名指し(2)
「あの、どうしても王都に行きたくないんですか……?」
「んなのいきなり言われても戸惑うじゃないですか。ちょっとくらい悩ませてくださいよ」
フェリシーは精一杯のスマイルでお願いするも、セノディアは両手を挙げて拒否した。
ここでセノディアが王命を断ってしまうと、彼をギルドの一員にしている『黒骨の集い』も何かしら処罰が申し渡される可能性がある。
ギルドマスターのダフトは王領モリノティスにおいて指折りなAランク冒険者である。そんな彼がトップを務めるギルドが、所属している冒険者の不敬でギルドそのものが罰せられるとは考えられない。しかし万が一、億が一にも可能性は捨てきれない。今この時この場においてセノディアは、ギルドマスター以上に『黒骨の集い』と一蓮托生の立場だった。
「まぁ100歩譲って行くにしても……リリーは置いてっていいですよね? あいつまだ世間知らずだから絶対何かやらかしますよ」
「そうでしょうか。リリーさんは自由奔放で天真爛漫ですが礼儀正しいですし、そこまで大問題を起こすようには思えませんが……。それに、モミジさんとは別の意味で癒される子ですから、王様も多少の無礼は目を瞑ってくれるかと思いますよ? モリノティス王は王族にしては珍しく、器の大きい御仁で有名ですから」
「ふーん。……いや、じゃあそんなに器が大きいなら行かなくても処罰されないんじゃないですか?」
「いやそれとこれとは別問題ですって。行かない場合は不敬確定になりますから、ある程度の罰は覚悟しなければなりません。しかし逆に王命に従うことで誠意を見せれば、多少のお目こぼしはされるでしょうし……」
「いやー、でもリリーはまだ小さいから、王様がよくてもリリーがビビっちゃうかもなぁ……」
尚もセノディアは、リリーだけは絶対に王都に連れて行くまいと食い下がった。
リリーは《魔王》だが、それを知るのはパーティメンバーだけだ。
彼女は素性を偽ってセノディアの妹と名乗り、彼らのパーティに仲間として『黒骨の集い』所属の冒険者になっていた。一ヶ月も経つのにセノディア達のパーティがGランクとして停滞しているのはこれが原因だった。
まずはリリーの身なりを整えるためにお金を貯めるべく、ランクの昇級クエストは先送りにして金策中心のクエストに走っているのに加え、500年前には無かったが現代で普及している日用品などを買い与え、今の世の中に慣れさせるために奮闘していたからだ。
彼女が『人間』であることに含みをもたせるため、本来は必要としない《マスタリー》をカモフラージュとして取得させたりもした。彼女は《サポートマスタリー》という、補助系のスキルに特化した《マスタリー》を選択したのだが、本来は世界中に喧嘩を売った魔王を倒すために女神様から授けられる力なのに、討伐される本人が女神の啓示を受けられるのはどうなんだと内心で突っ込んだのも記憶に新しい。
ちなみに、リリーが加入した当初、褐色肌に白髪の外見があまりにも兄という設定であるセノディアと違っていたので周囲に根掘り葉掘り聞かれたが、それはワケありの妹として誤魔化しておいた。養子とか拾い子とか暗い生い立ちを並べ立てれば、それ以上彼らは追求しなかったからだ。
今では、見た目・年齢(14歳)共にガチロリなドワーフのモミジと二人で、ギルドの妹キャラ的な可愛がられる地位を確立している。
(……王様が俺達を呼ぶっつったら、リリーの件しかねぇよなぁ……)
とにかく、今回王様に呼び出されたのが《魔王》の件以外に考えられないので、彼女の素性を知っているであろう王様の前にむざむざ彼女を連れていく間抜けなマネはしたくない。十中八九、《魔王》を捕らえるべく罠や陰謀が張り巡らされてるだろう。
リリーは、スヴェンと差し違える気満々だったセノディアにとって命の恩人だ。彼女が《魔王》であることを周知されたくないのなら王命を断ることも厭わない覚悟だ。
「仮に……いいですか、仮にリリーが何もせず、何かやらかしたとしても王様が不敬を許してくれるとして、置いてって良いんですか? ダメなんですか?」
この質問には王様の真意を推し量る重要な意図が含まれている。
ここでリリーを連れてかなくて良いのならば王様が魔王復活を知らなかったことになる。セノディアの早とちり、勘違い、独り相撲で済む。
だが逆に、もしリリーを連れてこいと言うのなら――――。
「……実はセノディアさん単体ではなく、パーティメンバー全員に召集が……」
「うげぇ」
――――これでほぼ確定だ。《魔王》が復活し、それがリリーであると王様は何らかの手段で知ったのだ。
(……もしかして、アレか?)
セノディアはとある一つの謎を抱えて過ごしてきた。
《エクスプローラーマスタリー》も謎と言えば謎だったが、それとは別のもう一つの正体不明。
ハトラ洞窟に行くキッカケになったのも、リリーやクロエと会うハメになったのも、全ては彼の耳元で囁き誘った中性的な《声》――――。
(いや、それとも……)
確定はしたものの、それらは全て杞憂で、スヴェンの噂がたまたま王様の耳に入り、彼の妄言だったハズの《屍飛竜》との戦いを知った王様が気まぐれで将来有望なパーティを一目見ようと呼んだのか――――。
(……止めだ、止め止め)
あれこれ可能性を考え出せばキリが無い。どうにかしてリリーを王様に合わせないよう策を練るのが先決だ。
「よし! じゃあ断るのもアレなんで、一旦保留ってことでいいスか?」
「ダメです」
「えっ」
無情にも突きつけられる宣告に、セノディアは目を点にした。
「先ほども申し上げましたが、今日中にはここに迎えが到着する手筈です。すぐに出発する準備を整えた方が良いでしょう。ただ、パーティメンバーとお話するくらいの時間なら設けられるでしょうが……」
「マジ?」
「だからマジですってば!」
「今日中って大雑把ですけど、具体的に何時に着くんですか?」
「さぁ……?」
フェリシーが今日何度目かの首傾げをしたとき、ギルドの出入り口が俄にざわめいた。
「おい何だアレ……」
「ねぇちょっとあの馬車……剣と槍が重なってるんだけど、あれって近衛兵の紋章じゃないの?」
「本当だ……。てことはあの馬車に乗ってるの近衛兵って事か!?」
「近衛兵ってよっぽどの事が無い限り王都から離れないだろう。何だってこんなところに来たんだ」
「俺が知るかっつーの」
「あ、いた! セノセノ! ちょっとこっち来て!」
「セノディアさん……表が賑わっているのですが、何かイベントありましたっけ……?」
「お兄ちゃーん。私、お祭り見に行きたいなー」
隣の酒場でクエスト受領を待っていたパーティメンバー、アトリア、モミジ、リリーの三人は、三者三様の感想を抱いてクエストカウンターへと集まった。彼女達もギルド前で起こっている騒ぎを聞きつけて、セノディアを連れて野次馬に行きたいらしい。
「んだってんだよ一体――――」
こっちはお取り込み中で忙しいのと続けようとしたセノディアは、野次馬でごった返す入り口ではなく、窓ガラス越しにギルドの外を見てフリーズした。ギルド前のメーンストリートに面した土地は、何も建設せず公共の広場として解放しているのだが、そこには二台の馬車が停車しており、中からゾロゾロと甲冑に身を包んだ兵士が槍やら剣やらを手にして現れたのだ。セノディアの中で「カチリ」とピースが嵌る音がする。
「――――フェリシーさん、もしかしてアレが……?」
「あぁ、アレですね……」




