確執(2)
「さぁ、さっさと選択しろ」
シュージェは気怠げに迫る。
「――――ッ!」
兵士達の間に緊張感が走った。いくら言い合いをしていた男に注意を割いていたとは言え、静まりかえった空間の中で人間が動く気配など微塵も感じなかったからだ。
「武器を捨てるか、このまま刺されるか、二つに一つだ」
「シュージェ……」
男は安堵した表情で切れ目の青年の名を呼んだ。
セノディア達新米冒険者一行を特に輪をかけて可愛がっている、ハゲがトレードマークの冒険者・レギナルドが所属する、伝統あるパーティ《5th MAD》。その五代目リーダー――――シュージェはグリグリとダガーを押しつけて戦力放棄を促す。
「いやいやリーダー、そこは俺じゃなくて『俺達』でしょう」
彼の隣には、同パーティメンバーの副隊長・レギナルドが別の兵士の首元に剣を沿えていた。今や兵士に敵意を剥き出しにするのは一人や二人ではない。ギルドの中から、或いは外から、一様にして敵意が放たれている。
身の丈以上もあるハンマーを今にも振り回さんとする者や、杖を手に魔法を放とうとする華奢な魔術師。ごつい籠手を装備しファイティングポーズを構える獣人族に、弓に矢を番えて後は手を離すだけという赤髪の女など、青年の一声でどちらにも転ぶような一触即発の状況となった。
「なぁシュージェ、コイツら王都から来た兵士なら騎士学校卒のハズだろ? 本当に騎士学校に通ってたのか? マナーがなっちゃいねぇな」
「言ってやるなレギナルド。コイツらが学んでるのは見下し方だけだ。振り上げた拳の降ろし方なんて知らないんだろう」
「……お前達にマナーや誠意など不要だ。そもそも下賎な輩に謝る術も道理も無かろう」
「アホかお前は。相手が下賎だろうがなんだろうが、王都の兵士が挙って、しかも初対面の人間相手に威圧的な態度で恐喝してる時点で程度が知れるっつってんだよ」
「我々は見下していない、哀れんでいるのだ。モンスターにしか実力を示せない冒険者とは名ばかりの『崩れ者』をな」
「おーおー言ってくれるねぇ……。戦争が殆ど無い平和な世の中で、実戦経験がネズミの糞ほどしかねぇ内弁慶共がよぉ」
売り言葉に買い言葉。ヒートアップしていく罵り合いに終わりはないかのように思えた。シュージェも兵士も、お互い握る武器に力が入る。いつ爆発してもおかしくない空気に、誰もが固唾を呑んで見守っていた――――。
「よせ、お前達!」
一台の馬車が遅れて到着し、中から響く若年男性のようなハスキーボイスがその場を制した。
次いで馬車の扉が開け放たれ出てきたのは、他の兵士同様フルアーマーに身を包んだ人物だった。顔立ちはフルフェイスで不明瞭だが、胸部に厚みのあるプレートアーマーに、フルフェイスに収まりきらない赤みがかったロングヘアーから中身は女性だということが推察できる。
一方で背丈は一般成人男性よりも一回り大きく、また襟元には他の兵士に無い、近衛兵の証である、槍と剣がクロスされた紋章が縫われたオレンジ色のマントを棚引かせており、言い争いをしていた兵士とは別の存在感を際立たせていた。
「武器を降ろせ。今すぐだ」
「ハッ、隊長」
鶴の一声により兵士達は槍を降ろした。
「ったく、犬は最初から尻尾だけ振ってりゃいいんだ」
円の中心部で武器を突きつけられていた男は、すんなりと命令に従う兵士達を一瞥し、悪態を吐きながらギルドの中へと姿を消していった。
「最初からそういう教育を施すよう王に進言してくれ。我が国が誇る王都騎士学校卒の兵士が聞いて呆れる」
「……済まなかった」
隊長は鎧のせいで腰を大きく曲げられないが、それでも申し訳なさそうに前屈みの姿勢で謝罪した。
多少の誠意が感じられる謝罪に溜飲の下がった切れ目のシュージェは、兵士の鎧の隙間に突き立てていたダガーを引っ込めた。それに伴い、他の冒険者達も武器を降ろす。
「相変わらず王都の兵士ってのは面倒だな……。行くぞ」
シュージェが合図してギルドの中へ入っていくと他の冒険者も呼応し、ゾロゾロとギルドへ消えていった。『パーティ』という一つのグループとして戦い抜いてきた経験もあり、統率力という観点を鑑みるならば冒険者サイドも兵士達に引けを取らないことが一目で分かる。もしもあの場で男を傷つけたらどれだけの報復が待ち受けていたかは、想像に難くなかった――――。
「……さて、お前達」
事態が収束したのを見届けると、隊長と呼ばれた人物はは兵士達に向き直り、兜越しでもくぐもることのないハキハキとした声で説教を始めた。
「王都を離れたら身勝手な行動はよせと伝達したつもりだが?」
それに一人の女性兵士が食ってかかった。
「……隊長、『崩れ者』は我々兵士一同にとって看過できない存在であります。我々が血の滲む思いをして手にした《マスタリーシステム》を彼らは何ら努力することなく手にしています。特に王都の冒険者は我が物顔で――――」
「黙れ。ここは王都レッドバリではないし、騎士学校でもなければ王の御座す城でもない。『郷に入っては郷に従え』、かの勇者が残した諺だ。リンハンスに来たからには、リンハンスの兵士や冒険者には謙虚であるべきだ。ここにいる限りは『崩れ者』呼びも控えろ」
「しかし隊長――――」
「シア、我々はチンピラか? それとも犯罪者か?」
「いいえ、違います」
「ならばこそ誇りある行動を心がけろ。ああなる前にな」
そう言い隊長は、ギルドとは反対の方向を顎でクイッと指した。兵士らは全員その方向を見やる。
視線の先はギルド前の広場。メインストリートに面しており、民家も多く建ち並ぶ町の中心地。
その目に映ったのは、王都からやってきた兵士に対して畏怖・恐怖の感情を露わにする子供達。一挙手一投足をおっかなびっくり遠巻きに見つめる露店商売に励んでいた大人達や、巡回していた地元のリンハンス兵――――。
「……ッ!」
あろう事か、善良な市民達を守る役目を担った兵士達が、悪い意味で刺激していた。それに、我々と同じ立場であるはずのリンハンス兵までもが目を丸くしてすわ何事かと事の成り行きを見守っていた。
「民を守るハズの我々が脅かしてどうする。各自反省しておけ。いいな」
『……ハッ!』
兵士達は隊長の叱咤に、ピンと正しく背筋を伸ばし声を揃えた。
「よろしい。では……これから私はギルドへ入るが、あんな事があった後だ……。ヘタに冒険者を刺激したくない、皆はここで待機だ」
「隊長……くれぐれもお気をつけて。冒険者は危険な存在です」
「重々承知の上だ」
隊長は頷くとオレンジ色のマントを翻し、先ほどの喧騒など微塵も気にする様子なくギルドの中へと入っていった。




