謁見(2)
「ハッ――――は? 全てですか?」
「例外なく全てじゃ」
シュゼットが気の抜けた声を上げる。それと同時にカーペットの外側から鎧の擦れる音がした。直立不動だった兵士達が王の発言で動揺し、姿勢を崩した。
(冒険者が反旗を翻したらどう身を守るつもりなんだ!?)
(この状況で賊が侵入したらどうする?)
"王を守護するのが近衛兵の務めだろ"。誰もが声を大にして問いかけたかったが口には出せなかった。冒険者とはいえ、王の招いた賓客に礼を欠くから――――ではなく、王の真剣は面持ちから冗談ではないと感じ取ったからだ。
「へ、陛下、流石にこの四人だけを残してとは……あまりにも冗談が過ぎるかと……」
ただし、隣に控えていた頭の禿げた大臣はギョッとして苦言を呈す。他の家臣や兵士の気持ちを代弁していた。
「承知の上じゃ。其方もあの場におったのなら理解できておろうに」
「それは確かに……仰るとおりですが……」
「あの場」とはどの場なのだろう?
兵士達の頭に疑問符が浮かぶ中、大臣が冷や汗を垂らして口ごもる。
「あ、な、ならば私は残っても構いませんよね!?」
何かしらの秘密を共有していることは明白だったが、まさか共有している自分までも排除しないだろうという思慮を含めて尋ねた。
「ボードン――――お主もじゃ。誰一人として例外は認めん」
しかし無情な宣告に、ボードンと呼ばれた大臣は苦虫を噛み潰した表情で冒険者一行を睨んだ。
それが今の彼にできるささやかな王への抵抗であり憂さ晴らしでもあったが、冒険者一行は頭を垂れたままで拝めないし、リリーを除いた全員が、もう既に苦虫を噛み潰した顔をしていたので勝負にもなっていない。
騎士達は口々に「マジかよ」と呟いた。
「……他ならぬ陛下がお望みならそのように。――――おい、聞いていたな。私達は引き上げるぞ」
そうして睨み続けるボードン大臣を余所に、シュゼットは然とした態度で立ち上がると、冒険者一行に背を向けて王座の間の扉に歩き出した。その背中には兵士達に向けて「お前達は着いてこい」と語っている。
「し、しかしシュゼット! この『崩れ者』が何をしでかすか――――!」
「口を慎め。陛下は差別を好まないお方だ、貴様はここがどこだか忘れたワケではあるまいな」
一人の兵士が淡々と歩くシュゼットを捕まえる。彼女は至って冷静な声色で返すものの不安を募らせているのは確かだった。
突然何を言い出すんだこのジジイは。アホかと、遂に痴呆が来たのかと内心穏やかではなかった。
だが、その感情を押し殺して王座の間から出て行こうと言うのだ。
なぜなら一泊二日ではあるが、旅路を供にした彼女だけは知っているからだ。この者達が王に刃を向けるほどの度胸を持ち合わせていないことを――――。
「ううぅ……」
そしてこちらの方のが理由としては強いが、しゃがみ込んでいるのを良いことに、緊張のあまり痛み出した下腹部を押さえていることも――――。
「……」
シュゼットに叱咤され、本来の任務が全うできなくなった兵士達は無言のまま、騎士も、近衛兵も、尾を引く歩き方で彼女に追随していく。一人、また一人と部屋から去っていった。
「えぇ……本当に僕たち以外出ていっちゃうの? 王様、何考えてるんだろ……」
「わ、私達どうなるんでしょう……!?」
「俺が知るかよ……! 不敬で打ち首だけは嫌だ嫌だ嫌だ!」
「うぅ~……。僕もうこのまま顔上げなくていいよね……?」
「わ、私もそうします!」
「ずりぃぞ二人とも! 俺パーティリーダーだから絶対に喋らなくちゃダメじゃん! 俺も顔上げたくねぇよ!」
部屋から出て行く兵の雑踏に、上手いこと音声を紛らせながら小声でコンタクトを取る一行。自分達以外全員出て行けと言われて、これから先どうすればいいのか分からなくなったからだ。
ただ王様が召集したからというワケの分からない名目で謁見したかと思えば、いきなり王を残して王座の間から全員が出て行ってしまい、頼りにしていたシュゼットすらも姿を消してしまった。
これによって、一番恐れていた『無知による無礼』が起こる可能性がグンと浮上した。
リリーを除いて、こちらは礼儀作法の『礼』の字も弁えていない若者三人――――。
三人とも貴族や兵士達のように畏まった振る舞いができず、喋り方から所作まで今時の若者&田舎丸出し。態度や言葉から不敬と取られて牢屋にぶち込まれても何らおかしくない。
唯一魔王だけが相応の対応が望めるが「《魔王》がプライドを捨てて尊厳な王様相手に媚びてください」と強いるのは不可能に近い。
もしも天の邪鬼な彼女に話が振られたら粗相をすること請け合いだ。
(何か奇跡起きろ! 何か奇跡起きてメーラさんだけ戻ってきて! お願いします神様!)
(僕からもお願いします神様! リリーちゃんが変なこと言いませんように!)
