《閑話1》休日テイマー
『昨日の敵は今日の友』
日常会話では使い処の難しい諺だが、シチュエーションはイメージし易い。
例えば、不良漫画に登場する主人公と好敵手のパターン。常日頃から抗争相手として取っ組み合いの喧嘩をしても、一人じゃ太刀打ちできない大物が出てきたら手を組んで戦うみたいな胸熱展開が期待される。
おちゃらけた大物泥棒と国家権力もよくあるパターンで、本気で国家を揺るがしかねないマフィアや犯罪シンジケート相手には、やっかみあいながらもタッグを組んで潰そうとするから、このペアも悪くない。
しかし、後者の場合は泥棒側が警察側を撒くために、車や飛行機を乗り回して突っ込んで、拳銃で撃って刀で斬りかかって、落とし穴や赤外線レーザーなどの罠にかけて……。
不良漫画と比較するにはレベルが違いすぎるが、明確な悪意や殺意がない限り、ころっと死んでもおかしくない絡み合いをした間柄も、『昨日の敵は今日の友』という諺の例に漏れない事が理解できるだろう――――。
「クロエ、御飯だよー」
「キュイ~」
アレから2週間ほど経過し、セノディアが料理の盛られたお膳を机の上に置いた。
ここは『グルージスの酒場』の二階。宿として貸してもらっている宿泊部屋で、セノディアは全長50cmほどにまで小さくなった《屍飛竜》のクロエを餌付けしていた。
互いに殺し合った仲だったが、今はリリーの魔法によって巨体がスケールダウンしており、犬猫のような、パーティ全員で飼っている『ペット』のような位置に落ち着いていた。
片やぺーぺーで成り立ての冒険者、片や自称魔王のペットでモンスター界を代表する竜種の《飛竜》。なし崩しとはいえ互いに殺すか殺されるかの戦闘を繰り広げたのだが、何の因果かいつの間にやら仲間になってしまっていた。
しかしリリー曰く、クロエが誰かの親仇だとか、どこかの故郷を滅ぼしたとか絵本でよく見受けられる邪悪な竜の類ではないらしく、封印される前からガチの愛玩動物として手元に置いていたという説得により(魔王のペットというだけで邪竜だが)、新米冒険者一行は二週間弱という日時を費やしてクロエを受け入れることに成功していた。
小型サイズとは言えモンスターを連れて歩くと面倒くさいので、人目に着かない場所でしかクロエを表に出してあげられないのがネックだが、クロエは文句一つ鳴き声一つ言わなかったし、駄々を捏ねるような仕草もしなかった。ペットとしての躾がしっかりとできていた証拠だろう。
ならば、何故あの時襲ってきたのかについてリリーに聞くと「ご主人様を封印した人間だと思ったから」らしい。普通間違える物かと新米冒険者三人組が問いつめたら、間違える物だとあっけらかんと返されてしまってぐうの音も出なかった。
クロエはサイズが小さくなってしまったため飛竜としての力もグレードダウンしており、飛竜の代名詞である《ブレス》は吐けなくなってしまっている。代わりに、直径30cmくらいの火球をポンポン打ち出せるし、本気を出せば火炎放射のように炎を継続してはき続けることも可能なんだとか。
おまけに《屍飛竜》の特徴も受け継いでおり、死んでも死んでも延々と死骸が核となる部位に集合して復活するらしい。
もしもクロエに攻撃的な人間が現れたら、確実にクロエは火球を吐き出してしまうだろうし、体の一部が欠損したら《屍飛竜》の再生能力も露見してしまう。
そうなれば芋づる的にリリーの事がバレてしまいセノディア達の立場が危うくなるだろう。
だから表には出せない。それは飼い主のリリーも、またクロエからも不平不満は出なかった。むしろ全体的にスケールダウンしたことで世界が広がり、寝転がったご主人様・リリーの上に陣取って睡眠を取ったり、うっとりとした表情で気持ちよさそうにお風呂に浸かったりとスモールボディを満喫していた。
「今日はみんな買い物行っちゃって静かだなークロエー」
「キュイッ!」
昨日は少し疲れるクエストを完遂したので、代わりに今日はオフになった。クエストは受領しないし、厄介毎に巻き込まれても手出しはしない。心身を労り休ませるための純然たるオフ。
その予定を前日にパーティメンバーへ伝えると、三人とも買い物がしたいとの事だった。
日用品、装備、アイテム、洋服、etc……。あの三人は買い物が長い。とにかく長い。
