狼と狗(1)
兄が出奔してから百姓としての道を歩むことを余儀なくされたセノディアにとって、兵士だの騎士だのという《国の兵》に括られる職種は興味の対象外であった。最も食指が動かされる『冒険』とは対極の位置にあると考えているからだ。
「クッ……このッ!」
彼らは基本的にモンスターと戦わない。そちらは冒険者に任せっきりで、彼らは『人』を相手にするのがメインだ。犯罪を取り締まり、治安の維持に務め、貴族や王族の命令に従い動く。戦争が起これば、時に攻め、時に守る。国の要であるものの本質は『静』。
自由気ままにクエストをこなす『動』が根底にある冒険者とは対極的存在――――。
「ハァッ!!」
「ギャインッ!」
上からの命令が無ければ動かない典型的な受動的な職種。
市民からすれば、モンスターを退治してくれる冒険者と並んで有り難い存在なのだが、どれだけ体を鍛えても、どれだけ勤勉で賢くても、国から頼られなければ何もしない。事件がなければ動かない。襲われなければ訓練の成果を奮う機会もない。また集団で動くことが美徳であり理念なため、個人の判断で自発的に動こうとすれば内部で煙たがれるだろう。
「隊長はどうしたんだ!?」
「反対側の群れをベッティを連れてたった二人で対処しに行ったぞ!」
「マジかよ!?」
キチンとした命令を下されればテキパキと行動するのだが、それがない場合、どうなるのか――――。
「クソッ、動けない者を庇いながら下がれ! 急げ!」
「ダメだ! 数が多すぎる!」
「えぇい、あまりにも暗すぎる! 明かりは誰が持っていた!?」
「お前が持っていったんじゃないのか!? 少なくとも俺は見ていな――――」
「グアアアゥッ!!」
「うわああぁッ!」
兵達は今、本来戦うべき『人』ではない『モンスターの集団』に襲われていた。てんやわんやであちらこちらから悲鳴が起こり、慣れないアドリブに対処しきれないままに――――。
◇
月は雲で隠れ、闇の帳が落ちている。
「んんぅ……」
寝起きのセノディアは寝惚け眼の目を擦った。
「セノォ……そこはダメだよぉ……。僕……おかしく……むにゃむにゃ……」
「スゥ……スゥ……」
隣ではモミジとアトリアが、セノディアを挟むようにして寝ていた。
リンハンスからレッドバリまでは丸一日かかる。陽の高い間にリンハンスを出たにも関わらず、道のりは半分を過ぎたばかり。今日中にたどり着けないと察した兵士達は、ここで一夜を明かすことにしていた。
彼らが乗っている馬車は『キャリッジ』と呼ばれ、二頭の馬で荷車を牽引する四人乗りの大型馬車だ。一般的に知られている『キャラバン』のような幌馬車ではなく、ドアを閉めきる密室タイプである。しかし一般的な馬車とは違い、馬車馬は《補助魔法》で強化され、たったの一頭で車両を牽引することを可能にしていた。しかも車両は通常よりも大きなサイズに改造されており、積載量も上がって、内部は我々がイメージするよりも広々とした空間になっている優れものだ。
馬車の数は全部で三両。それぞれ20mほどの車間を保って停車している。
また、キャリッジには無駄を省くように様々な仕掛けが施されている。座席は折りたたみ式でコンパクトに畳めるようになっているし、向かい合う座席の間に設置された衝立も外すことができる。組み立て式の机も座席の下に収納されているので邪魔にならない。こうすれば奥行きのある広々としたスペースが生まれ、綿や布など軽い物がいっぱい入るため緊急時の物資運搬にも使えるし、馬を休ませて休憩を取る際は床に布などを敷き、寝転がって睡眠を取ることもできるという優れものだ。
現に今も、冒険者と兵士達は快適な就寝を送れていた――――はずだった。
「ふわぁ~……。何だ……まだ真っ暗じゃないか……」
外から響き渡る喧騒は馬車の中まで響き、深い眠りに就いていたセノディアの目を覚まさせるまでに、騒々しさを増していた。
彼らの起床が遅れているのは睡眠不足が原因ではない。では何かというと、彼らが普段から寝ている場所にあった。夕方から明け方にかけて解放される酒場の二階を間借りし、寝泊まりしていたため、陽気な声や食器の音などの騒音にすっかり慣れてしまい、ちょっとやそっとの音では目覚めない体質になりつつあった。今も彼の両サイドでは、モミジとアトリアがスヤスヤと眠っていた。
「おはようセノディア、随分気持ちよさそうに寝ておったのぅ?」
「あ、リリー……おはよ……」
唯一、異変を敏感に感じ取った魔王様だけが目を覚ましていた。
「何か……騒がしくない?」
「気にせんでよい。外で阿呆共がモンスターに襲われとるだけじゃ」
「ふーん。……え、マジで?」
「マジじゃ」
セノディアは馬車の扉を開く――――。
「――――オオオォォォッ!!」
「グルルルルルゥゥ……」
するとそこには、威勢良く声を上げて槍を振るう兵士と、牙を剥きだし、喉を唸らせ、今にも飛びかかろうとしている一匹の狼がいた。




