深まる謎(1)
『《魔王》は魔界からやってきました。そこは魔力で満ちあふれた世界です。魔族達は平和に暮らしていました。しかしどこまでも続く広陵の大地、マグマのように真っ赤に染まった海、暮れることのない黄昏。鬱屈とした景色に退屈してしまいました。《魔王》は配下の魔族と命令に従える知能を持ったモンスターを従えて、私達の世界を侵略しようとしたのです――――。』
◇
王との謁見が済んだ今、冒険者四人組はフリーとなった。そのまま帰るもよし、王都を観光するもよしだ。四人は話し合った結果、500年前とのギャップを埋めるために現代では常識となった知識を求めるリリーと、魔法の勉強をしたがったモミジのリクエストによって図書館に寄ることになった。
「……」
眼前に広がる広大な敷地。王城の庭園と同じくらい手入れされたは並木は見事で、時折道路に舞い落ちる若葉が季節を感じさせてくれる。道を進んだ先に鎮座した創設者の銅像は青く錆び付いており、創設からの年季を物語っていた。
その銅像の背後に築かれた王立図書館は、王城に負けず劣らずな荘厳な石造りで、見る者を外観から圧倒させてくれる。
「おかーさん、今日はこれ読み聞かせてー!」
「はいはい」
すれ違う子供が母親にせがんだ絵本の表紙を見て、セノディアは語りだしの文章を想起した。《勇者》と《魔王》の戦いを簡略化した絵本だ。勇者によってもたらされた版画の活版印刷技術により、識字率の低いこの世界では小説よりも絵本が大衆にうけた。その代表作の一つがソレだ。
(懐かしいな、あの絵本。兄貴のお古だったけど読んでたっけ。ま、俺は父さんも母さんも農業で忙しかったから読み聞かせなんてしてもらえなかったけど……)
「わーお……」
「これが王都図書館……凄いですね……」
センチな気分に浸りかけた彼を、モミジとアトリアが現実に繋ぎ戻した。銅像の前にあるベンチに座っていた二人は、王城並に立派な図書館を見上げている。
図書館に通ずる道からは仲の良い親子の他にも、冒険者と比べて体つきが細く、ローブや学帽などを着込んだ知的な風貌の人々が往来していた。それだけで王城に次いで場違いであることを肌で感じており入館を躊躇させられていた。
それは現実に引き戻されたセノディアも同じだった。
「……なんか俺ら本当にここ入っていいの? 場違い感が半端ないんだけど……」
「そ、そう言われると私も心配になってきました……。私ドワーフですし、門前払いされないでしょうか……?」
「モミジちゃんは平気じゃないかなぁ……ローブ着てるしパッと見で魔法使いって分かるし。まぁ他人からの視線で悩んでたって仕方ないでしょ。早くいこ!」
「こんなとこで蹴躓いてどうする。クロエを熨したお主らなら何もビビる事はありゃせん、もっと胸を張って堂々とせんか」
「モンスターと戦うのとは全く別問題だって……。ねぇ本当に俺達入っていいの? 追い出されない?」
「お、追い出されないって! 僕の実家にも、貴族さんじゃないけど『王都の図書館見てきたよ~』ってお客さんいっぱいいたから、多分大丈夫! ……多分!」
「そうだよな……。うん、リンハンス出る前にフェリシーさんから色々聞いたし、ここに連れてきてくれたメーラさんも大丈夫って言ってたし……俺はやれる、俺はやれる……!」
自己暗示をかけるリーダーにパーティメンバーは苦笑しながら、一部始終を遠目に見ていた門番に頭を下げつつ図書館の入り口をくぐった。やはりというか、他の兵士に漏れず警戒をした様子でこちらを睨んでいた。
「わーお……」
広々としたロビーの天井には、女神様と思わしき羽の生えた女性が両手を頭上に高く突き上げるポーズで描かれていた。手の先に掘られた丸い天窓から柔らかい木漏れ日が差し込み、来訪者を女神が優しく包み込んでいる。
