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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第二章
59/139

謁見(1)


「……」


 ごくりと、誰かが生唾を飲む音が聞こえる。新米冒険者一行は、緊張の面持ち(リリーを除く)で分厚い両開きの扉の前に立っていた。

 その扉は武骨だった。黒と銀の硬質的な配色は、石造りの廊下と比べると特別製であることを示していた。また赤と白のマーブル模様が特徴的な宝飾が疎らに打ち込まれていることからも、人体に有毒な成分を検知すると反応して緑色に変色する『グローリー鉱石』が埋め込まれていることが分かる。それ以外にも、扉を潜る者が敵意を持っているかどうかを見抜くために様々な魔法や鉱石によって工夫が施されていた。これをデザインしたのは単なる建築士ではなく、魔法の心得のある人物なのだろうと想像がつく。

 ここまで丁寧に細工がされた扉の先には、王と謁見できる『王座の間』がある。


「ふぅ……」


 シュゼットは一度大きく深呼吸して後ろにいる冒険者一行に声を掛ける。


「では開けるが……くれぐれも無礼の無いように頼む」

「具体的にはどうすれば……?」

「基本は黙して、あとは『右に倣え』だ。陛下が笑えば愛想笑いを、陛下が悲しめば哀愁を漂わせろ」

「じゃあもし王様が怒ったら……?」

「その時は諦めろ」


 「そんな殺生な」という感想を抱いた新米冒険者一行は、無言のままコクリと頷いた。ここまで来てしまえば、ええいままよ、あとは野となれ山となれだ。

 シュゼットは重厚感のある両開きの扉を押し込む。扉が木製ではないかと錯覚させられるほど軽々と開け放ってみせたが、金属製特有の重厚な音が廊下に響いた。

 パーティリーダーのセノディアがは遅れまいと後に続く。しかし彼女の背中越しに見える『王座の間』はとても厳かで、気後れしないよう、しかし緊張のあまりカルガモの子供のように小走りで付いていく様は、なんとも滑稽であった。


「ッ――――!」


 彼は部屋へと一歩踏み入れただけで、とんだ場違いな所に来てしまったと深い後悔に苛まれた――――。シュゼットの背後から見るのと室内に入って感じるのとでは全くの別物だった。部屋の中は筆舌に尽くしがたい威圧感に満ちており、その威圧感に匹敵する感覚を彼は少ない人生で感じたことはなかった。

 その緊張は後ろを歩く仲間達に伝わっていく。


(うぅ……本当にここを歩いていいんでしょうか……)


 モミジは部屋のど真ん中に敷かれた赤い絨毯をそろそろと慎重に歩いた。シュゼットを先頭に据えた新米冒険者一行はその上を土足で歩いていたのだが、踏み歩く感触は柔らかく、足音も響かない。それを土やら血やらに塗れた靴で踏むことに抵抗感を覚えていた。


(……絶対に目を合わせないようにしよう。絶対に!)


 しかしアトリアは、むしろカーペットの外側に気が散っていた。そこには等間隔で配置された兵士達がズラーッと並んでいたからだ――――。

 銀色に煌めくフルアーマーの彼らは、首筋からシュゼットと同じくオレンジ色のマントを羽織っているので、名のある騎士近衛兵であると察っせられる。儀礼用の剣を手を天に向けて直立不動。それだけで身の縮む思いだ。

 意外にも、彼らから向けられる視線には「けっ、何で俺達が『崩れ者』なんかに敬意を示さなくちゃならんのだ……」という蔑んだ視線は少なく、むしろ「え? なにこの田舎丸出しな冒険者は……」と言った好奇心・猜疑心の方が強い。冒険者嫌いの彼らも何だかんだ言いながら、隣町のリンハンスから呼ばれた新米冒険者が、どんな理由で王に召集されたのか興味津々なのだ。


