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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第二章
55/139

狼と狗(7)

 街道の西――――先頭の馬車には二十匹前後のフォレストウルフがいた。後尾車両を囲んでいたフォレストウルフよりも多いのだが、これでも兵士の隙間をスルーしたのが数匹いたため減っている方である。しかしそれ以上に兵士側の数が減少していた。

 何故なら怪我人が中央馬車に運ばれているからで、このペースだと死者が出てもおかしくない頃合いだった――――。


「えぇい! 《スリープ》!」


 それを0に抑えていたのは一人の褐色ロリだった。力なく耳を擽る可愛らしい声とは裏腹に、幼女の唱えた魔法は強力だ。

 彼女が手にしたメモ帳サイズの魔導書から、前方180度に複数回に渡って波紋が飛んでいく。幼女――――《魔王》のリリーが余りある力を制御しつつ、最小限の魔力で放った最弱の《補助魔法》の《スリープ》であった。

 フォレストウルフの群れは10匹ほどいたが最小限で放ったこともあり、僅か一匹が眠りに誘われてその場に倒れ込んだ。


「グルルルゥ……!」

「ガルルァ!」


 しかし余波を受けた残りのフォレストウルフにも効果は出ているようで、眠りこそしなかったものの、足取りが覚束ずに千鳥足でこちらに迫ってきている。


(ふむ……。計算通りじゃの)


「ごめんなさい兵士さぁん、私にできるのはここまでです……」


 リリーは魔力を使い果たし、ゆっくりとへたり込む――――フリをした。

 彼女は、表向きは《サポートマスタリー》を授けられた冒険者という事になっている。

 《スリープ》はとても魔力を使う《補助魔法》だ。《サポートマスタリー》に適正のある魔法なため、消費魔力軽減の恩恵を受けられるのだが、これだけ広範囲に放ってしまうと、それを勘定に入れても2~3発が限度である。

 この《スリープ》を更に細分化すると、即時に相手を眠らせるものから、眠るまでにラグの発生するものの二種類がある。以前にスヴェン相手に使ったのは即時に眠らせる魔法で、今回彼女が使ったのはラグのある方だ。

 なぜわざわざ後者を使ったのかというと、前者の即睡眠魔法はあまりにも効果が強力なため習得する方法が限られており、魔法が記されている書物を入手できるのはCランク並の実力のある冒険者だけとされているからだ。それを見せてしまうと《魔王》とバレる心配もあるため、わざわざラグのある《スリープ》を三回に区切って放っていたのだ――――。


「……まぁ、その歳の冒険者にしては頑張ったんじゃないか」

「だな、三度に渡って魔法を唱えてくれた甲斐があったってもんだ」


 想定通り、兵士達は彼女が最初の頃に使った《スリープ》が今になって効いてきていると信じて疑わない。まさか彼女が《魔王》であるとは夢にも思わないだろう。


「今なら行けるぞ! 行けェー!」

「よぉし、俺達も負けていられないぞ!」

「とにかく突っ込めェッ! 敵はもうまともに歩けやしないぞ!」

「これだけ弱ってれば……。ハァーッ――――! 《フェザーランス》!!」


 それはそれとして、弱ったフォレストウルフを前に、兵士達の士気はそれなりに高まっていた。今までボコボコにされた分を返すため、一気呵成に畳みかける――――。


「バウッ! グガゥッ!」

「ハッ! ヤァ!」

「グガアアアァァッ!」


 しかし、フォレストウルフたちも負けじと《睡眠魔法》に対抗して悪あがきをしていた。眠気を誘えたとしても本能までは掻き消すことはできない。動きこそ鈍ったが、彼らは本能に忠実に狩りをするのだった


「まだこんな力が……! ウワァッ!」

「油断すんな! 俺達だってもうボロボロなんだ!」


 へたり込んだリリーを守るために、前に躍り出た兵士はたったの5人。

 馬を食べられないように円陣を組んで守っていたが、その内側には興奮した馬の他にも、傷ついた兵士が何人も倒れ伏していた。プレートアーマーのあちこちが牙や爪の跡を残して凹み、土や血などで汚れていたため、既に死闘を繰り広げていたことが見て取れた。

 通常時ですら一人で一匹を相手にするのもやっとな兵士がこの数を対処するのは至難の業だったが、プレートアーマーの堅さにモノを言わせ、受け身の防御に徹していればなんとか持ちこたえられる程度だった。

 そこでようやく《睡眠魔法》が効き始め、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと弱体化したフォレストウルフを前にし、攻撃に打って出たくなる気持ちは分からなくもないが、やはり数的にも不利だったのがジワジワと効いていたようだ。


「クソッ! 折角『崩れ者』のあの子が頑張ってくれたってのに、このままじゃ……」

「いいから今は耐えろ! 隊長達が来てくれる!」

「ガアアァッ!!」

「ウォラアアァッ!」


 明らかに弱ったフォレストウルフを前にして尚も善戦することすらままならない現状に、強気だった兵士達は躁鬱のようにまた弱気になり、リーチで勝る槍で牽制しつつ、ジリジリと後退をする。さきほどの空元気でどうにか持ち直そうとしていたがそれが失敗し、肉体的にも精神的にも参っているのだ。

 しかし、これ以上下がってしまったら馬車と傷ついた兵士、それにリリーが危険にさらされてしまう。下がりながら戦いたいが、守る物が多すぎて下がれない。


「グルルルァ!」

「ガオォッ!」

「もう……ダメなのか……! 隊長、早く……!」


 ジリ貧が確定したと自覚した兵士は、千鳥足のフォレストウルフに迫られながら、彼らの信じる隊長の介入を祈ることしかできなかった。


「グガアアァッ!」

「うわああああぁぁッ!!」


 そしてあわやという時、その願いは意外な人物によって叶えられることとなった。


「隊長さんじゃなくて悪かったな――――」


 斧で一刀両断――――。


「貴様、『崩れ者』の!」

「そ、『崩れ者』だよ」


 それは、彼ら兵士が『崩れ者』と蔑む新米冒険者のセノディアだった――――。


「モミジ、例の奴!」

「ふぁい……」


 兵士達が懸命に守り続けていたキャリッジの中からモミジが返事を返す。彼女を背負って戦えるほど器用ではないからだ。ちなみに先ほども東側の群れを殲滅させた時も今と同じ、彼女を木の上に座らせて戦っていた。

 あの時と唯一違うのは得物――――つまり弓矢ではなく斧であってもやることは同じ。モミジが準備万端なことを確認したセノディアは――――。


「ウオオォォッ!」


 ――――フォレストウルフの群れへ突っ込んだ。

 いくら《スリープ》や、自分達の牽制で弱らせたとはいえ、二十匹もいるフォレストウルフに真正面から突入するのは阿呆と言わざるを得ない。


「よせ! 自殺行為だぞ!」


 セノディアの身を案じた兵士は制止するも――――。


「いいんだよ、これが俺たちの戦い方だから!」


 セノディアは走りを止めなかった。魔法使いがいる場合に限るが――――このように、一つの目標に集中力を割いている群集タイプのモンスターとの戦い方は至ってシンプルだ。


「ハァー……」


 モミジは重い瞼を半目まで開くとキャリッジから半身だけ身を乗り出し、フォレストウルフに向けられた杖の先端へ魔力を集中させる。


「――――《フリーズ》!」


 杖の先から飛び出た氷塊がフォレストウルフの群れのど真ん中目掛けて飛んでいった――――。


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