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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第二章
52/139

狼と狗(4)

 所変わって東側の街道は、たったの二人で抑えていた――――。


「やあぁッ!! 《ゲイルランス》!」

「グガウゥ!」

「クッ、外した……!」


 飛びかかってきたフォレストウルフに、若い女性兵士は《ランスマスタリー》のスキルを放つが、フォレストウルフの見事な軽業によって躱されてしまう。

 《ランスマスタリー》の中で、最も素早く『突き』を放てるスキル《ゲイルランス》。魔力消費が少ないので連発のが強みだが、それだけ威力もかなり控えめだ。それでも、外皮がそこまで硬くないフォレストウルフ相手には一撃でも当たられれば有利になるだろう。

 それを分かってか、相対する狼は常に防戦一方だった。


(これなら勝てる……!)


 兵士は内心で手応えを感じていた。腰の入れ方、槍捌き、理に適ったスキル発動など、モンスター相手に戦いなれていないであろう兵士にしては目を見張る物があり、並々ならぬ訓練を積んできたことが窺える。しかし、大きな得物を使っているだけに小回りの利く小型モンスター相手は如何せん相性が悪く、攻勢ではあるものの命中しないでいた。

 だが、隣に立つシュゼットの表情は芳しくなかった。


「ハァ……やはり餅は餅屋に任せるべきだったな。ベッティ」

「うぐっ……。申し訳ありません隊長……。こんな雑魚モンスターに手間取るほど、私達が弱かったとは……!」

「……ベッティ、謝るべき点はそこではないだろう? この状況を未然に防ぐことができたのに、忠告を頑として拒んだ私達が真に謝罪すべきは――――」

「グガオォッ!」


 シュゼットはフルフェイスでくぐもったハスキーボイスで部下のベッティを窘めながらも――――。


「フッ――――!」


 目にも止まらぬスピードから繰り出された長槍で、飛びかかってきたフォレストウルフを一突き。腹部を貫かれたフォレストウルフは声を上げる間もなく一撃で絶命し、ボトリと地面に落ちた。


「――――あの少年達に、だろう?」


 先に《ゲイルランス》を放った兵士と違い、スキルも使わずに一撃でフォレストウルフを仕留めた。実戦でテンパることなく的確なタイミングを逃さずに突ける冷静さ、それだけで《近衛兵》という称号が伊達ではないと感じさせてくれる。


「す、すみません隊長――――」

「謝る暇があるなら構えろ! まだ終わってないぞ!」


 シュゼットの言うとおり、一匹殺されただけでフォレストウルフに動揺は無かった。

 たった今戦っていたフォレストウルフは、所謂こちらの力量を推し量る『鉄砲玉』。

 木々の隙間から目を爛々と光らせて攻め入る機会を遠巻きに窺っている。まだ様子見で少しずつけしかけてきているが、気を抜けば、隙を見せれば、あの本隊がここぞとばかりに畳みかけてくるだろう。


「……ッ!」


 それに気づいたベッティは体をブルッと震わせ、慌てて長槍を構える。


「どうしたベッティ、体が震えているぞ。寒いのか?」

「武者震いですよ、武者震い」

「フッ……そういうことにしておこうか」


 互いに軽口を交わして虚勢を張る。

 狼は王都へと続く道の東側から襲いかかって来ていた。それをたった二人で相手にしていたのだから、実戦経験豊富で冷静に状況判断を下せるシュゼットはともかく、全てにおいて経験不足なベッティはこうでもしないと士気が下がってしまうからだ。


(……少し、甘く見ていたか)


 これくらいは当然捌けると踏んでいた近衛兵のシュゼットだったが、相方はモンスターとの実戦経験が少ない従卒だった。近衛兵と一端の従卒ならば、上下関係は雲泥の差ほどもあるほどあるし、力量も相当開いていることは陽の目を見るより明らかだ。

 それでもベッティは、連れてきた兵達の中でも一番の強者のハズだった。女性ながらも模擬戦において優秀な成績を修めていたし、王都で起きた民衆による喧嘩や暴動などを何度も鎮圧してきた経歴がある。

 しかしモンスターは勝手が違ったようだ。そもそも彼らが積んでいた訓練は対人を想定していた訓練に過ぎず、人間と挙動や思考が違う上に、戦う環境も悪い。時刻は深夜で、左右を森に挟まれた街道。明かりはキャリッジに無造作に立て掛けられたランタン一つだけ。夜目が利かず、かと言って代わりとなる明かりも持ち合わせていない。


(もう! フォレストウルフってFランクじゃなかったの……!?)


