凱旋(2)
「……なんか弱かったんスけど」
先頭の馬車へ乗せられたセノディアは、昨日の戦闘を振り返りつつ愚痴を零した。シュゼットはフルフェイスの中で怪訝そうな顔つきになる。
「弱かった……とは、フォレストウルフがか?」
「いいえ、この人らがですよ」
顎で指した先には、土や血で汚れたプレートアーマーを着込んだ兵士達。あちこち塗装が剥げ、何度も攻撃を受けた衝撃で凹み、全身余すところなく爪や牙の跡が残された鎧もある。それでも戦える余力のある者が野盗やモンスターの襲撃に備えて、先頭車両に戦力を集中させているのだ。
「……」
そんな彼らは「弱い」とバッサリ切り捨てられるも、言い返せる気力のある者はいなかった。
彼らは間違いなく戦えるだけの余力はあるが、それはシュゼットが音頭を取って「戦え」という号令を下したときのみに限られている。昨夜の襲撃はそれだけ身にこたえたのだ。いつもなら血気盛んなベッティが噛み付くも、彼女はアトリアと一緒に後ろの連結された馬車に乗っているためここにはいない。
「あんま貴方達の気分を害すような事は言いたくないんですけどね」
そう前置きして続ける。
「今回ばかりは僕にも言う権利あると思うんで言わせてもらいます。ギルドの人たちは『精鋭の騎士だー』みたいに騒いでたけど、普通に考えてFランクモンスターにここまで手こずります?」
「返す言葉もない。我々の力不足は痛感したよ……」
「あぁいや、メーラさんは強かったですよ、メーラさん『は』。唯一俺達の連携に合わせてくれましたし」
取って付けたようなおべっかでフォローをする。それは機嫌取りだけでなく、シュゼット・メーラだけは役に立っていたと彼も認めていたからだ。
「まぁこの人たちも連携は取れてたと思いますよ。死者が出なかったってのはそれだけ訓練してたからでしょうし……。でも、それを抜きにしたってボコられ過ぎですって。俺だって気分が悪くなるような話をほじくり返すのは好きじゃないんですけど、反省の意も込めて言わせてもらいます。そもそも夜間に焚き火もせずに森林両脇に抱えて寝ろってアホでしょ?」
「お前、言わせておけばッ……!」
遂に耐えきれなくなったのか、一人の兵士が憎き冒険者に好き勝手言われて頭に来たように身を乗り出した。セノディアは飄々した顔で両手を挙げ、降参のポーズを取った。
「だーから言ってるでしょ、俺だって好きで馬鹿にしてるワケじゃないんですよ。ただ事実を並べたらそうなっただけです。マジで今回ばかりは納得いかない。俺、王様に呼ばれたんですよ? 皆さん一応護衛のつもりで来たんですよね? なんでこんな弱い人を寄越したんですか?」
憎まれ口は止まらない。自分は間違ったことは言っていないという主張を、依然として曲げないつもりだ。シュゼットは疑問の尽きないセノディアの肩に手を置いて、申し訳なさそうに口を開いた。
「セノディア君……君の言い分は私達も重々理解している。だが、彼らを許してやってくれないか……? 彼らは皆、経験不足の『従卒』でね。この中で正規の騎士は私だけなんだ……」
「『従卒』……?」
冒険者になる前は畑を耕していたため、貴族制度に疎く学のないセノディアは、従卒の意味を足りない脳みそで絞り出した。
「要するに……新人ってことですか?」
従卒・従者とは即ち、『騎士学校を卒業したばかりのぺーぺーで兵士の中でも最下位』であると彼は認識している。それは殆ど正解で、つまりフェリシーのような《ミディエーター》によって《マスタリー》こそ授かってはいるが、新米冒険者である自分達となんら変わりないのだ。
「細かい所を省けば大凡その認識で合っている」
「ふーん……」
セノディアはヘルムが脱げている兵士達の顔を順繰りに見渡す。確かに全員顔つきが若い。しかし頬や顎先はスマートに纏まっていることから20代前半であることが窺える。
腕っ節が認められて騎士に叩き上げられた人間なら兎も角、従卒・従兵ならば、幾らシチュエーションが不利だったとはいえ、Fランクモンスターにあそこまで手こずるのも、憎き冒険者に反論するため「道ばたに野営しよう!」なんて提案したのも筋が通っていると言えば通っている。
「てことは、やっぱり俺達軽く見られてる……?」
