狼と狗(2)
狼は《フォレストウルフ》と呼ばれる獣タイプのモンスターだ。セノディア達よりもランクが1多い《Fランク》の下級モンスターで、素早い動きで翻弄し、鋭い牙と爪に気をつけなければ一瞬で狩られてしまうだろう。だがサイズは赤狐と同じくらいで、行動パターンなども単調でそこら辺を歩く大型の野犬となんら代わり映えはしない。
モンスターとしての分類すら怪しいので普通に考えれば《Gランク》が妥当なのだが、誰がなんと言おうと《Fランク》。その理由は単純明快。フォレストウルフは野犬と違い群れを率いて襲ってくるからだ。
馬車に吊されたランプに照らされたフォレストウルフはたったの一匹だが、それ以上の数がどこかに潜んでいるだろう。
付け加えて言うならば、フォレストウルフは夜行性なのも難易度が跳ね上がる理由にある。昼間は塒におり、狩りを始めるとしたら現状のような深夜。昼間なら捉えられる動きであっても夜目に慣れていない人たちからすれば厄介極まりない存在だ。
「うわフォレストウルフか……。しかもコンディション最悪だし……」
セノディアは空を見上げてごちた。
今は月を雲が隠してしまっている。こうなると、頼りになる光源は馬車に吊されたランプだったがたったの一つだけしか光源がなかった。他のランプは兵士が持っていったか、それとも油が切れたか――――。
「ヒヒイィンッ!」
「馬車には近づかせるなッ! 馬がやられたらお終いだぞォッ! それに、勝手にキャリッジを引っ張られたら俺達も帰れなくなっちまう!」
「分かってるって! どうどうどう……大丈夫、大丈夫だ……!」
兵士は興奮状態にある馬を宥める。三人が今いる馬車は、前方と後方に馬車を挟んだ間に位置する馬車だった。そのため、フォレストウルフ本隊と兵士が戦っている場所は前方か後方、若しくはその両方なのだろう。
「どりゃああああぁぁッ!!」
「キャイン!」
一匹のフォレストウルフと戦っていた兵士は、ようやくトドメを刺すことに成功した。他にフォレストウルフがいないかと、キャリッジの中で弓を構えて索敵するセノディアだったが新手が現れることはなかった。やはり、前方と後方の馬車に戦力が集中しているのだろう。
「……とりあえず、モミジとアトリア起こして応戦するか」
「クカカッ。じゃから夜中に道ばたで野宿するのはよせと忠告したのにのぅ」
「ね」
リリーの言葉に賛同するセノディア。
馬車はエンハンスと王都レッドバリを繋ぐ街道の脇道に、20mほどの車間を空けて停車されていた。それも、休憩スペースや広場などもない路傍に寄せるようにして、だ。右手には鬱蒼と茂った雑木林が、左手には背の高い草木で覆われた草原があるため、モンスター側からすれば自分達は格好の餌食である。獣タイプのモンスターが集まりやすいと言われている《魔力溜まり》があるかどうかの調査すらしていない。
セノディア達は、少なくとも兵士達よりもモンスターの生態に詳しい。全てを知り尽くしているワケではないが、それでも最低限の知識は有している。当然「ここで一夜を明かすのはモンスターに襲われるからマズイよ」と忠告はした。したのだが、密閉でどこでも寝られる馬車が夜間という認識を緩ませたのか、それともモンスターに対する危機意識が甘かったのか、彼らが妙に毛嫌いする冒険者の忠告を受け入れるのが癪だったのか――――。
『……君たちは心配しなくていいことだ。早く馬車に入って寝なさい』
――――はたまた、(リリーは年齢不詳なので省くが)平均14~17歳の冒険者を子供扱いしたツケが回ったのか。
新米冒険者一行はまだまだGランクだし、揃いも揃って顔立ちが幼いのでその気持ちも分からなくもないが、兵士達は頑なに路傍をキャンプ地とした。
それも獣避けに焚き火を起こす訳にもいかない。焚き火の残りカスが後から来る馬車などの邪魔してしまうからだ。かと言って火をおこすために雑木林を切り開くのも、草原に暖炉を造るのも、それだけの労力と時間が惜しい。
