狼と狗(3)
「怪我人はこっちに運べ!」
「うああぁ……」
「まだ生きてるな!? しっかりしろ! おい、赤ポーション寄越せ!」
冒険者達が寝ていたキャリッジ周辺からフォレストウルフの気配が消えた頃、三つ並べられている馬車の真ん中――――つまり彼らが寝ていた馬車に、前線を支えて怪我をした兵士が運ばれてきた。幸いにも運ばれてくるのは一人だけで、それも命に別状のなさそうだ。
兵士は馬車を遮蔽物にしながら道路の上に寝かせられ、怪我を治癒する効能のある《赤ポーション》を飲まされていた。
「後はこの二人だな……。おい起きろ、モミジ、アトリア」
しかしこれから先、ドンドン運ばれてくる怪我人も増えてくるだろう。セノディアはキャリッジに治療スペースを譲るため、残ったアトリアとモミジを揺らして起こそうとした。
「う……うぅん……」
「ふぁいセノディアしゃん……今起きまふぅ……」
「よし、モミジは起きたな」
しかし二人はまだ寝惚けているようで、モミジは目蓋を瞑ったまま口だけ動かし、アトリアは寝返りを打っただけに留まった。
ちなみに二人とも、危機感皆無で無防備な寝間着姿で寝ている。ガーリッシュで、『グルーガスの酒場』の看板娘ユニのお下がりを借り着しているのがモミジ。金髪がよく映える黒のニットを着ているのがアトリアだ。
冒険者の癖に緊張感の感じられない二人が寝間着姿なのは、キャリッジという密閉された車中泊が、宿屋で寝ている時と環境があまり変わらなかったことが主な原因となっている。代わりに、セノディアとリリーはモンスターが襲ってくることを危惧していたので普段通りの動きやすい服装だ。
「おーきろっての! おい!」
「なぁにセノ……もう朝ァ……?」
「バカ、外にモンスターがいんだよ! もう兵士達が戦ってる! ほら、ショートソードとロングソード!」
「え……!? わっとと!」
「準備ができ次第先に行って戦っててくれ! 俺はモミジ起こして連れてくから!」
「う、うん! ちなみに敵は!?」
「フォレストウルフ! 多分群れでいる!」
「オッケー、モミジちゃんがいれば片付く相手だね! 頑張って耐えて来るよ!」
「頼んだぞ!」
「任せて!」
そう言い残して、アトリアは剣を携えて馬車の外に躍り出た。
彼女はパジャマ姿ではあるものの、《ソードマスタリー》の恩恵で剣が二本あれば戦えるだけのポテンシャルを持っているので問題ないとの判断だ。本当は胸当てくらいは装着できればよかったのだが、緊急事態なので目を瞑っている。
あとはモミジだが――――。
「スゥ……スゥ……」
――――この短時間で二度寝を披露していた。
「起きてモミジお願いィ! マジで緊急事態なんだってば!」
「あい……起きてまふ……」
「起きてねぇよ!」
モミジは四人の中で14歳という最年少。この時間帯における少年少女は、本来であれば泥のように眠っている時間帯だ。ろくすっぽ頭が働かず、何かしら刺激になるような事件・事故などがない限り眠気に打ち勝つのは難しい。
一般市民からしてみればモンスターに襲われているという非日常的な事件が目と鼻の先で起こっているのだが、冒険者が板に付き日常の光景になっている彼女にとって、もはや脅威でもなくなってきている。特に《飛竜》というBランクモンスター相手にし、ジャイアントキリングを達成した成功体験があれば尚更だ。あの一件に匹敵するモンスターでも来なければ、彼女の頭が覚醒するのは難しいだろう。
「起きろー! モミジってばぁ!」
起きないモミジに焦るセノディア。
フォレストウルフは《メイジマスタリー》のモミジがいないと苦戦を強いられる相手だ。フォレストウルフは群れで行動する。そこに効果的にAOEをぶち込めるモミジがいるからこそ、アトリアも『モミジがいるから大丈夫』と言い残したのだ。何が何でも連れていかなければ殲滅するのは困難を極めるだろう。
