冒険者の在り方(3)
卓上に剥き身で放り出された手斧。無機物に光るそれは命を刈り取る形をしていた。
「興奮したモンスターを殺す手段なら心得てるんですが――――」
それを指さしながらセノディアは続ける。
「人を静めるとなると話しは違ってくるんスよ。人間相手は戦い慣れてないんです。それで喧嘩してる冒険者を仲裁しようとして誤って殺しすのを……俺達は避けたいんです。だから他の冒険者も、そのギルドからの報復を恐れているというのもあるでしょうが……正確に言えば『喧嘩の仲裁をしない』んじゃない。"喧嘩の仲裁ができない"んですよ。対人の技術が未熟な俺達は、殺すか、殺されるかしかできないから」
「それでも手加減くらいならできるでしょう。絞め落として気絶させるだとか、麻痺毒で痺れさせるだとか……」
「止める側だったらできるかも知れませんが、止められる側が手加減するという保証は? 武器を投げ捨てて手加減して挑んだ結果、反撃されてそのままお陀仏。なんてのも十二分にあり得ますからね」
「それは……そうかも知れないけど……」
「あ――――」
アトリアは戦っていたときの違和感を思い出した。あちらは最初から『殺してしまってもいい』つもりで切りかかってきた。対して、こちらは本来二刀流のところをロングソード一本で戦い続けたため常に受け身。あちらのリアクションを見てからこちらから動く。そういう守りの戦いだった。上手いこと剣を弾いて勝利できたのは奇跡に近く、もう一度「人間相手に戦え」と言われたら迷い無く剣を二本使うだろう。
「そう、僕がそうでした! あっちは僕を『殺そうと』してましたけど、僕は『殺すつもりは無かった』から、最初から最後までずーっと防戦一方でした。……まぁ防戦一方だったのは相手が僕以上に経験積んでたってのもありましたし、僕が手を抜いたからってのもありますけど……」
「とまぁ実体験のあるアトリアがこう言ってますから、他の冒険者も似たようなもんでしょう。……と言っても俺もGランクとはいえ曲がりなりにも冒険者ですから、ちょっと冒険者側の肩を持つような事ばかり言っちゃってますけど、手を出したくても相手を制するだけの技量が……特に人間相手には足りてないんですよ。俺達は」
セノディアも、過去を振り返りながら喋る。
リンハンスで厄介になっている『グルージスの酒場』。そこで初日に起こった暴漢事件。グローリー鉱石を悪用し「毒物を食べ物に混ぜた」と喚くデブの男を鎮めるため、殺さないように手加減しつつモミジの力を借りてどうにかしたが、アレから2ヶ月近い時間が経つも人を殺さず生かして意識を落とさせる技術を学べていない。
――――いや、正確に言えば学ぶ必要がない。そんなものは冒険者として生きるのに必要としないからだ。冒険者の本懐はモンスターを殺すこと。その一点だけに技術を磨くのだから人間相手にかまけている余裕はない。
「……」
嗜めるように言い分を連ねられたベッティは言葉を失いシュゼットの背後に下がる。彼の落ち着いた喋り方に感化されたのもそうだが、言い分に少しだけ納得してしまったからだ。
結局の所、彼らは《マスタリー》を持つが故、人間相手に無力であり無敵――――。だから、ああいう冒険者同士の喧嘩は手の内を知り尽くしている身内か、若しくは静められるだけの力を持った兵士に頼るしか無いのだ。「勢い余って殺すのも、勢い余って殺されるのもゴメンだ」。その言い分に納得してしまった。
「確かにそうだが、我々にもどうしようもできないことがある」
見かねたシュゼットが助け船を出した。しかし兜を脱いだご尊顔が、いつの間にか懇願するような表情になっている。
「……例えば?」
「私達は見ての通り《ソードマスタリー》や《ランスマスタリー》など、近接職の縁のある兵しかいない。魔法に適正のある者は魔導隊に、他の《シーフマスタリー》や《アーチャーマスタリー》は――――いや失礼、これは公言できないから省くが、それぞれ適材適所の部署に加入しているからだ。だからつまり……私達が『バダスの矢束』や『ラビット・フット』の冒険者を捕まえようとしても魔法で煙に巻かれることが多いんだ」
