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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第二章
61/139

二人の王(1)


 王座の間はモリノティス11世と冒険者だけになった。先ほどまでの騒々しさは失せ、時々窓の向こうで小鳥が囀ったり、城下町から庶民の笑い声が聞こえてくる。とても牧歌的な空間だ。


「ふぅ……。さて、改めて冒険者諸君、面を上げよ」


 それらは全て、好々爺の嗄れた声に打ち消された。

 先ほどの騒ぎでモミジとリリーとアトリエは顔を上げていたのだが、シュゼットの言いつけを守っていたセノディアだけは、未だカーペットと睨めっこしていたため王が一から仕切り直したのだ。

 セノディアは大人しく顔を上げる。カーペットを歩いている時も遠目に王の姿は見えていたのだが、こうして傅いて下から見上げると、高大な山に似た厳めしさに飲み込まれそうな感覚に陥った。声からイメージされた温厚そうなお爺さんとは間逆であり、精悍な顔立ちに幾つもの皺が刻まれ、丁寧に手入れされている白い顎髭を蓄わえた老人がそこにいた。


「わざわざ王都まで呼び立ててすまなんだ。急な召集にも関わらず集まってくれたこと、感謝する。……そして、儂の配下が其方達を蔑称で呼んだことを代わりに謝罪する。すまなかった」

「いえ、その……はぁ……」


 一国の王がそんな簡単に謝っちゃっていいのかと、パーティを代表するリーダーとして受け答えをするセノディアだったが、どう返せばいいのか分からずぼんやりとした言葉を返した。そもそも『崩れ者』と呼ばれたことは聞き慣れていない蔑称なので気にならず、平民と言われたことも彼らが貴族ならばそう言われるのが当たり前だからだ。

 アトリアとモミジは自分達に話を振られなくてホッとしているが、リリーだけは――――なんと普段からは想像も付かないような真面目な表情をしていた。その視線は王ではなく、玉座の後ろを見据えているようにも思えた。


「そうそう、シュゼットを手放しに褒めてしまったが其方達の活躍も耳に入っておるぞ。その手腕、Gランクの冒険者とは思えぬほど見事であったとか」

「いや、そんな、その、俺達は……あーいえ、僕たちは元々モンスター相手に戦い慣れてますから。それにその、僕たちみんな夜中だったので寝てまして、起きるのが遅れちゃって……。シュゼット・メーラさんとか兵士さんが頑張ってくれたおかげで、僕たちはモンスターを撃退できたんです。だから僕たちだけの力じゃないというか……」

「ふぉっふぉっ……。その若さでその謙虚さ、ちと兵士達にも少し分けてやってくれんかの。冒険者だけでなく、最近になって《魔導隊》との諍いが増えてな。全く、王都のゴタゴタすら収束の目処が立っておらんのに……」

「は、はぁ……」

「おっとつい愚痴が……歳を取るとどうしても愚痴が多くなってしまっての。さて、其方達を召集した理由について話さねばな……。椅子も用意できずにすまなんだ。少し長くなってしまうが、それでもよいかの?」


 セノディアはパーティメンバーに目線を配る。王様に意見できるはずもなく全員は頷いた。了承を得た王は、改めて腰を据えて語り出す。


「では早速本題に入るが、これから言うことは他言無用じゃ。心して聞いてくれ」

「はい」

「よろしい……。ではまずは、事の発端を話さなければなるまい。今からおよそ12年前……とある老人が『王座の間』へ訪ねて来おったのじゃ。それも驚くべき事に、王族の者しか知り得ない隠し通路を通っての……。その衝撃たるや……驚愕のあまりボードンも儂も言葉が出なかったのを覚えておる……」


(12年前……)


 アトリアはそのキーワードに反応して、眉を顰めた。

 王の話しに耳を傾けていたので親しい者は誰もその反応に気づかなかったが、唯一正面切って睨めっこしている王様だけは、機敏に反応を察知した。ギロリと皺の刻まれた目蓋の奥から二つの瞳が、口を一文字に結んだアトリアを捉えた。鋭い視線と目があったアトリアは、一瞬だけ愛想の良い王子様顔を引きつらせてしまう。

