しばしの別れ(2)
王都レッドバリは、王領モリノティスの『首都』でもある。『王都』の名前通り街中に城を抱えており、また勇者がホームとした街でもあるため、その二つを中心にした観光名所が多数あることでも有名だ。
一方で、観光客よりも商人達が集うことで話題に上がることが多い。
王都は盆地に建てられた内陸都市であるため諸外国との直接的な交流は少なかったものの、勇者の助言によって山脈各所に交易を重視した道路が整備され、今では商業面でも大きく賑わったことが商人達の集う要因だ。方々から色んな商品が入荷され、モンスターと戦う冒険者にも需要がある。
そんな王都に連れていってもらえるとなれば、冒険者ならば誰しもが二つ返事で行きたがるだろう。
「うーん……行きたいんだけどなぁー……。こっから遠いしなぁー、面倒くさいし」
しかし、セノディアは渋った――――。
確かに道路が整備されたがレッドバリとモリノティス間の道のりは険しく、平原を三つ、山脈を一つ、森を一つも越える必要がある。いくら王命とは言え渋るのは仕方のないことなのかもしれない。
だがそれは建前であり、彼の本音は違った。
飛竜と戦うハメになった中性的なあの声に逆らったときと同じだ。セノディアは齢17歳。まだまだ子供であり、兄が家を出て行ってしまい実家を継がされかけて好きな事ができなかった。思春期に抑圧されたが故に遅れてやってきた反発精神が一部を占めていた。それに加え、彼が元から持っていた天の邪鬼さが相まって思わず口にしてしまったのだ。
「……君たちに直接伺いも立てず、唐突に来てしまったことは申し訳なく思っている。だが、このままだと私が来た意味が無くなってしまうんだ。頼む、この通りだ。王都に来てくれないか……?」
しかし彼女は、外で待ち惚けを食らう兵士達と比べて腰の低い人間だった。再三お辞儀をし、何とか来てくれないかと懇願する。
「もうセノ、この人困ってるよ! 僕たちになら良いけど初対面でイジワルするのはダメだって!」
本当に困っていると声色で察したアトリアは共感を覚え、わざとらしく苦い顔をしたセノディアにぷりぷりと怒った。彼女もセノディアにこうした態度を取られたのは一度や二度ではないからだ。
「あ、いや、その……すいません。今のはちょっとした出来心で……」
セノディアとしても、こうも誠意ある対応をされてしまうとむしろ申し訳なさが先行してしまい、王都に行く以外の選択肢が無くなってしまった。アトリアがあちらサイドに味方するのなら尚更だ。
「ちょ、ちょっと待っててください……。アトリアはまぁ行くとして、二人は王都に行く事になっても良いか?」
「わ、私はセノディアさんに着いていくだけですから……セノディアさんにお任せしますけど……」
「私は賛成! 大賛成!」
針のむしろのような思いをしているシュゼットを前に込み入った相談はできない。セノディア自身も注目の的になっているし、表には兵士達も待たせている。セノディアはシュゼットに味方するアトリア以外のパーティメンバーから二言三言で了承を得ると、彼女に肯定の意を込めて頷いた。
「じゃあ行きますけど……ちなみに、どれくらい王都に居ろって?」
「君達の任意の日数分滞在するといい。路銀は勿論、宿泊費もこちら持ちだから金銭面は気にしなくていい」
「おぉ」と、周囲で聞き耳を立てていたギルドの面々は唸りを上げる。
王都の一般的な宿に泊まるとしたら、食事抜きの一泊でも750Gはかかる。格安と言うことで新米冒険者一行が泊まっている『グルーガスの酒場』が50Gなので15倍だ。金銭面をあちらが負担してくれるというなら、それ以上の高価な宿に泊まることもできるだろう。
「本当ですか!? それは凄いですね! セノ、もう行くしか無いって!」
「わーい太っ腹ー! やったねモミジちゃん!」
「わ、わーい……!」
(益々なんの用事なんだよ王様よぉ! ぜってぇリリー絡みだろなぁ!?)
