観光(1)
「じゃあ俺は適当にそこら辺ぶらついてるから、陽が落ちそうになったら中央広場に集合ね。あとは……はいお金。リリーとモミジで仲良く使ってな」
「ヤッター! ありがとうお兄ちゃん、行こうモミジちゃん!」
「あ、ありがとうございますセノディアさん、また後で……」
「ねぇ、そっちは本当に一人で大丈夫? お金も僕が出すよ?」
「アトリア……お前、度々思うけど俺のオカンみたいな事言うよな。平気だから二人と一緒に楽しんでこい」
「……うん、ありがとうセノ。じゃあ行ってくるね」
「あぁ」
陽が高くなった昼頃、人混みでごった返す街中でセノディアはヒラヒラと手を振って女性三人を見送った。
王との謁見も済み、図書館での調べ物も終えてから一夜明け、今日一日王都を観光して明日帰ろうという予定を立てていた。滞在し続けようと思えば王様のポケットマネーから滞在費をもらえるがそれはそれで王様に悪いし、『始まりの宿』のサービスになれて『グルーガスの酒場』の貧乏暮らしに帰りたくないと思わないようにするためだ。
そして滞在二日目。セノディアは東西南の三方にある『ロベルトの塔』の周囲を、女性陣は王都の中心街を探索したいとのことで、意見の食い違ったパーティはそれぞれ別行動を取ることにした。
一人離れたセノディアは、とりあえずお日様が昇る方向からということで東側の物見櫓の周辺を散策をすることにした。先日自分達が入ってきた門から一番近いところだ。
ちなみに先ほど渡したお金はパーティの共有財産や王様のポケットマネーではなく、セノディアが自前に用意したお金だったりする。五歳になる兄貴の娘――――姪が故郷の村におり、その感覚でお金を渡すのに等しく財布の紐が緩くなるのも仕方がなかった。
(色んな露店が出てるなー。香ばしい匂いもするし……後で食べ歩きするのも悪くないな)
漂う香辛料と調味料の匂いに目移りしながら『ロベルトの塔』に向けて歩きつつ、今後の予定を頭の中で立てていく。
「わッ!」
「おっとと!」
目移りしながら目標地点に歩いていた彼の腰に「ドンッ」と強い衝撃が走った。しまったと思うも、その時には既にモミジと同年齢かそれより下の少年が地面に転んでいた。
「……ッ!」
少年はキッとセノディアを睨み付ける。通り過ぎる人々の視線が一斉に刺さった。
ぶつかった少年は目深に帽子を被っていたが、転んだ拍子に取れてしまった。そこには人間には無いであろうぺたんと座った二つの耳があった。他にも、人間と同様に衣服を着込んでいるが顔や手足などが茶色い毛で覆われている。
少年は獣人族だった――――。
「あー悪い、前見てなかった俺の落ち度だわ。ゴメンな」
『黒骨の集い』で獣人族を見慣れているセノディアは大したリアクションをすることなく、転んでしまった少年に手を差し出す。
しかし少年はのべもなく帽子を被り、地力で立ち上がって走り去ってしまった。
(……悪いことしたなぁ)
改めて視線をメーンストリートに戻すと自然と異人族にフォーカスがあうようになってしまい、先ほどとは違うフィルターを通して人々を観察することができた。
王都レッドバリは、《勇者》と先代の王の方針により異人族の権利が人間と同等に保証されている。そのため主となる、人間、獣人族、ドワーフ族の三種族が混ざり合いながら、しがらみにとらわれることなく自由に生活していた。彼らが根城にしているリンハンスもそうだったが、こうして多種族がコミュニティを形成しているのを見ていると、モミジが他の町で冷たくあしらわれていたことが信じられなかった。それと同時に、自分達は恵まれているなとも思えた。
(……もしも、もしもモミジがドワーフだからっつってリンハンスで足蹴にされたら、王都に越すのも悪くないかもな)
将来的なパーティのビジョンを見据えながら、彼は本来の目的であった『ロベルトの塔』へと歩き出した。
町のシンボルであり、また物見櫓だが『塔』と揶揄されているだけあって遠目からでも見えたそれに辿り着くのは簡単であった。
「うわー……。やっぱすげぇでけぇー……」
ロープで区切られた人だかりに混ざって塔を見上げる。首筋が痛くなるくらい見上げても天辺が見えないくらいに『ロベルトの塔』はとても高く、優に60mはありそうだ。戦時下で材料が足りなかったのか、木材と石材を適当に編んだようにして組まれたマーブル模様の摩訶不思議な円筒形の塔は、見る者を圧倒した。
塔の前に設置された看板によると、『ロベルトの塔』という物見櫓の名称は《ロベルト》という人物が三つある全ての物見櫓の設計・建築に関わっているから付けられたのだとか。
また慣れ親しまれたため『塔』と便宜上使われるが正しい用途としての物見櫓の性能も解説されており、頂上には10人前後は余裕で入れるだけのスペースが確保されているとも書かれていた。これが500年前に建てられたというのだから驚きだ。
しかしこれだけ大きな櫓がちぐはぐな建材で、更に500年という月日による老朽化で強風や豪雪で倒れたりしないのかと心配になるが、それについても記述があり《耐衝撃・耐火・耐水……》などのあらゆるエンチャントが塗りたくられているので安全性はそんじゃそこらの一軒家よりも遙かに高いらしい。
(……俺も《エンチャント》付きローブとか欲しいなぁ)
どれだけの費用をかければ、『ロベルトの塔』と同じくらいのエンチャントを防具にしてもらえるだろうかと考えるも、皮算用を始めた彼の隣で若い男性と女性が会話を始めた。
「相変わらずでけぇな。俺もいつかこんな家建ててみてぇー」
「やだ、地に足がつかなくて怖いわよ。……そういえばあの噂聞いた? 最近、深夜になると『ロベルトの塔』の天辺がピカッ、ピカッ、って光るんですって。西にも南にもあるのに、東側の、この塔だけ」
「へぇー誰かが昇って照明でも照らしてんのか?」
「それは無いんじゃないかしら。上に続く階段がこれだけ厳重に封鎖されてるんですもの」
女性の言うとおり、開け放たれた扉から覗く螺旋状の階段は崩落しておりロープと杭で封鎖されていた。
「見間違いとかじゃなくてか?」
「うん。私の友達も見たって言ってたわよ」
「もしかしたら……モンスターの仕業だったりして!」
「えーもう怖ぁい! ……あ! ほらまた光った!」
「えぇー? 俺には何も見えなかったなぁ」
「もう、しっかり見ててよー」
「ハハハ、ごめんごめん。君に夢中で気づかなかったよ」
仲睦まじく会話をする地元のカップルが、戯け合いながら去っていった。
(上に上がってみたかったけど……ダメっぽいな)
一応、瓦礫をどかして内部入って昇ろうと思えば昇れるだろうが、わざわざ禁止にされているのに昇ろうとする馬鹿にはなりたくはなかった。王様にでも頼み込めば入れるだろうが、そうまでして入ろうとも思わない。
セノディアはしばらく「空からの敵と戦うならこの塔に《アーチャーマスタリー》を配置しておこう」「《耐火のエンチャント》は塔本体だけだから、《ブレス》を使えるモンスターには火攻めで内側から蒸し焼きにされそうだ」などと、冒険者としての見地から楽しんだ。




