名指し(1)
「は!? 王が俺を名指しで召集!?」
「しーッ! 声が大きいですよセノディアさん!」
リンハンスの冒険者ギルド『黒骨の集い』でクエストを受領しようとしたセノディアはリアクションを抑えきれず、受付嬢フェリシーの言葉を復唱した。フェリシーは慌ててセノディアの口を塞ごうとカウンター越しに抑えようとするが届かず、豊満な胸がカウンターに押しつぶされただけになったが。
幸いにも、喋り相手は察しの良い人間で、それとなく口に両人差し指でバッテンを作り受付嬢を安心させる。
フェリシーは酒場やギルドの出入り口をキョロキョロと見渡し、特に彼の発言に耳を傾けている冒険者がいないのを見るとホッと胸を撫で下ろした。大体の冒険者は別の受付嬢と喋っているか、ここを素通りして酒場の方へと足を運んでいる。ここが新人の冒険者しか利用しないカウンターなのがラッキーだった。
「……で、今の話マジッスか」
セノディアはフェリシーに顔を近づけ、こそばゆくなるほどの小声で喋る。
「マジもマジ、大マジよ」
「えぇ……いや、そもそも何で俺が呼ばれたんスか……? だって俺、最低ランクの『G』ですよ?」
そう言ってセノディアは胸に着けている銅のバッジをグイッと見せつけた。彼が新人冒険者専用カウンターを利用している理由であり、未だに最低ランク『Gランク』である証だ。そんな彼が王命によって召集されたという事実が広まれば、そのことをよろしく思わない冒険者にケチをつけられたり、変な因縁をふっかけられたりする可能性もある。
そう懸念する原因は先日、彼が起こした騒動にあった。
このギルドに入るためには、本音偽らざる魔法が施された筆記試験をパスしなければならない。にも関わらず、新人冒険者狩りをして日銭を稼ぐスヴェンはスルーしてこのギルドに潜り込み、その後も弱者を罠に貶めて搾取していたという悪事が明るみに出たからだ。筆記内容に穴があったのか、それとも特殊な魔法で解除したのかは現在も取り調べの真っ最中だったが、その事実がギルド内で周知されると、所属する冒険者達は自分が疑われないよう不審な動きを控えるようになり、またお互いに若干の疑心暗鬼に陥ってしまっていた。
それゆえに、ピリピリとしたムードの中で王命によってセノディアが呼ばれるという、理解の及ばない意味不明な噂話が広まれば、それだけセノディアに対する他の冒険者からのマークが強くなる恐れがあった。そういう諸々の事情を含めて胸のバッジを見せたのだ。
「さぁ……。私もよく分かってないんです……」
フェリシーは首を傾げた。
「何でも、ギルドマスターに『セノディアという少年と会って話しがしたいから呼んでくれ』と秘密裏に通達が来たらしくて……。セノディアさんこそ心当たりは無いんですか?」
「いや、マジで何も無いんですけど……」
フェリシーを真似してセノディアも尤もらしく首を傾げて不思議そうにするが、それは至極偽りならざる『嘘』である――――。
実は一つだけ心当たりがあった。
王様が田舎の百姓出身駆け出し冒険者を呼び出す理由はただ一つ、《魔王》だろうとセノディアは目星を付ける。というかそれ以外にあり得ないだろう、と。
なにせ、ここ最近は復活した魔王様に現代の知識を教えたり、下着や洋服などの日用品を買いあさるために金策に走っていたので、武勲も手柄も立てた記憶はないのだから。唯一胸を張って自慢できる武勇伝があるとしたら、長年初心者御用達として親しまれてきた下級ダンジョンの『ハトラ洞窟』に、至聖所らしき謎の空間を発見したことくらいか。
ちなみに、飛竜をたった三人で倒したという偉業は口外していない。仲間の一員に加わった彼らの癒し要因であるペット――――もといクロエがバレることになるからだ。
あそこに《飛竜》がいたという事実を知っているのはスヴェンだけだが、クロエの再生能力によって《飛竜》がいたという痕跡は消え去っており、彼の言葉は全て狂言としか捉えられていない。そんな中で「いきなり《飛竜》が出てきてぇ、それ倒したの俺達なんスよwww」などというカミングアウトをしたら、一発で狂言との辻褄がとれてしまい、芋づる式に匿っている《魔王様》がバレてしまうだろう。
なので飛竜を倒したのは勿論、クロエが朽ち果てた死体になっても蘇る《屍飛竜》というレア種であることも自慢できていない。
「本当に何も無いんですか~?」
「本当に無いッスよ……。つか今更ですけど、極秘の癖に窓口で話しちゃうんですね」
怪訝そうに見つめるフェリシーを振り払うように、別の話題にすり替えて誘導する。
「ギルドマスターは昨日から別の町に緊急のクエストで出向いていまして、私が代わりに伝えるようにと頼まれたんですよ。かと言ってカウンターを空ける訳にはいきませんので、仕方なく私がここで伝達してるんです。……時間も無いので」
「ふーん。――――……いやいやいや、ちょい待ってください。時間が無いって何の?」
「実は、今日中にも王都よりこちらに迎えが来るとの事でしたので……」
「ちょちょちょい待ってくださいよ。え、もう来るの? てか、そもそも何で行く前提で話してるんですか?」
「え?」
「え?」
フェリシーは耳を疑った。
理由は不明瞭だが、王領モリノティスの王様から王命を受けたのだから、今後この国で冒険者として名を馳せたいのであれば大人しく王都に行くのが正しい選択だし、素直に従うことが、身分においても上の王族に対する最低限の礼儀とも言える。
にも関わらずこの物言い。まさか――――。
「……ちょっと待ってくださいセノディアさん。貴方、その、聞きたくはないんですが――――もしかして行かないおつもりですか?」
「いやいやいや当たり前じゃないですか。嫌ですよ、行きたくありません」
案の定であった。フェリシーを軽い目眩が襲うが、セノディアはそんなのお構いなしに続ける。
「俺絶対に行きませんからね。どー考えたって怪しすぎるじゃないですか。俺マジで心当たり無いんですよ? にも関わらず俺を名指し? 知名度もゴミクソ底辺なのに? ないないないないあり得ないですって」
「いや、その、私も裏があるんじゃないかと勘ぐってはいますが、手紙の封蝋は王族の紋章でしたし、筆記を偽装した痕跡なども見あたりませんから本物なんですよ……。それに断った場合、王様の召集を断るのは不敬に当たりますから何かしらの処罰が申し渡される可能性がありますし……」
「……あぁそれに、俺だけの問題じゃなくてギルドの体面もありますしねぇ?」
ねちっこくセノディアが詰め寄る。図星を突かれたフェリシーは眉毛を八の字にして困ったように笑った。




