プロローグ
王城の一室――――。
天蓋付きのベッドに、『トレント』と呼ばれる大樹でできた高ランクモンスターの素材から作られた机椅子。天井からつり下げられた高貴さ漂うシャンデリアと、部屋を見渡すだけで気品さ溢れる一級品の生活必需品が揃っていることが分かる。また各インテリアには少量の宝石や貴金属などが鏤められいて、それを作った職人の細やかな心遣いが見て取れた。
しかし、必要最低限なインテリア以外の装飾品は少ないことから、部屋の主は豪奢な生活はなるべく切り捨てていることが分かる。高雅ではあるものの、豪華絢爛と呼ぶには一歩二歩足りない部屋の内装だ。
部屋の主が高位の人間であることは想像に難くないが、見栄えよりも実用性を重視しているのだろう。
その部屋の中で、真っ白いフードを被った人物がベッドの前に体を丸めていた。
「――――以上が一連の報告になります」
窓から差す青白い月の明かりが室内を仄かに照らす。
輪郭が明瞭に浮かび上がると、そこにはシルクの寝間着でベッドに腰をかけている精悍な老人が、フードから僅かに覗く整った顔立ちで種族性別不明の人物からとある報告を聞いていた。
聞き耳を警戒するように声のトーンを下げながら喋る白フードは、ここ一ヶ月、とある人間を観察してきた内容を喋っていた。
「……今、何と?」
ベッドの男は文字通り、寝耳に水の様相で白フードに聞き返す。白フードは自分の報告に不備があったのかと不思議に思うが、中性的な声色で要所を掻い摘んで話し出した。
「ですから、件の男を予定通り『魔除けの障壁』と『封印されし間』に導いたのですが、中から幼子を連れて出て参りました。仰せつけられました通り私は部屋に入りませんでしたので、いかなる詮術で封印を解いたのかつまびらかな手段は分かりかねますが、恐らくアレが《魔王》であるかと……」
「そうか……『封印されし間』から幼子が……遂にこの時が来たか……。ご苦労、もう下がってよい」
「ハッ。では私はこれにて」
男の沈痛な面持ちに、独りにするのは不味いんじゃないかと心配してしまう白フードだったが、下がれと言われれば追求せずに下がるのが生業。
ビルの三階に位置する高さの部屋から、高低差を気にかけることなく、猫の如き俊敏な動きで月の明かりが差し込む窓から飛び降り部屋を後にした。一望すると壮観な庭園が広がっていたが、既にどこにも姿は無かった。
「ハァ……」
鮮やかな身のこなしに白フードは泡沫の夢だったのではと疑いそうになるが、半開きになった窓から靡くそよぐ風が心地よく、今の会話は現実であると物語っていた。
「《魔王》が封印から解かれた……。ここまでは予定通りじゃが……これも神の思し召しか……。終戦から500年という節目……。私の代でかような試練を与えるとは、存外、神も意地悪じゃのう……」
寝間着の男は顔を手で覆い、壁に立て掛けられた肖像画達に語りかけた。男に似通った顔つきの肖像画は全員何も語らず、ジッと男を見下していた。
厄介事が訪れた悲嘆か、諦めか、憂いか、憐憫か――――はたまた歴史に名を残すチャンスがやってきたという歓喜か。如何様にも取れるその発言は誰の耳に届くことなく、窓から吹き抜ける柔らかな夜風に掻き消されていく。
「先代の王達よ、どうか儂に魔王と相対する力をお貸し下さい……」
懺悔するように頭を垂れた寝間着の男を、王領モリノティスの住人は親しみを込めて、皆はこう呼んでいる。モリノティス11世、または《王》と――――。