だが、それでも一つ納得がいかないことがあった。いくらリンハンス~レッドバリ道中のモンスターがE~Gランクの低級モンスターしかでないとは言え、護衛に弱い兵士を遣わすのは、王様が冒険者を軽視している証拠ではないか。それにもシュゼットが首を振った。
「実は、当初は計画ではもう2~3人ほど騎士を連れていこうとしたのだが……王都はのっぴきならぬ事情で貴重な騎士を護衛に割くことができないんだ。陛下は絶対に連れていけと仰ったのだが、一人の近衛兵が『数人の騎士の代わりに近衛兵である私が一人いれば十分では』と進言されてな。それに、若手を外界で経験を積む良い機会と思って連れてきたのだが……。すまない、私達の判断が甘かった」
「ふーん、王様の独断ではなかったと……。まぁ後輩を育てたいって気持ちは、俺が現在進行形で育てられてる側なんで理解できるんスけど、そののっぴきならない事情って聞いても……?」
「あぁ構わない。君たち冒険者が『崩れ者』と揶揄される一端もソレが原因だからな……」
「あれ、そうなんですか? そう呼ばれるようになった経緯は、俺の聞いたところによると、大昔に勇者と兵士の間で一悶着あったからって……」
「それも間違いではない。だが、悪しき文化は時代と共に正されて然るべきだ。現に勇者や冒険者に根深い恨みを持つのは上層部でも半分に満たないだろう。冒険者は本来、我々と足並み揃えて国家をより良い方向へと導くのがあるべき姿で、決して我々が迫害すべき存在ではない。それは君たちを見ていれば分かることだが――――」
「隊長! 確かにこの冒険者達は違うかも知れませんが、『崩れ者』は『崩れ者』です!」
「そうだ! アイツ等、なまじ力があるからって好き勝手やりやがって!」
冒険者の理想像を語り出したシュゼットをぶった切るようにして、黙りこくっていた兵士がいきり立つ。一人が声を上げると、それに追随する形で冒険者に対する不平・不満を口々に騒ぎ出した。
その不満は、やれスキルを悪用してどこどこの店の商品を盗むだの、やれランクが高いからクエストの報酬を割り増しにさせろだの、リンハンス比べて王都・レッドバリの冒険者というのはトラブルが絶えない存在らしい。のっぴきならない事情とはこのことのようだ。
(だからこの人らは冒険者を『崩れ者』って呼ぶのか)
黙って聞いていたセノディアは、肩身が狭い思いをしながら一人で納得する。
「そろそろ王都レッドバリに着きまーす!」
馬車の手綱を握る兵士は馬車内の刺々しい雰囲気など露知らず、間延びした声で報告する。それによって不平不満は徐々に安堵の溜息に変わった。
「……だそうだ。窓から覗けばここからでも見えるだろう」
セノディアはシュゼットの指さした両開きの窓を開いて身を乗り出した。
風を感じ、燦々と輝く太陽に眼を細めながら、街道を快調に進む馬車の進行方向に顔を動かす。
「うおっ」
そこには、王都レッドバリの存在を誇示するかのように雄大な木造の塔があった。生憎、王都には『勇者発祥の地』以外にさほど興味のないセノディアは、馬車の中にいるシュゼットに尋ねる。
「すげーッスよメーラさん! なんスかあの塔!」
「おや、知らないとは意外だな。あれは『ロベルトの塔』だ。大昔に魔族との戦争で使われた物見櫓で、東西南の三方三カ所に一つずつある。しかし用途は物見櫓だが、その大きさと物々しい見た目から『塔』と呼ばれているがね……。気になるなら後で見物にでも行くといい」
「ほー……」
「いやいや隊長、観光なら足湯から尾根を見渡せる『カラカヤ』は外せませんよ」
「俺はやっぱりメーンストリートかな。露店巡りが楽しいんだ」
兵士達の話を聞いていく内に色々な観光名所が巡る楽しみが沸々と湧き出てきた。王がなんの用事で呼び出したのかは知らないが、休暇と切り替えてリフレッシュするのも悪く無さそうだ。
王との謁見が済み、図書館での調べ物が終わったら思い切り羽根を伸ばそう。そう考えながら窓を閉めて、この馬車と別れを告げる支度をしようとする。
「わー凄いよベッティさん! あの塔なんですか!?」
「ちょっと、危ないから顔出しちゃダメよ!?」
窓から顔をしまう直前、後ろの連結されたキャリッジからアトリアとそれを注意するベッティの声が聞こえてきた。自分と同じ感想を抱いたアトリアに、やはり自分達は従弟なのだなと苦笑するのだった。




