観光(4)
男が誇示する通り、彼の胸には『兎の足』が描かれた金色のバッジが光っている。『兎の足』は王都の東側に位置する大手ギルド《ラビット・フット》のシンボルであり、金色のバッジはアトリアよりも二つ上の『Eランク』であることを示していた。
だがアトリアは振り下ろされた剣を両手で受け止めて弾き、負けじと言い返す。
「だから何!? Eランクってそんな自慢できるほど強くないでしょ! それに、それを誇りに思うならしていいこととしちゃダメなことくらい分かるだろ!」
返す刀で腕を狙って斬りつける。
「お前みたいなのが『冒険者』を語るな! お前なんかタダの暴漢だ! 『冒険者』の風上にも置けやしない!」
「ぁんだと! ちょっと顔が良いからって外野共にちやほやされやがって、モヤシが調子扱いてんじゃねぇぞ!」
冒険者の男が『モヤシ』と揶揄して怒鳴る通り、二人の間には親子ほどの体格差があった。糸も容易く剣が振り払われてしまう。
『ラビット・フット』の冒険者と名乗った男は、一見して服の上からでも筋肉が鍛えられていることが分かる。対するアトリアは、冒険者を始めてから鍛えてはいたが、腕の太さだけでも文字通りモヤシと大根ほど太さの違いがあった。威勢だけは良いが、物理的な力でねじ伏せられたらどうにもならないだろう。
マスタリー込みであったとしても、冒険者相手には条件がトントンだ。相手も冒険者でマスタリー持ちなら、どれだけ人間を相手に戦ってきたかという対人経験と単純な腕力が勝敗を分けるだろう。
「オラオラァッ!! 最初の威勢はどしたァ!?」
「くっ……このッ!」
やはりと言うべきか、アトリアは最初こそ善戦していたものの押され始めていた。明らかに相手の方が対人間に戦い慣れしていた。
(くぅ……モンスターと違って戦いづらい!)
こちらが剣を振り上げれば、あちらは横一線に切り結ぼうとするので防御の構えを取らざるを得ない。逆にこちらが横一線に切ろうとすれば、あちらは突いて間合いをとる――――。
剣の師匠などいないアトリアは卓越したセンスで我武者羅に戦ってきた。だからだろう、初めて剣を持つ人間を相手に苦戦していた。『Eランク』の金バッジをひらかす実力は伊達ではない、と言うことだ。
それにアトリアは冒険者の男を『殺す』つもりはない。普段はショートソードとロングソードの二刀流で戦うのにロングソードしか使っていないのがその証拠だ。ただ懲らしめて子供を守るためだけに戦っているのだから、何も本気で殺し合う必要はないと決めている。
それに対し、冒険者の男は容赦なく急所を的確に突いてくる。それこそアトリアを『殺す』つもりで。その覚悟の差が、甘さが、勝負の行方に直結していると言っても過言ではないだろう。勝敗は誰の目から見ても明らかだった。
「――――そこだァッ!」
「なっ!」
だがそれ以上に、才能の差は残酷だった――――。
時にそれは、泥臭く培ってきた膨大な経験をも一撫でで軽く凌駕する。
戦闘センスだけはずば抜けた物を持ち合わせていたアトリアが、ここぞとばかりに突きつけられた剣を下から上に弧を描いて弾いたのだ。この戦いの中で、彼女は見事に『対人戦』に適応していた。
男は予期せぬ動きに手から剣を放してしまい、剣は野次馬の側にカラン転がり落ちる。
「僕の勝ちだ。これに懲りたら子供には優しくしろ」
「クッ……!」
悔しげに顔を歪める男と、ワッと沸く野次馬に勝利を確信したアトリアは、勝ち誇った表情で剣を鞘に収め、後ろに控えていた年少組に歩み寄った。
「スカしたガキが……洒落臭ぇんだよッ……!」
男のその瞳にはまだ闘志が宿っているとも知らずに――――。
「《ソニック・レイジ》!」
空手になった男は《スキル》を発動させ思い切り殴り抜いた。
「ばっ、アトリア危ねぇ!」
セノディアは野次馬から飛び出して、男とアトリアの間に割って入った。男との間には5mほどの距離があったが、殴りかかってくるモーションを見せたため顔の前で腕をクロスさせていた。
「ガッ……!?」
しかしそのガードの隙間を縫った重厚な一撃が襲う。
歯を食いしばったおかげで衝撃に耐えられたが、そのせいで頬の内側を切り、舌を転がせば鉄の味が鼻に抜ける。右頬を撫でると痛みに顔が歪んだ。黒髪の似合う童顔には、不釣り合いのこぶし大の痣が痛々しく残っていた。
「え!? セ、セノ、何で!?」
「いってぇなクソッ……! おいリリー! コイツ早く眠らせろ!」
「言われなくてももうやってるよ、お兄ちゃん!」
まさか今までの喧嘩をセノディアに見られていたと思っていなかったアトリアは、目を白黒させて驚く。
一方のリリーは凶行に気づいていたようで、既に魔導書を手に《スリープ》の魔法を唱えていた。フォレストウルフに襲われた時と同じく観衆の目があるが、今は緊急事態。
「ア……あぁ……?」
一発で眠らせる強力な《睡眠魔法》は炸裂する。男はまるで骨が消え失せたかのようにダランと脱力し、その場にへたり込んで寝息を立て始めた。
「なまじ、身内が身の丈以上の正義感を持つと大変じゃの」
「まぁ慣れだよ慣れ。俺はもう諦め半分さ」
「わ、私は度胸が無いので、アトリアさんのそういう所も素敵だと思いますけど……」
「あ――――」
(またやってしまった――――)
そう後悔するには遅かった。
アトリアは感情の趣くままに理性を振り切って獣人族の少年を助けた。それがどういう結末を招くのかを考えず、悪行を見過ごせなかったから庇ってしまった。
一人だったら良い。誰にも迷惑をかけず被害を被るのは自分だけ。それで仕返しをされても自業自得で片が付く。けれども今は仲間がいる。パーティの一員である以上、自分が招いた不幸はギルドやパーティメンバーが被るのだ。
「しかしこいつ《マーシャルアーツマスタリー》だったか。あんな遠くからでも殴って来られるとは思わなかったな……」
それも今一番見られたくない人物、セノディアに――――。我に返ったアトリアは、罰の悪い顔をして三人に頭を下げる。
「ご、ごめんみんな……。僕、また――――」
「何の騒ぎだ!」
「さぁどいたどいた! あぁもう、邪魔だからアッチに行ってなさい!」
人混みをかき分けながら怒声が聞こえてくる。
野次馬の誰かが兵士の助けを呼んだのだろう。
自分達に大義名分があるとはいえ、冒険者というだけで兵士に難癖をつけられたら面倒だ。それに、これが広まって他ギルドに因縁を付けられる前に回れ右して逃げなければならない――――。
「謝んのは後だ後! ほら、早くズラかるぞ!」
「う、うん……あれ?」
「今度は何だよ!」
「あの子、どこ行ったんだろう……?」
忙しなくキョロキョロと辺りを見渡すアトリア。先ほど助けた獣人族の男の子がいなくなっていたのだ。
側にいたはずのモミジとリリーも、そういえばと互いに顔を見合わせる。男とアトリアが戦っている間に、まるで蒸発したかのように跡形もなく消え失せていた。
「んなもん知るかよ! 助けてもらったんだから逃げたんだろ!」
「そうかなぁ……?」
「そうだよ! いいから早く!」
「う、うん!」
セノディアに促されるまま、一抹の不安を胸中に抱えながら、アトリアは後ろ髪を引かれる思いで走り去った。