殺人、強盗、強姦――――。王都にいる、人の世に出してはいけないほどの重罪を犯す冒険者は極僅かで、表層上はライバルギルドと喧嘩しているだけに過ぎない。
しかし真相深部ではどす黒いことをしているだろうことは容易に想像が付く。
と言うのも、口頭による厳重注意をしようとしたら拒否して暴れ出したり、仮に捕まえて屯所に連れていったとしても突如として第三者の介入によって邪魔されることが多々あったからだ。それも兵士達が苦手としている魔法によって。
明らかに不自然且つ不可解。だが埒外である魔法による抵抗されると分かっていつつも、彼らはプライドから魔導隊の手を借りようとせず、逆に意地になって地力でどうにかしようとしている。それもギルド同士の喧嘩の沈静化が長引いている要因の一つだった。
「……それで?」
「蛇の道は蛇だ。こんな事を頼むのは筋違いで図々しいかも知れないが――――頼む、王都に滞在している間だけでもいい。私達を手伝ってくれないか……? この通りだ」
しかしシュゼットは助力を仰いだ。他の近衛兵が冒険者を嫌い魔導隊も嫌う中、唯一彼らの実力に理解を示している人物だった。心強い仲間と手を組めるのならいくらでも頭を下げる。プライドや地位よりも市民の安全を優先する近衛兵の鑑。
それを体現するように、シュゼットはコツンと机に頭がぶつかるほど深々と頭を下げた。
後ろに控えているベッティとシアは目をまん丸くして驚いたが、近衛兵様が頭を下げたのに自分達も下げないワケにはいかず、その意図を理解できぬまま渋々頭を下げる。
「私が君たちに危険が及ばないよう配慮する。少しでも君たちの――――"冒険者から見た我々の冒険者対策"、そのアドバイスを聞きたいんだ……。無理強いはしない、あくまでも私個人の嘆願だ……頼む」
"お手伝いします!"。そう言いたそうに前のめりになったアトリアを制し、苦虫を噛み潰した顔をする。
「まぁ……まぁまぁまぁ、そっちの事情も理解できますが、俺が言いたいことは一つだけ――――やだっ!」
セノディアの意見はシンプルな一言に収束した。それを聞いて、頭を下げていたシアとベッティは信じられないという顔で噛み付いた。
「なぜだ、雲の上の存在である近衛兵が直々にお願いしているんだぞ? お前には縁がないことだったのかもしれないが、隊長は貴族でもある。その方が頭を下げていると言うのに……」
「どうして協力してくれないのよ……ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃない!?」
「お前、さっきは耳障りの良いことばかり言っていたが、結局は冒険者相手が怖いから戦いたくないだけだろう。陛下と謁見できたからと言って調子に乗るなよ」
周辺諸国と同じく《騎士》《近衛兵》は勲位ではあるが、《勇者》の提言により王領モリノティスでは500年前から貴族と同等の身分が保証されている。それを踏まえると二人の言い分ももっともで、近衛兵が一個人として冒険者相手にヘルプを所望するというのは前代未聞であり、これが公の場であったら力関係が逆転する可能性もある爆弾であった。
そして身分的にそれを拒否する権利などあろうはずのないセノディアが、まさか堂々とNoを突きつけるとは思わなかった。
「……」
セノディアはパーティリーダーとして、王に言われたとおり大人しくする方針を曲げないよう、我慢して一方的に言われるだけ――――。
「おーおーこっちの事情も知んねぇで言いたい放題言ってくれちゃってよぉ」
かと思いきや、まだまだ年相応に精神が未熟のセノディアは額に青筋を立てていた。王が目の前にいる時はシュゼットの言いつけを守ってどこ吹く風で聞き流していたのだが、一兵士でしかないベッティとシア相手には強気に出られるようだ。




