朝の一時(2)
「――――だってさ」
セノディアは『始まりの宿』の和風テーマに合わせてメニューに組み込まれた緑茶に口を付けた。《エッセンス》製の特殊な茶葉から抽出された成分により僅かだが魔力が漲る。王都には冒険者に悪い印象が蔓延していると、たまたまそこに居合わせた新米冒険者一行達は神妙な面持ちでカフェに広まった噂話を聞いていた。
「な、なんだか……」
「居辛いですね……」
内容は一貫して王都に悪がのさばっているということ。当初はセノディア達の護衛に騎士・近衛兵の増員を計画していたが、それが頓挫したのがこのためだ。《魔王》を迎えに行くためと説明すれば連れて行けるだろうがそれは角が立つ。貴重な戦力を一日とはいえGランクをな遠征に出すわけにはいかない。
リンハンスから直々に王に召集された新米冒険者一行を噂する者がいないのは幸いであったが、その理由が同業者の悪行ということで彼らの興味を惹いた。
曰く、王都の西側に位置する大手冒険者ギルドの幹部が犯罪行為に手を染めた。曰く、王都の東側に位置する大手冒険者ギルドが他国の傭兵を雇い始めた。曰く、小さな子供を狙った奴隷商業が横行しておりそれに関与しているのが冒険者などなど――――。
どれもこれも王都レッドバリに根付く冒険者に関するゴシップばかりだが、不穏で後ろ暗さを帯びた噂しか聞こえない。例えば、大手冒険者ギルドが町を脅かすSランクモンスターを倒しただとか、超レアアイテムを入手しただとか、夢を持つような明るいニュースが何一つとして無い。
多感な年頃のアトリアとモミジも暖かい緑茶を飲んだ。リラックスしようとしているが、自分の事を言われているわけでもないのに肩身が狭い思いに苛まれていた。
「王都も大変だねぇ」
「そうだねーお兄ちゃん」
一方のセノディアとリリーは完全に他人事の様相で、赤狐のスモークサンドイッチを食べていた。和風を求めてやってくる客のニーズに合わせて和食もあるが、それのみならず様々な地方の料理をとりそろえているのがこのカフェの人気の理由の一つだ。
しかし、陰口をたたかれているのは実際に他人なのだから素知らぬ顔をするのは分からなくもないが、Gランクという端くれながらも冒険者になったのだから、別のギルドの冒険者だろうが同業者であることに変わりはない。王都の冒険者が酷く言われているのに思うところは無いのだろうか。
「キュイッ」
「シー……。今は静かにな……」
重苦しい話もお構いなしに、セノディアの膝の上に乗ったショルダーバッグがモゾモゾと動いた。
セノディアは皿の上に盛られたサンドイッチを千切り、店員や客の目を盗んでショルダーバッグに入れる。中には、なるべく静かにサンドイッチを食べようと努力する《屍飛竜》のクロエがいた。牙と牙が当たる音もなるべく鳴らないように工夫して食べているお利口さんで、咀嚼音は食器が擦れる音に紛れてバレやしないだろう。
「むー……」
しかし従妹のアトリアはホッペタを膨らました。セノディアは幼少から『冒険者』を夢見てきた少年で、今では夢を叶えて冒険者になっている。「どうでもいい」と興味無さげだが、冒険者がボロクソに言われているのに本心から「どうでもいい」と思っているのだろうか。
「……セノ、それ本当に言ってるの?」
その真意を尋ねる。
彼女だけは、昔から頻繁に彼と会っているから知っている。
少ないお小遣いをやり繰りして買った冒険者のめざましい活躍を纏めた絵本を、嬉しそうに読みふける彼を。
村を襲う小さなモンスター相手に、大人に混じって冒険者の真似事をしながら武器を振り回していた彼を。
彼の兄貴が町に消えた五年間、愚痴を言いながらも稼業の農業を手伝っていた影で鍛錬を積んでいた彼を。
セノディアがどれだけ冒険者に憧れていたかを――――。
「ま……思わないところが無いわけじゃない、同業者である以上ちっとは自重してくれって思うよ。けど……別に俺達が所属してるギルドの話しじゃないだろ? 王都で誰が何しようが、それ俺達に関係なくない? 王様の召集も済んで、ちょろっと観光したら直ぐリンハンスに帰るんだしさ」
「そりゃ――――まぁそうなんだけど……」
「じゃあ胸張って堂々としてりゃいいんだって。俺達なんか悪いことしたか? 誰かに責めたてられるような犯罪をしたか? してないだろ? ん?」
「ごめんねお兄ちゃん……。私、魔王だから堂々とできないよう……」
「しまった俺としたことが……世紀の大犯罪者が身内にいたか……」
「フッ……ククッ……」
「もう、リリーちゃんも自虐禁止!」
真面目な空気になりつつあった場を、500年前に大暴れした魔王様がちょっとした自虐ジョークで和ました。どんよりとした雰囲気が一気に霧散する。
「大体、俺は『冒険者』であって『便利屋』じゃねーんだって。もうスヴェンみたいに人間関係のゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンなの。お分かり?」
「うっ……。それ持ち出されると、僕、何も言えないじゃん……」
結局の所上手い具合にはぐらかされてセノディアの真意を測りかねたのも事実。彼は王都の冒険者に呆れているのか、怒っているのか、分からないままになってしまった。
モミジもリリーも知らない、自分だけが知っている冒険者に憧れてキラキラしていたセノディアがどこか遠くに行ってしまったような一抹の寂しさを覚えたアトリアは、緑茶のカップを傾けてしょんぼりとしょげかえる。
「まぁ……お前が俺の心配してくれてんのは嬉しいけど、今は休憩中。余計なことは考えないようにして、ゆっくりとしたいんだ」
「昨日は《エクスプローラーマスタリー》についてガッツリ調べてたじゃん……」
「それはそれ、これはこれ」
「ズルっこ!」
「そうだよ。知ってる癖に」
「知ってるよ! ていうか自覚あるなら治してよ!」
「性格って治そうと思って治せるもんじゃないだろ」
「むー……」
ホッペタを膨らまして鼻から息を大きく吐いた。再度緑茶を飲もうとしたアトリアだったが陶器の器は空になっており、腹癒せにセノディアの緑茶を奪って飲み干した。老若男女を虜にする王子様のような顔立ちも台無しな腹癒せだ。
「セノディアさんはズルっこなんですか?」
「ぷはー……。そうだよモミジちゃん! 昔セノの家に遊びに行った時にね、セノが森の奥に探検に行くって言ったから僕も付いて行ったんだけど、途中で走って置いてっちゃったんだ! 僕が走るの苦手なの知ってたのにさ!」
「へぇー、今のセノディアさんからは想像もつかないですね……」
「違うんだよモミジィー、コイツが勝手に付いてきただけだから俺は悪くないんだって。それにそれは『ズル』じゃなくて『意地悪』っつーんだよ」
「それも自覚あるんじゃんッ!!!」
「もう終わった話でしょ、つーか声でかいし……。ほーらクロエ……よく噛んで食べるんだぞ……」
アトリアを適当にあしらいながら、バッグの中のクロエにサンドイッチを千切って食べさせた。クロエは外の空気など知ったことかと、美味しそうにモグモグと食べる。
昔話に華を咲かせるセノディアとアトリアは、モミジとリリーを置いてけぼりにしないよう気を配りながら雑談を続ける。王都レッドバリに蔓延る噂話――――冒険者同士の縄張り争いも奴隷売買も気になっていたが、全員抱えている気持ちはセノディアと同じだった。
『モンスターとの戦闘に明け暮れた自分達は英気を養いたいだけ』、と――――。