(あわ……あわわわ……)
三者三様の心情だったが、しかしその願いも虚しく、やがて最後の一人である大臣だけが王座の間に取り残された。シュゼットが戻ってくる気配は一切ない。
「……せめてこれを」
自分もここを去るべきかどうか悩み抜いた末、大臣は懐から取り出した金色の光沢を放つベルを手渡した。
「使い方は――――」
「分かっておる。其方も心配性じゃのう」
「誰だって若造の冒険者四人を残して出て行けと言われれば心配になるに決まっています! それを言い出したのが陛下ですよ!? 王領モリノティスの11代目の王様! 陛下の代わりはいないんですからね!」
「承知の上じゃ。しかし代わりがおらんのは其方も同じじゃぞ、ボードン」
「そういう所が陛下のズルイ所です……。――――ゴホン! いいか冒険者共、くれぐれも……く!れ!ぐ!れ!も!変な気を起こすでないぞ。よいな!?」
「あ……はい」
ボードンの鬼気迫る忠告に、アトリアが反射的に返事をした。モミジもコクコクと何回も頷いている。去りゆくボードンは何度も何度も王と冒険者を振り返りながら、王座の間の扉を閉めようとした――――。
「陛下ッ!」
だが、そうはならなかった――――。
バンッ!と半開きになった扉を思い切り開け放ち、飛び込んで来たのは一人の近衛兵だった。首元からオレンジ色のマントを棚引かせ、早歩きで王と新米冒険者一行の間に割って入る。
「待て、ゲイヴ!」
後ろから追いかけてきたシュゼットは、ゲイブと呼んだ近衛兵の肩に手を置いて、これ以上の余計なことを言わせないために退出をさせようとする。
「離せシュゼット! 納得できません陛下、なぜ私達を全て追い出し『崩れ者』だけを残そうとするのですか!? それも彼らは平民の出です、お答え下さい陛下!」
しかしゲイヴと呼ばれた男はその手を振り解き、さも当たり前な主張を王に直談判し始めた。
理由も話さずに近衛兵を全員部屋から締め出そうとするのは、明らかに王が異質だ。それは新米冒険者一行も疑問に思っていたので、『崩れ者』と言われようと身分を差別されようと口を挟むことはしなかった。
「ゲイヴ、その言葉は使うなと忠告したはずだ」
「黙れシュゼット! 貴様はどうしていつもいつも我々に刃向かうのだ! 陛下、500年前の時と同じくまた我々を除け者にしようと言うのですか!?」
「それだよゲイヴ。私はお前達に刃向かっているつもりは無い、ただ冒険者と対等にいたいだけだ。お前達がいつまでも過去に囚われているに過ぎないんだよ。時代は新たな方へ変わろうとしている」
「過去に囚われているだと!? だったら今もまだ王都で騒ぎを起こし続ける『崩れ者』はどう説明するんだ! 勇者が――――何も考えない無知無能な平民にも《マスタリー》を残すよう進言したせいでこうなっているんだぞ! 勇者が余計なことを言わなければ、『崩れ者』が半端な力を持たずに済んだんだ! これが過去に囚われずにいられるか!?」
「《マスタリー》があろうが無かろうが関係ない、悪しき者は必ず悪しき行為をする。それだけだ」
「詭弁を弄すな――――」
「それにッ! ……それに、この者達を王都の冒険者と一緒にするな。皆年若いが、少なくともお前よりも王を敬おうとする気持ちは持ち合わせている」
シュゼットは「見ろ」と言わんばかりに傅き続ける新米冒険者一行を指さした。モミジとリリーとアトリアは、好奇心を抑えきれずに顔を上げてしまっているが、セノディアだけは未だに顔を俯いたままだった。
それを都合良く解釈すれば、確かにシュゼットの言うとおり王を敬い続けているように見えた。
(いやいやいや……、「王が顔上げろって言うまで待て」って言ったのアンタじゃないスかメーラさん。どうしていいのか分からなくて従ってるだけなんですけど……)
本人はただ、パーティリーダーとして失礼の無いようシュゼットの言いつけを守っているだけに過ぎなかった。シュゼットも、勿論そう言ったことは覚えていた。だから上手いことセノディアを利用し、この場を丸く収めようとしているのだ。
「だから……だから何だ!」
「――――よさぬか両名とも。客人の前であるぞ」
言葉を失いながらも憎々しげに口を開こうとしたゲイヴを押し止めたのは、モリノティス11世だった。
しかし王の発言は中立的ではない。冒険者を『賓客』として特別扱いを促す口ぶりにより、それ見たことかとシュゼットはゲイヴの肩に手を置いた。「お前達が時代遅れなだけだ」と再認識させるように――――。
「訳あって理由は話せん……。忠義を持って仕えてくれている其方達に不義理であることは儂も重々承知の上。しかし儂は、其方達が冒険者に劣っていると……無下に扱う事はせん。……それは歴代の王も同じじゃよ」
「聞いただろうゲイヴ。下がれ」
「……ッ!」
まだ言い足りなさそうだったが、未だ傅いた状態の冒険者一行を一瞥すると、オレンジ色のマントを翻して部屋を出て行った。ヘルムで表情は見えないが、きっとその下は苦虫を噛み潰した顔をしているだろう。シュゼットも一礼し、去っていく。
こうして嵐が過ぎ去ると、王座の間には王と冒険者のみとなった。