そこから日焼けを避けて少し離れたところに、観光客を釘付けにしてやまない展示物が飾られていた。いかにもな古くい紙束や本が丁重にガラスケースに入れられていた。
「俺、ちょっと見てくる」
「あ、待ってお兄ちゃん私も行く~」
ミーハー気質で好奇心を刺激されたセノディアは、周囲の観光客に流されるがまま展示物を眺めに向かった。リリーも封印されてから500年以降の知識を吸収するのが目的で図書館に趣いたため、彼の後ろをとてとてと早歩きで着いていく。
「僕はここで待ってるねー」
「あ、私もここで……」
「何だか楽しそうだねー」
「わ、私も気持ちは分かります。私もその、家では本ばかり読んで魔法の勉強をしていましたから……」
「そっかー。面白い本が見つかるといいね」
「はいっ!」
一方で、あまり展示物には興味のないアトリアとモミジはロビーの椅子に座って待つことにした。ゴスッ子モミジを妹のように可愛がる金髪美少年アトリアのツーショットは、まるで育ちの良い兄妹のようだ。通りすがりの客達は微笑ましくそれを見ていた。
「へー……ほぉー……」
「ふぅん」
展示物のショーケースには説明文が書かれており、それらに軽く目を通しながら少なくない観光客の邪魔にならないように別の展示物へと移動する。
500年前の魔族との戦争の一部が綴られた詩や、騎士学校で使われている武器防具が掲載されたカタログらしき書類など、展示内容に一貫性はないが、知識の乏しい庶民や観光客からすればどれもこれも珍しい物ばかりだ。
「……ん?」
セノディアは、はたと流れに逆らい足を止めた。ガラスのショーケースに飾られていたのは、彼の職種に一番近い展示物。冒険者なら誰もが耳にした人物――――勇者が遺した遺産『教科書のレプリカ』だった。
本は表紙だけが見えるように展示されて、残念ながら中身は拝見できない。レプリカながらも、かの有名な勇者の遺産という所に興味を惹かれたセノディアはショーケースにでかでかと書かれた説明文に目を通す。
(『世界史の教科書』……?)
そこには、勇者が生まれ育った故郷でなされた教育内容の一端や、この教科書が使われる学科が軽く紹介されていた。農村で生まれ育ったセノディアはお世辞にも学があるとは言えないので、書かれていた文脈から、それが教育に使われる物としか理解できなかったが、それだけで驚くに値する情報だった。
「え……勇者って生まれた場所ここじゃないの……?」
それは思わずポツリと呟いてしまうほどに――――。何故なら彼は、今の今まで『勇者は王都レッドバリで生まれ育った』と思いこんでいたからだ。
その原因は、彼が幼少の頃に読みふけっていた絵本や御伽噺などにある。基本的に勇者が登場する本には、勇者の生まれ故郷に関して表記も言及もされていない。代わりに、勇者が冒険者として名を馳せて余生を過ごした場所は王都レッドバリであると強調されて書かれていた。というか、それ意外に勇者と関わりのある地名はあまりない。精々が、仲間の異種族が暮らしていた故郷だろうか。
なれば必然的に、『冒険者になってからも余生を過ごした場所がレッドバリ』ならば『生まれた場所もレッドバリ』と思いこんでしまうのも仕方なかった。
「お兄ちゃん知らなかったの? 私はぁ、勇者は異世界から来たって聞いたよ」
そこにリリーは小声で、更なる爆弾を投下した――――。
「――――は?」
セノディアは目を白黒させた。『異世界』という単語を、『魔界』と呼ばれる異世界出身の《魔王》が口にするのは理に適っているが、かの勇者までもが異世界出身と言いだしたからだ。
リリーは「その顔が見たかった」と言わんばかりに、にんまりと笑ってみせた。