パーティメンバーが喜ぶ中、セノディアだけは不信感を拭いきれずにいた。
至れり尽くせりらしい道中に加え、王都での生活すら面倒を見てくれる好待遇などどう考えても裏があるだろう。セノディアは王様からどのような無茶な要求をされるのか想像し、キリキリと胃を痛めていた。
(何で喋っちゃうのよー! もうッ……!)
それと同時に、ここまで事を荒立てないようにと細事を内密にしていたフェリシーもまた、連れ去られたセノディア達に関する憶測の風聞が流れるであろうことに頭を痛めていた。
「……一度、僕らが拠点にしている宿屋に戻って荷物を纏めてもいいですか?」
「構わない。では行こうか」
「……ッス」
セノディアはすっかり気落ちし、気の抜けた返事が洩れてしまう。
「良いなぁあいつら……」
「王都で飲み食いなんて俺達には一生縁が無いだろうぜ」
「今からアタシもアッチのパーティに入らせてくれないかなァ……」
こうして新米冒険者一行はギルドの面々に羨ましがられながら、ギルドの外に待たされていた近衛兵達と合流し、彼らに案内されて馬車へと乗り込んでいった。
それを見届けたシュゼットはギルドの入り口に立ち、冒険者達に向けて腰を曲げた。
「……では私もこれで失礼する。最後に、騒がせてしまい、本当に申し訳なかった」
最後まで律儀を貫き通したシュゼットに清々しさを覚えた冒険者達も、それに釣られて軽く会釈する。先ほどのことは水に流してもいいだろうと誰しもが思ってしまう振る舞いだ。
かくしてシュゼットは立ち去ろうとした――――。
「ちょっとシュゼット!」
が、冒険者達が彼女に対して好感触になりつつある中、セノディア達がいたギルドカウンターとは反対側のカウンターから、野次馬の間をかき分けてズイと前にでる者がいた。
「お前は――――」
それを見たシュゼットは言葉を失う。
「お前は……そうか……そうだったな……。すっかり忘れていたよ、ここにいるんだったな……」
「そうだよ。やっぱり忘れていたんだね」
年齢の割に垢抜けていない少女のような可愛さを振りまくフェリシーと違い、妙齢で大人の女性の色気を放つ、姉御肌気質で人気の高い上級クエストの受付お姉さん『スカーレット』だった。
近衛兵の隊長を呼び捨てで引き留めるのを見るに、誰しもは二人が旧知の仲であることを察した。
「……込み入った話は抜きにして、これだけは覚えておいて頂戴。あの子達はギルドの新入りで、まだまだ世間知らずだけど、今時珍しく礼儀正しい向上心のある《冒険者》なの。王都で働くお前に頼むのはお門違いかも知れないが、あの子達を守ってやってくれないか」
「……」
振り向かず、背中でスカーレットに返事をしたシュゼットは、無言のまま凛然と馬車に乗り込んでいった。
「……頼んだよ。シュゼット」
それを肯定であると正しく受け止められたのは、彼女と付き合いの長いスカーレットだけだった――――。
◇
「あ、お帰りなさいセノディアさん――――。その人たちは……?」
「ユニちゃん、俺達王都行くからしばらくここ空けるね。ちょっと荷物置いてくけど、もし俺達が泊まってる部屋に泊まりたいってお客さんが来たら遠慮無く泊めてあげてね。あぁ、あと部屋キープのお金もちょっと多めに渡しとくわ。これで勘弁してくれな」
「えっ……えっ……? モミジちゃんも……?」
「うん」
「――――!」
『モミジを可愛がるという』唯一の癒しを奪われたユニは、終末を告げるラッパを目の前で吹かされたに等しく、声にならない悲鳴を上げた――――。




