしょうがないが――――思わず口走ってしまったのだ。
「貴方達は冒険者……ですよね? 《マスタリー》のある」
「はい。自衛ならなんとかできますよ!」
「……仕方ありませんな。一時間くらいなら私も書類仕事がありますから、それまでに帰ってきてくださいよ」
ちびっ子二人を見て大した問題は起こさないのだろうと判断したのか、フロントは折れて条件付き妥協案を出した。内容は一時間経ったら帰ってくること、帰ってこない場合は問答無用で施錠すること。この二点だ。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ヤター! ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます……」
セノディアは作戦が上手く行ったことにグッと心の中でガッツポーズした。しかし、セノディアはおくびにも出さず二人の頭をなで続けて朗らかな笑顔を浮かべた。
「……」
しかしアトリアは、最後の最後まで仏頂面で後ろから睨みを利かせていたが――――。
「なるべく人気の多いメーンストリートを歩いてください。冒険者同士の喧嘩も物騒ですが、それとは別に行方不明になる子供が増えましたから……」
「それは怖いですね……。ご忠告ありがとうございます。さ、早く行って早く帰ってこようね」
「はーい」
「はい」
「……」
「行ってらっしゃいませ」
フロントは和やかな兄妹に手を振って見送った。その後ろをつかつかと不機嫌そうに歩くアトリアにも同じ対応をしていたのには、流石はプレミア旅館のスタッフだと感心させてくれる。




