確執(1)
スキルや魔法に必要な詠唱をスキップでき、なおかつ消費する魔力を大幅に減少させられる《マスタリーシステム》――――。その恩恵を受けているのは冒険者だけではない。国に仕える兵士――――それも騎士学校を卒業した、将来有望な兵士にも《マスタリー》が授けてられている。(主に《ソードマスタリー》や《ランスマスタリー》が中心だが)
そのため、名門と呼ばれる貴族達は自分達の地位を維持、または向上すべく、《マスタリー》を取得し、騎士の称号を得た優秀な人間を我が家から輩出しようと有名な騎士学校に通わせている。資産の一部を養成学校に寄付することでコネを作る努力も怠っていない。そのせいで一般市民の教養が行き届いていないという側面もあるのだが、それはまた別の話。
一方で、《マスタリーシステム》を簡単に手にできてしまう冒険者は国の兵士から疎まれ、見下されている傾向にある。町の市民からはモンスター退治の便利屋さんとしか思われていないが、教育を施され、過酷な訓練を積んでいる兵士からしてみれば、ただギルドに加入するだけで《マスタリー》を取得できてしまう冒険者に対して、「腐肉に群がるハイエナ」や「勇者が遺した唯一の負の遺産」など、彼らからの評価は散々だった。
――――そもそも冒険者を蔑む態度は遡ること遙か昔、勇者と魔王が戦っていた頃からずっと続いていた悪習慣だ。
どこの誰とも分からないポッと平民らしき人物が、《勇者》と呼ばれ市民や王族に担ぎ上げられ、本当に魔王を打ち倒してしまい、やがてモリノティス王領のシンボルにまで登り詰めてしまった。
勇者は輝かしい人生を謳歌していたが、地方などでモンスターや魔族の軍勢と戦っている兵士は二の次、三の次。兵士達がいくら修羅場を潜り抜けようと勇者の陰に埋もれて歯痒い思いをしてきたのだ。
勇者と呼ばれる小僧は王から労われ褒めちぎられ、市民の語りぐさになり、吟遊詩人も彼をテーマに謳う。陽の目を浴びるのは何時だって彼ら勇者一行――――。
勿論、兵士達に守られた国の王様や市民達は彼らに対して感謝を怠ったことは無い。無いことは無いが、勇者達は格別――――。何故なら彼らは国を――――いや世界を救った『勇者』だからだ。
平民出身で兵士に志願した者はまだ良かった。彼らは皆、誰かに認められたくて兵士や騎士になったのではない。大切な人を、家族を、土地を守れればそれでよかった。
だが、貴族出身で将来を期待されていた兵士達は違った。手柄を立てて、《騎士》や《近衛兵》といった名誉ある称号を賜ることで実家に貢献しようと画作していた者が大半を占めていたからだ。彼らにとって八面六臂の活躍をする勇者は目の上のたんこぶであった。勇者の功績を鑑みれば違いが出るのは当然と納得する者もいたが、大半は勇者への不満と正当な評価をしない王や市民に対する憤りであった。
そうしたどす黒い感情は歳を重ねれば重ねるほど積もり積もって、そう簡単には凝り固まってほぐれなくなる。ほぐれなければ当然、その教えを受ける後輩の兵士にも影響が出る――――。
本人にそのつもりは無くとも言葉の細事に恨み節が出てしまい、それが無意識の内に教えを受ける側にも勇者に嫌なイメージがついてしまう。
そして、最終的に魔王との決着を付けた勇者が《マスタリーシステム》を王族・貴族の独り占めにするなと喚き、唯一国に仕える者以外にも保持が認められた『冒険者』を嫌悪するのは至極当然の流れであった。
長々と書いたが、つまり掻い摘むと――――
「いつまで入り口占拠してんだ。邪魔だぜ」
「……」
「聞こえてんのか、通れねぇっての。左右どっちかに動いてくんねぇか」
――――兵士は、とかく冒険者を毛嫌いしていた。とある理由から、王都レッドバリの兵士は特に、だ。
クエストを受けるためにギルドの赴いた冒険者の男は、ギルドの出入り口を封鎖している甲冑の兵士を鬱陶しげに手で払う。ギルド前の広場にやってきた馬車から降りた兵士だ。
しかし無言――――。フルフェイスで表情は伺えなかったが、
「隊長はまだか?」
「あぁ、町の入り口でもたついてたから大方商人やら冒険者を優先させてるんだろう」
周りの兵士達も冒険者の男を無視していた。それが意図的でやっていることは明白だった。
彼らは馬車でやってきたのだが、隊長の乗っている馬車だけ遅れてしまっており、現在はギルド前で隊長を待っているという状態だ。
ギルド施設の前には広場が設けられており、ベンチなども設置されて小さな憩いの場として市民達にも愛用されていた。それが今では10人前後の兵士達が占拠し、また4割ほどのスペースを馬車が陣取ってしまい、市民達は気味悪がって誰一人として近づこうとしていなかった。
「おい」
ただし、冒険者だけはホームなため強気に出られた。無視された冒険者の男は兵士が退くのをジッと待つが、無視されて微動だにしない兵士に苛立ちを募らせて語気を強める。
「邪魔だっつってんだよ、さっさと退けや!」
「……ふん、ぎゃあぎゃあ五月蠅い。強い言葉で喚き立てば萎縮するとでも思っているのか?」
「なんだぁ……? やたらとけんか腰じゃねぇか兵士さんよぉ。テメェらがちょっと横に動けば済む話だろ」
「……」
「また無視かよ! いいからどけって!」
冒険者の男は兵士を力ずくでどかそうと腕を伸ばした――――。
「『崩れ者』風情が我々に触るな!」
「なっ――――」
瞬間、入り口を取り囲んでいた兵士達は一斉に槍や片手剣を男に向けた。思わず見惚れてしまうほどに統率の取れた動きだった――――。
素早く、かつ穂先・剣先は正確に男の喉元に突き立てられている。
「……なにしやがんだ」
男は冷や汗を垂らすが、その顔は恐怖ではなく怒りに満ちていた。
『崩れ者』という言葉が差別的な用語であり、主に兵士が冒険者を見下した時に使われる言葉であるから――――ではなく、ただ単に自分が舐められているというのが気にくわないだけだ。
「おい、馬車やら旗やらに刻まれた紋章……テメェら『王都の兵隊』だろ。一般人の殺しは御法度だろうが」
「お前達『崩れ者』は一般人じゃない、ゴミだ。処罰の対象にはならん」
「随分と言いたい放題言ってくれるがよぉ……ここはお前達にとってアウェーなんだぜ。それを忘れてもらっちゃあ困る」
針のむしろになった男の言うとおり、ここは彼が所属するギルドの出入り口。『冒険者はゴミ』と一括りにされてしまえば黙っていられるほど、彼らはお人好しでもなければ気の長い方でもない――――。
「そういうことだ。俺達を舐めてると痛い目見るぞ」
ドスの利いた低い声が空間を支配する。全ての兵士が固まった。
言い合いをしていた兵士の背後に切れ目の青年が忍び寄り、ダガーを甲冑の隙間に突き立てていたからだ。