買おうが買わなかろうが気になった物は足を止めて見る。ジッと見て観察し、時には手に取って眺める。そうして各々感想を伝え合った後、また別の商品を手にとってジッと見る。気になった物があれば類似品と比較してまた悩む。その繰り返し――――。
冒険者としての死闘に明け暮れる日常から一転、彼女達の休日は一般市民の休日と全く同じ年頃の乙女へと変貌するのだ。装備やアイテムなど、見たり買ったりする物に一般市民との差異こそあれど、キャイキャイ言いながら時間を浪費するその様はまさしくウィンドウショッピング。
この時ばかりは、アトリアも男装していることを忘れているんじゃないかというレベルではしゃぐ。
と言うわけで、ウィンドウショッピングにミリ単位も興味が無いセノディアはお留守番。買うべき装備は受付嬢のフェリシーや先輩冒険者と、買うべきアイテムはパーティと相談しながら決めるから一つの商品に悩まないのだ。
彼はクッション付き肘掛け椅子に深く座り、クロエの面倒を見ながら『冒険者入門』と書かれた指南書を読んでいた。
「『《適正マスタリー》を持たない者が魔法を発動させるには《触媒》か《詠唱》、もしくはその両方が必要です。また、魔力を大きく消費するため多用は禁物――――』。ここは前に読んだな……」
『冒険者入門』の内容は、普遍的に授かられる《マスタリー》や《適正スキル》の説明。それによって前衛・後衛が分かれるので、オススメのパーティの組み方。底辺である《G~Eランクモンスター》についての解説や、中堅冒険者への道のりなど、今のセノディア達にとって勉強すべき点がいくつも書かれている。
一方で、装備やアイテムなどの値段はその時の時価によって変動するため書かれておらず、そこらは実際にショップに訪れるまで分からないのが頭を悩ませる所だ。
「ギュア……モグモグ……」
クロエは机の上に置かれた御飯をムシャムシャと食べている。体が小さいし、手も翼と一体化しているから椅子に座ってお行儀欲食べることができず、自らも机の上に乗っかっては、お膳に顔を突っ込んで貪っていた。
宿主である『グルージスの酒場』の主人と看板娘のユニにも内緒にしているので、これらはセノディアが自分が食べると嘘の注文してクロエのために運んできた料理だ。体が小さくなったから摂取するエネルギー量も減っているとの事だったが、それでも《屍飛竜》の特性を生かせるとかチートすぎないか。
「ムグムグ……キュウウゥ……。ムグムグ……」
クロエは御飯に満足したのか、お膳に盛られたお肉や野菜を口いっぱいに頬ばって咀嚼しながら、指南書を読みふけるセノディアの膝の上に、小さな翼をパタパタと器用に操作してチョコンと乗っかった。
セノディアは片手で指南書を読みながら、もう片手でクロエの頭を撫でる。角と角の間は他の部位と違い柔らかく撫でやすかったからだ。クロエは嬉しそうにセノディアの横っ腹に頬を擦り付けた。もっと撫でろと催促しているのだろう。角がツンツンと当たって地味に痛いがそこは愛嬌で相殺して我慢している。
「お前は可愛い奴だなぁ」
「キュイ……モグモグ……」
愛くるしい仕草に癒されながらセノディアは催促通り頭をなで続けた。
やがて咀嚼音が消えると、セノディアも頭を撫でるのを止めた。トレイの上に置かれたお皿は全て空っぽ。元々ぽっこりとしたお腹だったが、それが気持ち膨らんでいるように見える。
「よく食ったな~お前……。ちょっとトレイ下に運んでくるから待っててな」
セノディアはトレイを下の酒場へ運ぼうと立ち上がったが、クロエはお腹がいっぱいになったからか、ベッドの縁でウトウトと船を漕ぎ始めた。
前に体重がかかる度に何とか落ちまいとその都度ハッと目を覚ますが、すぐにまた半目になって前に体重をかけてしまう。そしてまた、前に体重がかかってしまい、ハッと目が覚めてウトウトと……。
前に後ろにと危なっかしく揺れていて、そのまま放っておくと床に落っこちてしまうだろう。
「ハハッ……。ほら、ちゃんとここで寝ろ。危ないだろ」
船漕ぎループに思わず笑みがこぼれてしまったセノディアは、トレイを机の上に戻すと、クロエを抱きかかえてベッドの壁際に寝かしつけた。
「キュウゥ~……」
クロエは、天から降り注がれた抱き枕を手放すまいと、セノディアの腕をギュッと全身で抱きかかえた。しかしそこまで力強くはない。爪や牙や羽根など、尖った箇所が腕に食い込まないよう握る箇所を選び、尚かつ力加減を弱めに調整している。剥がそうと思えば剥がせてしまう絶妙な掴み方だ。