「危ない」と提言されても、どうせたったの一夜しか明かさないのだから――――。
申し訳程度のモンスター避けとして三両の馬車につき二つのランプをぶら下げ、軽い夕食を取り、就寝。
だがモンスターからすれば、そんな風が吹いたら消えそうな弱い火など恐るるに足らず。むしろ、「自分達はここですよ」という信号の役割を担ってしまっていた。勿論これにも冒険者達は忠告したが兵士達は聞く耳持たずであった。とにかく彼らは決定権を取りたがっていた。
フォレストウルフは、太陽が沈み、ランプの明かりが灯った時から雑木林の向こう側からずっと隙を伺っており、馬車に乗っていた連中が就寝した頃合いを見計らって襲いかかってきたのだ。
いけ好かない冒険者がゲストだから、手綱を握るのは自分達兵士達だと強行手段に打って出て、火を焚かずに道ばたで野宿を敢行した結果がコレ――――。兵士達が嫌いな冒険者一行を守ろうとしているのは、王が召集したゲストだからという単純な理由ではなく、彼らの忠告を無視した後ろめたさや後悔なども起因しているだろう。
「クソッ……来るならいつでも来い……!」
「いいや来るな、できれば来るな!」
「クソッ、こんなハズじゃ……」
――――最も、今はそんなの考えていられる余裕など皆無だろうが。
そもそも、エンハンス~レッドバリまでの道中に出現するモンスターのランクは、F~Eランクの低ランクと相場が決まっている。例え夜であったとしても、その程度のモンスターならば襲われても返り討ちにできるだろうという奢りや慢心が彼らの中にあったのも確かだ。
彼らは、騎士学校において勉強やマナー作法などに留まらず、常日頃から厳しい訓練に耐え抜き、時にはプライドをずたずたにされながらも全てに打ち勝ってきたエリート精神があった。
だが、深夜というコンディションに加え、木々が密集したフィールドではあちらに分がある。おまけに兵士達が本来相手にすべきは「モンスター」ではなく「人」。彼らも軽い実地訓練などでモンスターと戦った経験はあるだろうが、モンスター狩猟が本業の冒険者と比べれば無いに等しいだろう。
そうでなければフォレストウルフ相手にここまで手間取ることもないし、そもそもフォレストウルフの群集に出くわさずに済んだのだから。
「……ま、誰だって失敗はするもんさ。今はそういうことにしてさっさと助けに行こう」
「ふーん……お兄ちゃんは甘いねー」
「だってよぉ、ここで兵士を責めてもしゃあねーべ? んなことしてる暇があったら一匹も多く退治しねーと事態は好転しねーよ」
「じゃあお兄ちゃん、私は先頭車両の兵士さん達の援護に行ってくるね!」
「頼んだ! 俺もこの二人起こしてから行くわ!」
《サポートマスタリー》のリリーは、補助に特化した魔法を使える――――という体で冒険者として振る舞っていた。彼女が本気を出せば低ランクモンスターなど造作もないだろうが、彼女の能力の高さが不審に思われてしまうだろう。そうなれば、セノディア達がリリーを庇ってきた意味が無くなってしまう。
だから彼女は、あえて《魔王》の本気を出さず初歩的な《補助魔法》を携えて兵士の援護に向かった。
「クアアアァ……」
間延びした欠伸がキャリッジの中に響く。それは今も寝ている二人ではなく、壁にもたれかけたショルダーバッグからだ。セノディアはバッグを引っ掴んで中を覗いた。
「クロエちゃん、シーッ……」
「クウルルゥ……」
『グルーガスの酒場』に寄ったのはユニに別れを告げるためでなく、彼女を連れてくるためでもあった。人語を完全に理解しているクロエは了承したように小さく嘶く。
「もしもクロエちゃんが食われそうになったら、その時は好き勝手暴れていいからな」
「クアッ!」
「よーし良い子だ」
セノディアは頭を人差し指で軽く撫でると、クロエは嬉しそうに頬を指に擦り付けた。