セノディアは、モミジの体を、支障を来さない程度に軽く揺さぶり続けた。
「起きてましゅ……スゥ……」
「おい、また寝るなバカ! 目蓋を開けろ! よぉし、起きないと俺がキスするぞ! 良いのか!」
その一言で、モミジの眼がカッと大きく見開いた。
「へえぇッ!? キスですかぁ……!? そ、それはまだ早いですよ!」
「お、おーし! 嫌がると思ったけど……まぁ起きたしいいか!」
「ふあぁ~……?」
機転を利かせたセノディアの一言により、モミジを眠りから覚ますことができた。
しかし、さっきよりはマシなもののまだ寝惚けているようで、目蓋は重そうにトロンと落として半眼、こっくりこっくりと船を漕いでいる。
一応、眼を覚ます作戦が思い通り成功したことで、セノディアは小さくガッツポーズした。てっきりモミジがキスを嫌がって起きると思っていたため、『まだ早い』という、満更でも無さそうな言葉に若干照れる素振りを見せていたが。
「う゛う゛ん゛! それはそれとして、歩けるか? 魔法は撃てる?」
「歩けるし……撃てま――――わわっ!」
そう言いながら、馴染みの杖を手にして馬車から降りようとしたが、段差を踏み外して前方に倒れてしまいそうになる。
「っぶねぇ!!」
「キャッ!」
間一髪。セノディアは若さ特有の反射神経を生かして、モミジの体に腕を回し、馬車の中に引き戻した。馬車の中にコテンと転がりこんできたモミジを抱き留めて、心配そうに顔をのぞき込む。
「平気か!?」
「は、はい――――っつ……!?」
心配させまいとすぐに立ち上がろうとするが、顔を顰めて蹲り、右足首をさすった。どうやら馬車の段差で足を捻ってしまったようだ。兵士達を助けようと早まった結果、怪我をしてしまっては元も子もないのだが、過ぎたことを責めても仕方がない。
「お前こういうところでドジっ子だよな!」
「す、すみません……。私、また足手まといに……」
「……やっちまったもんはしょーがねぇよ。こうなりゃ最後の手段だ」
「何か策が……?」
セノディアは、抱き留めていたモミジを馬車の段差に腰をかけさせると、自分は馬車から降りて靴を履くと、背中を丸めて腕を逆手にし腰の側に持っていった。
「乗れ」
「乗れって……セノディアさんにですか!?」
「おうよ!」
彼が言う最後の手段というのは、『おんぶ』の事らしい。
足が動かないのであれば、自分が足になって機動力をリカバリーすればいい。そういう判断のようだ。
彼女を負ぶっている間、セノディアは両手が塞がってしまうので自衛手段が無いに等しいが、アトリアや兵士達などの側で戦って孤立しないようにすればデメリットを無視できる。
「え、でも、私重いですし……。魔法だってセノディアさんに当たっちゃうかも……」
「早くしろって! 時間が惜しいんだってマジで! 当たったら当たった時に考えればいーの! 今は行動あるのみ!」
「ううぅ……。じゃ、じゃあ、その、失礼……します……」
身内以外の異性による初おんぶで、顔を赤くし照れながらも、モミジはセノディアの首に腕を回し、馬車の段差から彼の背中に全体重を預けた。
その手には杖が握られている。まるでSTGにおけるオプションのように、魔法を撃ちながら敵を斬り付ける移動砲台の完成だ。
モミジの、パジャマ越しに柔らかい太股に手を添えてヨイショと小さな体を持ち上げると――――。
「よっしゃしっかり捕まっとけな!」
顔を捻ってモミジに優しく言葉をかけた。
「ぅひゃいッ!」
なぜかここだけ、血生臭い戦場の一部なのにも関わらず、ラブコメ特有のピンク色の空気を醸し出していた。先に戦っているアトリアや、奮闘する兵士諸君からしてみれば自分達が一生懸命戦っているのに何をしてるんだと憤死してもおかしくないだろう。
「おっしゃ! ゴーゴーゴーゴーゴー!!!」
「ご、ゴー! です!」
掛け声を上げ、セノディアは勢いよく駆けだした――――。




