朝の一時(1)
人々が寝静まった零時。月光に照らされた『ロベルトの塔』は二回瞬いた。それを合図にして、王都の路地裏からゾロゾロとならず者が姿を現す。鼻から下はフェイスマスクで被われ顔は見えないようになっていた。
「ンー! ンンンゥー!」
その内の一人は小脇に少女を抱えていた。少女は手足を縄で縛られ身動きが取れず、猿ぐつわをされて声を上げることもできない。彼女は必死になって体を捩って抵抗をしたが意に介さず、ならず者達は丸々と太った男の前に並んだ。
「待ち侘びたぞ」
太った男は鋭く尖った物体を手にしていた。円錐状のそれはモンスターの『角』のようだった。
「やれ」
「ハッ」
太った男の指示により、ならず者は未だに抵抗を続ける少女の柔肌にナイフを突きつけて切れ込みを入れる。
「ンンーッ!!!」
猿ぐつわを噛んで痛みに耐えた少女の眼からは涙が、肌からは血が滴り落ちた。すかさず太った男は『角』に血を吸わせる。男は『角』をジッと見ていた。
「……ハズレだ」
男は残念そうに『角』の表面を拭き取って懐に仕舞った。
「後はいつも通りあそこに放り込んでおけ。商品の価値が下がるからくれぐれも処女は奪うなよ」
「了解しました」
無駄口を叩かずクライアントの要求に淡々と応える。一寸光陰を体現した彼らは少女の傷を癒すことなく、そのまま来た道を引き返して路地裏の奥深くへと消えていった。
◇
王都レッドバリに宿屋をかまえる『始まりの宿』。そこに新米冒険者一行は泊まっていた。
500年前――――勇者が生まれ故郷を離れて初めて王都に訪れた際、彼が数ある宿泊施設の中で最も気に入ったことからこの名前が付けられた宿だ。
価格は一泊1000G――――ジャスト金貨一枚にもなる高級旅館。我々の世界で例えればサラリーマンの平均月収三ヶ月分になる。勿論、新米冒険者一行の滞在費用は王様持ち。
かつてはただのボロ宿だったが、一定の地位を確立しお金持ち御用達にまで登り詰められたのは、勇者に好まれたからという一点が大きい。それは500年も昔、当時の宿が王領モリノティスにおいてもの珍しい『和風』の内装だったからに他ならない。フローリングやベッドが基本だった当時において、畳から始まり、敷き布団と掛け布団で揃えられていた。今では更にグレードアップし、襖に浴衣など、洋風が基本の国内にいながら異国の趣を感じさせてくれるのがセールスポイントだ。
初代の宿の主人によって後生に伝えられた話によれば、勇者は王領モリノティスで生まれ育ったが、彼は和風の内装を見ると「懐かしい気分になる」と繰り返し発言していたのだとか。まるで彼が『和』のある地域に行ったことがあるような口ぶりだったが、実際に勇者は和風の『始まりの宿』をいたく気に入り、セノディア達が『グルーガスの酒場』を拠点にしているように、勇者もここを拠点として愛用していた過去がある。
ちなみにこの宿は何度も何度も改装を繰り返しているのだが、指揮を執ったのは宿の主人ではなく勇者だったともされている。和風に磨きを掛けて内装をグレードアップできたのもこのためだ。また金貨一枚という価格設定も、勇者が直接手がけた宿だからというプレミアム価格の方が意味合いとしては正しい。
それからは勇者に許可を取り、宿の主人は『勇者御用達・勇者お気に入り』というブランドを上手く活用することで、ボロ宿からここまで登り詰められたという歴史がある。
旅館のあちこちに勇者縁の物が現存・公開されているため、現代では客層は貴族や王族は勿論、諸外国からの旅行者などがちょっとした贅沢で泊まる高級旅館として知られている。地味に500年も続いている由緒ある旅館ということもあって、資産家のみならず歴史家や宗教家のリピーター層も厚い。
しかし、宿に泊まれずとも旅館の前には勇者の銅像や噴水などがあり、またカフェやレストランや温泉などの施設が併設されていることで、『始まりの宿』周辺も含めて観光名所の一つとしても親しまれている。
中でもカフェは朝から昼にかけて跨いだ時間ながらも給仕は慌ただしく動き回っており、ほぼ満席の賑わいを見せていた。
「俺は《エッセンス》のミルクティーと、あとトースト」
「じゃあ私も同じのお願いします~」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
「はーいお待たせしました~。『バストゥールポークのサンド』です」
「おっ、来た来た。やっぱこれ食わないと一日が始まらないぜ」
客層は職業・人種様々。カップルがデートがてらに立ち寄っていたり、非番の兵士が遅めの朝食を嗜んでいたり、子供のエルフと獣人が仲良く机を囲んでサンドイッチを食べていたり、仲の良い若奥様のグループが子育ての悩みをくっちゃべっている。
「ふぅ……。ようやく腰を落ち着けられるよ……」
中でも目を引くのは他国からの行商であった。彼らは、朝早くから市場で商品を売買するため、この時間は暇になる。そうするとカフェやレストランなどで腹を満たしながら噂話をするのが日課となっている。
「ねぇ聞いた? 路地裏でまた冒険者同士の喧嘩があったんですって」
小綺麗な貴婦人風の商人が上品に口元を隠しながら言った。
「あぁ聞いた聞いた。ブヒャヒャッ……まったくお笑いぐさだよ、冒険者同士で縄張り争いしてんだろ? モンスターよりも冒険者相手に戦ってる方が長いんじゃないかって言われてるよ」
ふくよかなでニキビ面の商人が相づちを打つ。
「しかし住民は元より、俺達商人からしても、他国からの旅行者にも迷惑だがな。それで兵士が満足に仕事もできずに奴隷商人がのさばって秘密裏に子供を攫ってるそうだ。モリノティス11世のお膝元でだぜ? この国はどうなっちまうんだろうなぁ」
頬に入れ墨が彫られた男が紅茶を啜りながら憂いだ。
「まったく、冒険者のせいでその他大勢がどれだけ迷惑してると思っとるんだ……!」
右足が義足の男が苛立たしげに床をコツコツと叩いた。
「――――で、前々から欲しがってた商品は入荷できたのかしら?」
「そりゃできたけどよぉ……。検閲した兵士の奴ら、積み荷の商品を手荒に扱いやがって! 俺がどんな苦労をしてあの商品を卸してきたのか分かってのかっつーの!」
「それはご愁傷様。奴隷商売が横行してるって噂が一般市民の耳に入るようになる前に沈静化を図ろうと、あちらさんも必死なんだろう。この国もきな臭くなったもんだな」
「俺達は商売さえできりゃ文句は言わん。だが、モリノティス王は何をやっている!
「あんま大声出すなって。そういや王様と言えば、最近駆け出しの冒険者と密会してたらしいぜ――――」
彼らにとっては大事な話なのだろうが、周りの客はあまり聞きたく無さそうに顔を背ける。爽やかな朝に似付かわしくない話だからだ。
「なぁ知ってるか? 東側の、あのギルドが冒険者以外も雇い始めたって――――」
「ねぇ聞いた? 西側の、あのギルドが疚しいことしてるんですって」
それを差し引いても民草は噂話に目がなく、他愛のない井戸端会議が始まった――――。