 話し始めて間もないが、王様は自分の不自然な仕草に気づいている――――。コンマ1秒にも満たない間であったが、そう感じさせるには十分すぎた。

 12年前――――今も魘されるあの事件。無力な自分は何もできず、死んだセノディアを蘇らせてもらった"あの老人"と関連性があるだろうとアタリをつけているが、喋りたくない。

 なぜならセノディアの記憶を穿り起こす危険性がある。幼少期の頃に味わった嫌な記憶、辛い記憶、痛ましい記憶、殺戮の記憶――――白昼夢のような惨事を一夜で過去に葬れたのならば、全て忘れてしまった方が彼のため。そう老人に教わったからだ。


「――――続けるが、いいかね?」


 幸いなことにモリノティス11世は追求を避けた。いつでも調べようと思えば調べられるというつもりなのか、はたまた事情を知っているのか、それは王のみぞ知ることだった。


「あ……はい、どうぞ」


 王はアトリアに向けて言ったつもりだが、彼女は押し黙ったまま。代わりに、王とアトリアの間に生まれた関係性など知らないセノディアが、(何で一々そんなの聞くの……?)と思いながら返事をする。


「老人は当時の儂よりも年嵩な男だったが、彼は杖をつきながらも堂々とした立ち振る舞いであった。その場には大臣のボードンもおってな。唯一儂と事情を共有しうる人物であったが……ちと神経質の面もあっての。今はスムーズに事を運ぶために席を外してもらったのじゃ。……そしてここからが其方達を呼び出した本題になるが、その老人は数々の『予言』を残して消えた……。姿形を残さず、まるで煙のようにな」

「『予言』……ですか?」


 好奇心を擽られたセノディアは、予言の内容を早く喋るよう催促するように聞き返した。モリノティス王は頷くと、セノディアではなくリリーの顔をジッと見つめてこう言った。


「端的に言うとじゃな――――『《魔王》が復活する』という予言じゃよ」


 俄に冒険者達の間に緊張感が走り、体が強ばった――――。

 今度はアトリアだけでなく全員に、だ。

 誰にもリリーが魔王である事は口外していない。彼女はセノディアの妹として扱っていて、周囲もそう認識しているから間違いない。パーティメンバーは誰もアルコールを摂取しないから、酒の席で酔っぱらった勢いで言い出すこともない。

 というかそもそも『《魔王》が復活した』ではなく、『《魔王》が復活する』という未来を見透かした予言なのだ。それも12年前。ならば、つい一ヶ月前に結成されたばかりの新米冒険者一行が失言したのではないことが分かる。

 では一体誰がそんな予言を残したのだろうか?

 『休憩所』に番人の《屍飛竜コープスワイバーン》がいたことも、そこに木々が生い茂る地下空間があって《魔王》が封印されていることも、『黒骨の集い』の面々は誰も知らなかった。地下空間があることを報告した時もギルド内は騒然となり、スヴェンの事件も相まって、セノディア達は一躍時のパーティとなったくらいだからだ。

 ならば過去の事例から未来を読み取った先見性のある歴史家だろうか?

 それとも魔族やモンスターの生態に詳しい生態学の専門家だろうか?

 はたまた本物の占い師だろうか?

 『老人』と暈かしているのだから、その答えは王すらも知らないのだろう。


「魔王……ですか。それって、500年前に勇者によって討伐されたあの《魔王》ですか?」


 心当たりがありませんという表情で焦る心情を隠しつつ、シラを切り続けるセノディア。ここでリリーを「《魔王》はコイツです」と差し出すのは選択肢として有りっちゃ有りだった。

 しかし彼女はなんだかんだいってパーティの一員であるし、助けてもらった恩もある。それに《魔王》としての力を開放して暴れられるのも面倒なので、徹頭徹尾誤魔化すことにした。

 アトリアとモミジも、ヘタなことを口走らないように喉元まででかかった悲鳴をグッと堪えて耐えている。二人もまた、リリーを庇うつもりだ。


「ふぉふぉ……。隠さんでもよい、其方の妹というのは偽りであるという調べは付いておる――――」

「ッ!?」

「のう? 《魔王》よ……――――」


 そう言って王様が迷い無く視線を送ったのは、キョトンとした顔のリリーだった――――。


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