 故に、たかだかFランクモンスター一匹にすら苦戦していた。しかし、下位ランクモンスターとはいえども油断はできない。プレートーアーマーを着込んでいるが、フォレストウルフの牙にかかればは薄い鉄くらいなら容易に噛み砕いてみせる。

 既にベッティは何度かフォレストウルフと衝突し、噛み付かれ、引っかかれ、鎧のあちこちが凹んだり、欠けたりしていた。

 今のところは腕や足など、急所を上手く庇いながら去なすことができていたが、もしもカバーが間に合わずに首や胴体を狙われれば、ヘタをすれば死――――。


(落ち着け私……。幸い、こっちにはシュゼット隊長がいる。そう簡単に死んでたまるもんですか……!)


 そうベッティは自分に言い聞かせて鼓舞した。

 事実、東側の群れをたった二人で耐えられているのは八割方シュゼットの地力によってカバーされていたからだ。対人において無類の強さを誇るシュゼットであったが、対モンスターにおいても、その力を存分に奮えていた。


(やっぱり、シュゼット隊長がこの若さで近衛兵になれたのって……あの噂って本当だったんだ)


 噂とは、彼女がAランクモンスター《ドラゴン》を討伐し、その功績が称えられて騎士から近衛兵にのし上がったという内容だった。しかし彼女はそれを聞かれても、のらりくらりとはぐらかしてしまうため、真偽の程は定かではなかったが、この実力を見るにその噂も強ち間違いではないのだろう。


「……あちらは大丈夫だろうか」


 シュゼットは馬車越しに西側を見やる。二人を置いて残った兵士の面々は最前列の馬車――――西側から襲いかかってきてる別働隊と戦っている。そちらには自分のような、そして連れてきた兵士の中で一番の実力を持つベッティがいない。代わりに人数はいるので持ちこたえられてると信じたいが、ベッティですらFランクモンスターに苦戦しているのならば――――。

 最悪のケースを覚悟しておく必要があった。


「グルルルウゥゥ……」

「ガアァゥッ!!」


 だが他人の心配をしている余裕はない。フォレストウルフは絶え間なく森の中からやってくる。


「クソッ! どれだけいるのよ……!」

「さあな……。ただ一つハッキリしていることがある」

「何です?」

「これだと事後処理で明日中に王都に着けない。つまり減給だ……」

「ハハッ……間違いないですね……ッ!」


 強気ともとれる軽い冗談は、自分達に注がれる熱視線によって中断された。フォレストウルフも馬鹿ではない。先ほど送り出した鉄砲玉によって、片方が強くて片方が弱いという戦力差に気づいたらしく、シュゼットよりもベッティに熱い視線が注がれている。

 一触即発、どちらが先に動くかを探り合う時間が続いた。


「キャインッ――――!」


 だがどちらが動くでもなく、森の置くから子犬のように情けない断末魔が響いた――――。


「グガァウ!」

「バウッ!」


 目の前の狼は、唐突に唸り出す。明らかに状況がおかしい。


「ッ!?」

「来るかッ!?」


 二人は森の奥で何が起こったのか暗闇で見えないが、より一層警戒心を高め腰を落とし、深く構える。


「ギャインッ!」

「グガァウゥッ!! ガアアァァ!」

「バウッ! 」


 暗闇を劈く咆哮は続き、俄に森がざわめき立つ――――。

 戦力を小出しにしてチャンスを窺っていたフォレストウルフの群れから、何度も何度も立て続けに、狂暴な吠え声が悲鳴に変わっては消え、変わっては消えていった。


「な、何だ!? 一体、森の中で何が……?」

「――――隊長」


 鎧に身を包んだベッティがシュゼットの肩に手を置いた。その手は小刻みに震えている。


「隊長……俺が『武者震いしてる』って話ししてたじゃないですか……」

「あ、あぁ……していたが……?」

「アレ嘘だったんですよ……。本当は、ちょっと肌寒いなって感じてたんです……。それで、気のせいかも知れないんですが……さっきよりもっと冷えていると思いませんか……?」

「冷え――――まさか……!?」


 ハッとした表情で深奥に目を凝らすシュゼット。犬畜生を蹴散らすほどの力を持った、氷の魔法を操るモンスター――――。

 そんなモンスターがここら一帯に現れるなど聞いたことがない。この街道に現れるモンスターのランクは精々高くてもEランクと相場が決まっている。そもそも氷の魔法を使うなら雪山を根城にしているはずだ。

 だが何事にも例外はある。

 もし、もしも森の奥から森の主が現れたのなら――――。


「構えろ」

「は、はい……!」


 東側――――自分達がいる場所からは、先ほどまで騒々しかったフォレストウルフの鳴き声も消え去り、今やシンと静まりかえっている。そのせいで、西側から聞こえてくる兵士達やモンスターの叫喚が深夜の街道に木霊し、より一層不気味さを増させていた――――。


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