観光(3)
「~♪」
鼻歌交じりに『キルケー焼き』を食べながらメーンストリートを歩いていく。
「ほーらクロエ、あーん」
「アー」
バッグの中で暇そうにしている《屍飛竜》に差し入れすると嬉しそうに串ごと食いちぎった。
メーンストリートには、アクセサリや古着などの日用品からマジックアイテムなどの冒険者が使うであろう露天商もある。
「すいませんおばちゃん、この小さな袋に入った赤い粉末なんですか?」
「あらお兄さん見たこと無いの? これは『炎の魔石』の粉末よ。鍋一杯の水にこれをスプーン一匙いれて魔力を込めれば、簡単にお湯が沸かせるの」
「あー、お風呂沸かせる石を砕いた奴でしたか……。粉末タイプは初めてみましたね」
「旅のお供にどう? 薪にくべて魔力を込めれば着火剤にもなるわよ」
「じゃあ一つください」
「まいど! 四方に置けば魔力を吸い取れる魔石もあるわよ。ちょっと高いけど――――」
「いや、そっちはいいです」
たまに冒険に使えそうな物をちまちまと買いつつ、残り一塊となった『キルケー焼き』を食べて歩く。パーティ内での役回りはタンクになるかサポートになるかのどちらかなため、少しでも快適にクエストを進められる準備は抜かりない。
しかしこのように冒険者にとって有用なアイテムが売られているのは意外だった。
と言うのも、ライバル関係にある二大ギルドの冒険者が王都の抱えている悩みの種だとあの店主は話していたからだ。一つの露店が喧嘩に巻き込まれてぐちゃぐちゃになっていたではないか。
普通は寄りつかれないように冒険者が使わなそうな物を売るだろうが、その冒険者を有効活用してでも商売に励む逞しさが垣間見えた。
(でも俺、そんなギルドがあるなんて聞いたことないなぁ……。つーか俺、他のギルドの事全然知らねーや)
国内を騒がす時事ネタなのに「どうして自分は今まで他のギルドを知らなかったのだろう」と考えながら人混みの間を縫って歩く。
彼が村を出てギルドがある町に訪れるのは、親に連れられて従妹のアトリアとその両親に会うときだけ。それも数は少なく、最近は新年祭が行われたリンハンスで会ったっきりだ。そんな彼が『黒骨の集い』というギルドしか知らないのは仕方がないが、『黒骨の集い』にいる間すらも別のギルドを知らなかったというのはおかしいと思うだろう。
しかし彼自身が今の今まで別ギルドを気にしたことがないというのが理由としてあるが、『王都のギルドには触れない』という暗黙の了解が敷かれているという背景が『黒骨の集い』にはあったからだ。
「――――……!」
「――――ッ!?」
そんな暗黙の了解など知らずに食べ歩きを続けるセノディアだったが、前方がやたらと騒がしいことに気づいた。誰かの怒鳴り声を囲むようにして、メーンストリートの一角に人だかりができている。
(お、早速さっき言ってた冒険者同士の喧嘩かな?)
本当にしょうもないことで争っているのか、また本当に冒険者が争っているのか確かめるため、セノディアも野次馬の一人として人だかりの一員に加わろうと、食べ終えた『キルケー焼き』の串をハンカチに包んでポケットに入れて人混みに混じった。
しかし、知らんぷりをしておけば良かったと彼はすぐに後悔した――――。
「――――それが子供を殴って良い理由になるもんか!」
「――――うるせぇんだよクソガキが! コイツが俺にぶつかってきたんだよ! 邪魔だったから退かした、ただそれだけじゃねぇか!」
(うわぁ……)
聞き慣れた中性的な声が、野次馬のざわめきを上書きして耳に届いた。ウキウキ旅行気分が一気に萎えていく。セノディアは「すみません」と断りながら野次馬をかき分けて一番前列に出た。
そこには案の定、怒り心頭といったアトリアが腕を組んで誰かと揉めていた。
(マジか……)
背後にはモミジとリリー、それにリリーと同じくらい背丈の低い、全身体毛に覆われた獣人族の少年が頬を抑えて事の成り行きを見守っていた。ペタンと垂れた犬耳と栗色の体毛から、それは彼が先ほどぶつかってしまった獣人族の少年だと察した。
しかし事の成り行きを黙って見ることにしたセノディアと違い、三人の子供を守るアトリアは、その風貌も相まってさながら御伽噺から出てきた王子様のようだ。
対峙する男の顔つきは、目つきが細く鼻は少し崩れ、左頬に火傷の跡らしき黒い斑点があった。人相が悪く、口調も荒く、少年を庇うアトリアと比較するとどちらが悪者かは一目瞭然だ。
「よそ見して歩いてたのはお前じゃないか! この子はただ道ばたに立ってただけだぞ!」
「だからなんだってんだ!? コイツが邪魔だった事に変わりねぇだろ!」
「そらみろ、『この子からぶつかった』なんて嘘を吐いてたのはお前じゃないか! お前はこの子が何をしたって殴ってただろう! この暴漢!」
「こんな薄ぎたねぇ毛むくじゃらの孤児が殴られたってな、誰も悲しむ奴なんかいねぇんだ! 別にいいだろ!」
「ふざけんな! すぐ異人族差別を持ち出して罵るなんて最低だよ! いや、異人族だろうが孤児だろうが何だろうが、何もしてない子供に暴力を振るうなんて、サイテーでゴブリン以下の能なし玉無しの糞野郎だ!」
男は口をモゴモゴと動かしたが、険しい表情のままグッと言葉に詰まってしまった。舌戦はアトリアに軍配が上がったと言えるだろう。
「そうだそうだー!」
「小さな子供に手を挙げて恥ずかしくないのかー!」
「いいぞ坊主! もっと言ってやれー!」
見た目的にも王子様なアトリアがベビーフェイスで、人相の悪い男がヒールとハッキリ別れていたからか、野次馬たちは酒や口笛で煽りながらやいのやいのと騒ぎ立ててアトリアに味方をする。王都で異人族を排他的に扱う人間は少数派なのだから、こうなるのも仕方がないと言えば仕方がないが。
茹で蛸のように顔を真っ赤にした男は、外野を味方に付けたアトリア相手に口喧嘩では敵わないと悟り、怒りに身を任せて剣を横一線に振った。
急な奇襲にどよめき悲鳴の上がる外野だったがアトリアは驚異的な反射神経をもってしてサッと避け、自身も鞘からロングソードを抜く。
「その胸の銅バッジ……どこのバッジだか知らねぇが冒険者なら俺がどこのギルド所属か知ってんだろうなッ! 俺は『ラビット・フット』の冒険者だぞ!」
男は再び剣を振り下ろした――――。