「腹痛ってことにして今からばっくれるべ……」

「ここまで来てそんなことしたら怒られちゃうよセノ……」

「き、緊張しすぎて……吐きそうです……」


 必死に声を押し殺し、ボソボソ会話を交わしながら長い廊下を通る。シンと静まりかえった場所ならともかく、ガチャガチャと鎧の音を隠さずに歩くシュゼットのおかげで会話の内容は王の耳に届かずに済みそうだ。

 冒険者達は全身に突き刺さる視線を浴びながら、遅々とした歩みのシュゼットの後ろを気持ち早足で付いていく。嫌な事象ほど体感時間は長く感じられるという話しがある。早く終わらせたいという彼らの意思が、心身に影響を与えて早歩きにさせていた。

 それはスピードだけでなく、歩き方にも影響が出ていた。平々凡々な人生を歩んできたセノディアとアトリアは、畏まりすぎるあまり体が強ばって、カクカクとしたロボット歩きになっている。


「……ウプッ」


 しかしそれはモミジと比べれば些細だった。

 魔法が得意だった故にドワーフの集落でハブられて、外界でも種族の違いでハブられて、ハブられ続けて人生の殆どをボッチで過ごしたモミジは、兵士達の視線を浴びて顔面蒼白。それに加えて厳かな空気にも耐えなければならず、緊張による腹痛と吐き気を催していた。


「お主らモンスター相手はあんなにも果敢だったのに……。なんじゃその為体は」

「仕方ねーだろ、こういう格式張った場所とは無縁な人生だったんだから! 俺百姓だったんだぞ!?」

「僕だってパン屋の跡取りむすm……息子だったし!」


 一方魔王を自称するリリーは、どちらかというと市民を見下す側だったからか、彼女だけは普段通り愛想を振りまきながら可愛い可愛い妹らしく歩いていた。

 やがて、延々と続くかのように思われた責め苦は、玉座に座する煌びやかな礼装に身を包んだ、王領モリノティスを統治するモリノティス11世が近づいて来ることが終わりを告げていた――――。


「四人とも、《マスタリー》の啓示を受けた時のように傅いて、王が良いと言うまで頭を上げるな」


 いよいよ王が眼前に迫るところになって、鎧の音を消そうとしないシュゼットが後ろの四人に囁く。そういう形式があるなら事前に教えてくれと毒突きながら、皆は静かに頷いた。


「……ちなみにそこから先は?」

「扉の前で話したとおりだ。フィーリングでどうにかしろ」


 突き放すようにしてシュゼットは、ピタリと足を止め、玉座の前に傅いた。それに習い、セノディア達も片膝を着いて頭を垂れる。ここから先は雑談無用なため口を一文字に結んだ。


「……長き道のり、よくぞ参った冒険者達よ。シュゼットもご苦労であった」


 顔に刻まれた皺の数が物語る通りの嗄れた声が、静まりかえった王座の間に響き渡った。荘厳で、しかしとても柔らかく優しい声色に、新米冒険者一行は不思議と安心感を覚えた。


「……」


 だが、これにどう返せばいいのかが分からない。礼を欠く様な真似をしてはいけないのは重々承知だが、肝心の礼儀作法が身に付いていないのだ。彼らは垂れた頭をそのままに、形式の成り行きをシュゼットに委ねた。


「勿体なきお言葉……」

「そう謙遜するでない。道中モンスターの大群に襲われたと聞いたが、誰一人として欠けることなく生還したそうではないか。流石は《竜殺し(ドラゴンスレイヤー)》の異名を持つ近衛兵きっての精鋭よ……。連れていった兵卒諸君には休養を言い渡す、お主もしばし体を休ませるがよい」

「ハッ!」

「うむうむ……」


 歯切れの良い返事にモリノティス11世は満足げに頷き本題へと切り替えていく。


「さて、ここからが本題じゃが――――儂はこの者達と腹を割って話したい。皆の者、しばしの間出払ってくれんかの?」


 だがそれは、鶏小屋にグレネードを投げ込まれたような破壊力を伴っていた――――。



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