冒険者の在り方(4)
今までの落ち着き払った態度はどこへやら、感情的に机をバンと叩くと椅子を蹴飛ばして立ち上がる。『普段大人しい人ほど怒ると怖い』と言われているのはギャップも含まれているだろう。
「怒鳴ったり自分語りすんのは嫌だけど――――ウンザリしてんだよ俺は!」
「何にウンザリだって――――」
「人間関係で拗れんのにウンザリしてんのォ! もーたくさんだ! 何で俺達まで巻き込むんだよお前達は! 折角観光気分に浸ってリフレッシュしてたのに馬鹿なんじゃねーの!? 他人の迷惑考えねーでやりたい放題やってるアイツらもそうだけど、それを取り締まれないお前達に手伝いを要請される俺の身にもなってみろっつーの! 休暇気分害されて頭来てんだよコッチは! 一生イタチごっこやってろバーカ!」
口を突いて出る罵声に愚痴。王都に来るまでの一泊二日、彼を護送していた三人の兵は急変した彼に驚いて目を丸くした。自分達の驕りでフォレストウルフの群れに襲われた際も兵士を守りながら戦い、また言及も避けてくれたセノディアを、彼らは温厚でお人好しな人柄だと勘違いしていた。しかし実態は違う。彼は年端もいかない17歳の少年であり感情に身を委ねて理性が崩壊する時だってある。
ついでに後ろに控えているパーティメンバーも軽くビビった。モミジは「ヒュッ」と小さく息を詰まらせ、《魔王》も軽口を叩くこともしない。彼が感情に身を任せて怒鳴り散らすなど、アトリア以外初めての経験だった。
同業者ながらも『ラビットフッド』と『バダスの矢束』両方に関わりたがらないのは、彼の生い立ちが深く関係していた。
ボンヤリとだが、小さい頃から夢見ていた冒険者――――。しかし、長男の兄が突然家を飛び出て仕方なく次男の自分が家督を継ぐこととなり、嫌々ながらも農業を勉強した。なのに兄は、五年という歳月を経て容姿端麗なお嫁さんと五歳になる娘を連れて帰ってきた。それで始まったのはセノディアを放っておいての家族喧嘩――――。それだけに留まらず、農業に明け暮れた苦悩の五年間でも彼は様々な人間関係に振り回された経験がある。
もう人と争うのが嫌で嫌で堪らなくなって半ば家を飛び出るようにして冒険者になったのだから、今回のように人間同士のいざこざに巻き込まれるのは本懐ではない。
「……それに、それは『冒険者』のやることじゃない。『冒険者』は何でも屋じゃないんだ。中には困窮して報酬目当てに見境無く何でも受ける人もいるけど、俺は違う」
セノディアは自分なりに理想の冒険者像を持っている。ある程度の自由を保障されながらクエストをこなし、あちこちを旅して回り目的のモンスター相手に戦う。ギルドには所属しながらも、がんじがらめに束縛されない生活――――。それが彼の冒険者としての在り方だと考えている。
「……とにかく俺は断ったからな。お前達はどうすんだ」
「私も……あまり、そのう……できれば嫌かなーなんて……」
真っ先に同調したのは、おずおずと手を挙げたモミジだった。
彼女は同族の里の中において、『魔法』が得意なドワーフという異質さからカーストの下にいた。同年代で友人と呼べる存在は片手で数えるほどしかいないし、魔法が得意という長所を理解してくれるのは家族とその友人だけだった。
また、彼女はリンハンスでセノディア達と出会うまでに『異人族差別』を受けた経験がある。
これらの経緯が彼女の引っ込み思案な性格を更に加速させてしまい、自分が関わりたくない案件にはどうしても中立的な立場になってしまう。しかしここでハッキリと拒否できない辺り、幼いながらも彼女の性格の良さが滲み出ていた。
「私は難しいことよく分からないけど……怖いのは嫌だな、お兄ちゃん……」
リリーはセノディアの腰にギュッと抱きついて不安そうな上目遣いでセノディアの顔を見上げた。しかし兵三人を除く皆が気づいている。間違いなく本心では、ギルド同士の争いを嘲り笑いながら高みの見物を決め込もうとしている事を――――。
自分達魔族を追い払った人間達の末裔が、あまつさえ《勇者》の第二の故郷とも言える王都レッドバリにおいて魔族・モンスターに関係なくつぶし合いをしているのだ。
愉悦――――心を擽る感情は、まさしく愉悦であった。
「う~……ごめんセノ、モミジちゃん、リリーちゃん……。僕が庇ったばっかりに……」
一方で、感情的にギルドと獣人族の間に割って入ってしまったアトリアは頭を抱えていた。
正義感が強くてお人好しな善人気質。しかも頭に血が昇ったら感情に身を任せるタイプと、主人公の要素を
しかし、自分の我が儘が原因で陰惨な出来事を引き起こした過去もあることで幼少ほどではなくなり、セノディアの事を第一に考える性格に育ったのだが、それでも根本的なお節介さは変わらず、偶に直情的な一面を覗かせる事がある。
モミジを見過ごさなかった時や、今回のように獣人族を庇ったのがソレだ。
ここで動いたら同行しているセノディアに悪い、また昔のようにセノディアの荷物になる――――。そう思いつつも、理性とは別に体が本能で動いてしまう。
その度に謝るのだ。
「ごめん、本当にごめんね……。でも、その上で……その上で僕は手伝ってもいいかなって……思ってたり……」
そして謝りながらも善心が勝り、自己嫌悪に陥るまでがワンセット。
「あの時の冒険者の男が『孤児のガキが殴られたって』って言ってたから、多分孤児院にいるんだと思う。だから、あの時に助けた獣人族の子が無事に孤児院に帰れたかどうか、それを確認するだけでもダメかな……?」
あの子供に両親のいない孤児であり、元から不幸を背負っているのにこれ以上の不幸にあうことを容認できなかった。
「……」
セノディアは天を仰いだ顔を両手で覆った。その下は茨の草原が広がっていた。
「いや言い出すって分かってたよ。だから関わり合いに――――ええいクソッ! そうだよな、お前は獣人族の子の安否がどうであれ頼まれたら断らないだろうさ! でも今回ばかりは俺は反対だ、これでお前に何かあったらオジサンやオバサンに面目がたたねぇ!」
「そんなのモンスターと戦う時に覚悟してたよ、今更でしょ!」
「モンスターにやられるならそうだろうさ! でも相手は人間なんだぞ! これであの子供が孤児院に帰って無いって知ったらどうするんだお前は! 絶対に手を引かないだろ! それに、もしもあの子供が事件に巻き込まれたならそれは――――それは……!」
セノディアは口を噤んだ。これで獣人族の子が行方不明なら、カフェで商人が話していた『人身売買』――――その可能性が脳裏を過ぎったからだ。




