しばしの別れ(1)
「あれ……ねぇセノ、なんかあの人だけコッチ来てない?」
「ギルドに何しに来たんでしょうか……?」
騒動をギルドの内側から窓越しに見ていたアトリアとモミジは、オレンジのマントを棚引かせながらギルドへと入ろうとしている隊長が、迷うことなく自分達のいる初心者カウンターに来ているとセノディアに伝えた。
「マジかぁ……。俺、準備すらできてないんスけど」
「恨めしそうに私を見ないでください。私だって今朝知ったんですから」
フェリシーは自分に非が無いので澄ました顔をしている。ジト目かつ渋い顔で彼女を見ていたセノディアは、諦めたようにパーティの面々に向き直った。
「お兄ちゃーん、さっきからフェリシーさんと何の内緒話してたのー?」
リリーがグイグイとセノディアの服を引っ張りながら早く話すよう急かす。
「……あの人はお迎えらしいよ、俺達の」
「「お迎え?」」
「お兄ちゃん、お迎えってどこ行くの?」
「……王都だってさ」
「「《レッドバリ》!?」」
「しかも王から直々の召集らしい」
「「王様からの!?!?」」
「わぁ凄ーい! 私王都って行ってみたかったのー!」
「ちょっとセノ、僕聞いてないんだけど!」
「あわわわ……。私こんな衣装で大丈夫でしょうか……浮かないでしょうか……お上りさんだと思われないでしょうか……」
「俺だって聞いてねぇんだよ、ついさっき知らされたの! あぁモミジはそのままゴスロリで大丈夫。多分俺らの中で一番お嬢様っぽくて馴染むだろうから」
「本当ですか……?」
「本当本当。可愛い可愛い」
仲良くハモってあたふたするアトリアをモミジと違い、リリーは自身が魔王という事も忘れ、王に呼び出された理由も考えずに嬉しそうにキャッキャとはしゃぐ。
彼女が喜んでいるのは演技ではない。
リリーは自分が封印されてからの、空白の500年間を知りたかった。
最終決戦から勇者のパーティはどうなったのか、王を失った魔族達はどこへと行ったのか、世界の情勢はどう移り変わったのか。それらの知識がなければ、昔の価値観しかもたないリリーがこの世界の社会に溶け込み馴染むなど不可能だからだ。
しかし彼女が所属するパーティメンバーは、勇者のパーティに関しては御伽噺程度の知識しかなく、世界情勢には微塵も興味をもっていなかった。レギナルドらのように仲の良い冒険者や、フェリシーらギルドスタッフからも聞き出せたが、満足のいく話ができたのは極僅かだった。
ならば自ら調べるしかないのだが、この町では限りがある。
リンハンスは王都の隣町なため教養のある人間も多いのだが、主に製造業で成り立っている町である。故に、町民は『昔より今』が大事なのだ。「どこどこで取れるまるまるが高騰している」とか「かくかくしかじかで近い内に新興勢力が生まれる」とか、現状の世界情勢や物価の変動に詳しいものの、勇者と魔王の戦争に対する正しい歴史認識が乏しい。
そこでリリーが目をつけたのが、王都レッドバリにある『王立図書館』だ。ジャンルを問わず、世界ほうぼうからありとあらゆる書物を集め収めた王立図書館ならば、失った500年の情報も保管できるだろう。身分の証明さえできれば誰でも閲覧できるので、バッジを取得し冒険者となったリリーなら余裕で館内に入れることまではフェリシーから聞き及んでいた。
そこまでは思いついていたのだが、どうやって王都に行くか目処が付かなかったのが彼女の頭を悩ませていた。そんな矢先にこの僥倖。乗らない手はなく、一人だけはしゃいでいたのだった。
「失礼」
慌てふためいていた新米冒険者一行はハスキーボイスにビクッと体を震わて驚く。鎧特有の金属同士が擦れるの音も立てず、いつの間にやら隊長は彼ら四人の背後を取っていた。ギルドはいつもの喧騒も控えめに、みなが隊長とセノディア達に注目している。だが先ほどの一件もあり全体的にピリピリとしたムードだ。
「不穏な動きを見せたら……――――」
「分かってる……――――」
初心者カウンターと間逆の方向にある酒場では、椅子に腰をかけたシュージェとレギナルドが小声で密談を交わしている。二人は武器を手に、何時でも緊急事態に対応できるよう備えていた。他の冒険者もまた、事の成り行きを敵愾心を隠さず見つめていた。
「入って左手のカウンター前に、黒髪の男と幼子が二人……ロリコン……。君がセノディアだな?」
騎士は新米冒険者一行をしげしげと見つめると、セノディアにズイと歩み寄った。高まるギルドの注目度に、セノディアは恥ずかしそうに髪の毛を掻き上げた。
「まぁそうですけど……。ロリコンというか、後半の判別方法はちょっと誤解を招きそうな……」
「私は第11代モリノティス王直属部隊、近衛兵のシュゼット・メーラだ。君たちを、レッドバリまでの護衛の任を王より仰せつかっている。以後お見知りおきを」
シュゼットは名乗りを上げ、背筋正しく一礼。
「――――」
周囲の冒険者は息を呑む。
やはり腰は大きく曲げられなさそうだったが、先ほどシュージェに侘びた礼とは別。明らかに『挨拶』と『謝罪』を意識して分別した礼儀作法によるお辞儀だ。
指先や足元の運びに、しなやかな体つきからは身分の高い令嬢らしさを匂わせながらも、男女問わずうっとりさせるような気品溢れる佇まいにハスキーで凛とした声色は、彼女を女性ではなく『近衛兵』であることを否応なしにインプットさせられてしまう。
また、『騎士』ではなく『近衛兵』と名乗ったことも言葉を失った大きな理由だ。騎士というのは名誉爵位であることに違いないのだが、その中でも更に選りすぐりのエリートだけがなれる存在が近衛兵という最上名誉爵位に選出されるのだ。その証拠と言わんばかりに、オレンジ色のマントが空いた扉のすきま風に吹かれてパタパタと揺れた。
「メーラさんですね、どうぞよろしくお願いします」
「は、初めまして!」
「ど、どうも……」
「こんにちは、メーラお姉さん!」
しかし教養のないセノディアと、名誉爵位など歯牙にも掛けない《魔王》は普段と変わらず、テンパってるのはアトリアとモミジだけだった。二人はそれなりの教育が行き届いているため彼女の位の高さから緊張しているのである。
「早速で悪いが事情は説明されているな? 早速だが、我々に着いてきてもらおう」
「え、あ、はい……。何が何やら分からないけど、行こうセノ」
情報が伝達しているだろうことをシュゼットは知っている。有無を言わさずに新米冒険者一行に外へ出るよう促すと、アトリアは素直にそれに着いていこうとした。
「えぇーどうしよっかなぁー……」
――――が、セノディアはわざとらしく渋った。




