狼と狗(8)
『グルーガスの酒場』で暴れた大男や《飛竜》の時もそうだったが、《フリーズ》は一つの大きな氷の塊となって杖から放たれ、着弾地点周辺を凍り付かせる効果がある。魔力によって効果範囲や威力は変動するが、この時はそれなりに全力でブッパしていた。
作戦の全容はこうだ。
まずは、群集になっているフォレストウルフの中心地点を《フリーズ》による広範囲氷魔法で動きを鈍らせ――――。
「フッ!」
「ギャインッ!!」
そこに斧を振り下ろす。
今までの狩猟クエストなどでは、素材の確保・クエストの依頼内容によってモンスター素材に傷をつけないよう細心の注意を払わなければならなかったが、緊急時であればそんなのお構いなしに持てるだけの力を注ぎ込んで一匹一匹を的確に、且つ迅速に狩っていく。
セノディアとモミジのペアが、東側で戦っていたシュゼットとベッティを助けた時も同様の戦術を取っていた。その際はセノディアとモミジの二人しかいなかったので安全性を考慮し、《フリーズ》で動きを弱めてからモミジを木の上に降ろしてからセノディアが弓矢で一匹一匹仕留めるという戦術を採用したが。
返り血一つ浴びていなかったのも、また森の奥から妙に冷気が流れてきたとベッティが発言していたのも、このためだ。
「しかしこれやるとクッソ寒いんだ……よっと!」
「キャンッ!」
広範囲に無差別に効果を発揮する魔法なのでフレンドリーファイアも厭わない戦法なのがネックであり、勿論セノディアも冷気に晒されていたが、そこばかりは意地と気合いで補っていた。
「クウゥン……」
「グルルゥ……グガアアァ……」
と言っても、セノディアの動きが鈍るデメリット以上にフォレストウルフの動きの鈍り方が大きいのでデメリットの内にも入らないだろう。更に言えば、元はリリーが《睡眠魔法》で動きを鈍らせていたところに体温を低下させる魔法を放ったので、フォレストウルフたちは今、深い深い睡眠へと誘われていた。
「今が攻め時だ! 押し返せッ!!」
セノディアが突撃してから、駆け付けたシュゼットが雄叫びを上げて槍を振るう。
「ウオオォッ!!」
「ハアァッ!!」
「やってやれえぇぇ!!」
先陣を切って反撃の狼煙を上げたシュゼットに続いて、まだ戦えるだけの気力のある兵士が、俊敏性を著しく損なわれたフォレストウルフにやんややんやと斬りかかっていった。
このように、ダメージこそ見込めないが広範囲に効果を発揮する『足止め』、もしくは『鈍足効果』が見込める魔法が、集団で動くタイプのモンスター相手には効果覿面だ。
モンスターが群れをなすということは、高ランクモンスターの一部例外を除き、個々の性能は大したことがないという裏返しである。
特にフォレストウルフにとっての武器である機動力・連携力を一気に削いでしまえば、後は野となれ山となれだ。
「あれメーラさん、俺より早く走り去った癖に遅かったんじゃないですか!?」
背中合わせにフォレストウルフを切り崩しながら、シュゼットに皮肉混じりに聞く。
「すれ違った兵士に赤ポーションを配っていたのでな! 後で謝るから今は不問にしてくれ!」
「そういえばあのクッソ生意気な兵士さんもいないんですね」
「彼女はアトリア君と一緒に先ほどの馬車を守ってもらっているよ!」
「あー成る程、だからアトリアもいないのか……! しっかし、こうも暗いと戦いづらくてしゃーないな……おーいモミジ、火魔法頼む!」
「はい――――《ファイアボール》!」
大声で叫んだセノディアに呼応し、モミジは捻った足を庇いながらキャリッジの外に這い出て、直径1mはあろう火の玉を大空に打ち上げた。
「うおっ!?」
「おい『崩れ者』! 魔法ならあの狼共に撃ってくれよ!?」
兵士達はあらぬ方向へ飛んでいく火の玉に気を取られるが――――。
「ナイス照明! 死ねやオラァ!」
「キャンッ!」
しかしシュゼットは、セノディアが明るく照らされたフォレストウルフに襲いかかる様を見て、すぐにその意図に気づく。
「ッ成る程! これは戦いやすいな!」
《ファイアボール》は、本来攻撃用の火魔法として使われるが、暗闇を照らす『照明弾』の役割を果たさせたのだ。いくら《フリーズ》と《スリープ》で鈍らせて状況が好転したとはいえ、こうも暗くては正確な数が把握しづらい。
それを補うための《ファイアボール》だ。
しかしながら《ファイアボール》は持続性がない。5秒ほど周辺が明るく照らされ、兵士達が冒険者の意図を汲み取った時には、すぐに辺りは真っ暗になってしまう。
――――かと思いきや。
「あれ……フォレストウルフの姿が見える?」
「本当だ! でも何で……」
兵士達はみな目を凝らすと、足元が覚束なくなっているフォレストウルフの群集が見えるようになっていた。先ほどまでのコンディションは最低最悪。月が雲に隠れ、一寸先も見えないほど暗闇に包まれていたのだから。
しかし今は違う。薄くボンヤリと天から差し込まれる月光によって、僅かばかりだが光源を手に入れていたのだ――――。
(まさか、さっきの《ファイアボール》で!?)
先ほど天に打ち上げた《ファイアボール》。あれは周囲を照らすだけでなく、一時的ではあるが、月を隠していた雲すらも振り払っていた――――。
「ハアァッ!」
月光に照らされたセノディアが斧を振るえば、黒髪と童顔が返り血で赤く染まる。持ち前の戦闘センスに加え、目視のできる動きの鈍った狼など赤子の手を捻るに等しい。
「……冒険者って凄いんだな」
「あぁ……」
兵士達は知らず知らず、感嘆の声を漏らしていた。彼らがあれほどまでに苦戦していたフォレストウルフは、冒険者の機転によって片っ端から血祭りに上げられた。それはもはや、一方的な蹂躙であった――――。