「はいはい。我が儘なお姫様だこって」
「クアアァ……」
飛竜の――――しかも希少種の屍飛竜の雌雄の違いなど知る由も無いが、目に入れても痛くない可愛さっぷりにすっかり参ったセノディアは、自身もベッドに腰を降ろすとクロエの隣に寝ころんだ。
セノディアとクロエの間には、お互いが発する父性と我が儘によって、種族間を越えた、親子のようにも錯覚してしまう甘々な磁場が発生していた――――。
「偸盗め……」
「ッ――――!?」
その微笑ましい光景に、水を差す邪魔者が一つ。
いつの間にかセノディアの部屋に忍び込んでいた銀髪褐色幼女が、セノディアが愛用しているクッション付きの肘掛け椅子に座り、険しい顔で睨んでいた。ドアをノックする音も、開いた音もしなかったためセノディアは心底驚く。
けれども、クロエを起こさないよう掴まれた腕はそのまま、大きな声を上げることもしなかった。
「リ、リリーか……驚かせんなよ……。心の臓が口から飛び出るかと思ったわ」
「この偸盗めが」
「ソレどっちに言ってんの?」
「無論、お主に決まっておろう。クロエは妾が手塩に掛けて育てた唯一のペットじゃぞ……。それを二週間足らずで手懐けおって……!」
「そんなん、クロエちゃんが可愛いのが仕方ないんじゃ。俺は悪くねぇよ。……てかお前どっから入って来たの?」
「ほぉ、ドア以外に入る場所があると? 全く知らなんだ。他に出入り口があるのなら妾に教えてくれやせんか?」
「へーへー皮肉もお上手ですね魔王様。それで……まぁどうやって音も立てずに部屋に入ったのかってのは聞くだけ無駄だろうから言わせてもらうけどな、せめてノックくらいはしようや」
二人の部屋は別々。
セノディアは一人でこの部屋を。
リリーは、モミジと同じ部屋で一緒に寝泊まりしている。今こうしてリリーが帰ってきているのだから、恐らく他の二人も、それぞれ自室で今日買い物した成果を整理しているのだろう。
しかし、帰ってきて「ただいま」も言わず、勝手知ったる他人の部屋とは言うが、部屋が違うからこそ最低限の礼節としてセノディアはノックを要求したのだが、リリーは素知らぬ表情で反省の色が見えない。
「ほぉ……魔王に礼儀を説くつもりか?」
「あのな……これはたとえ話、あ・く・ま・で・も例えだけどな? もしも俺がアンナ事やコンナ事してたらどうすんだよ。恥ずかしさのあまり次の日から顔会わせらんねぇぞ」
「馬鹿者。クロエが部屋におるのにするワケ無かろうて。お主ならそれくらいの常識弁えておるじゃろ」
「そりゃ……まぁ一人じゃないとしねぇけどさ……。何、こういうシチュエーションだからノック無しで入ってきたっちゅーこと?」
「そーゆーこと」
この話しはそれでお終いと、適当に切り上げるため無理矢理締めくくったリリーは、クロエが寝ているベッドに歩み寄った。スヤスヤと心地よく眠るクロエの寝顔を微笑ましそうに見つめ、角の両脇を丁寧に撫でた。
クロエは寝ているのに、気持ちよさそうに体を捩って「クアアァ」と鳴いた。元々――――というか今も飼い主なので、クロエがよく寝付けるツボを心得ている。
「にしてもお主、クロエをあやすのに手慣れとるようじゃったが……?」
「まぁね。実家に兄貴が連れてきた五歳になる姪っ子が居るんだけど、兄貴が外に出てる時は相手してやってたからな。これくらいお茶の子さいさいよ。……あ、誤解の無いように言っとくけど姪っ子をペット扱いしてるワケじゃねーからな」
「ふむ……お主には姪がおったのか……。――――お兄ちゃーん、私も頭ナデナデしてー! ……こんな感じかの?」
「うーん……姪っ子には、俺の事を便宜上『オジサン』って呼ばせてたから違うな。あと元気系よりかは大人しい系だったし、何つーんだろ、モミジっぽい感じ」
「お主、もしかしてモミジを姪に重ねたからパーティに……。少々特殊性癖すぎやせんか……?」
「性癖じゃねーよ! モミジとは成り行きで仲間になっただけだし、見た目に関しては似てもにつかねーよ!!」
声を荒げて反論するセノディアに同調するかのように、クロエは「グアアァ」と炎を吐いてゲップをした。その炎を見て「そういえば」と切り出す。
「クロエちゃんって滅茶苦茶賢いよな。柱の影に隠れた時もさ、《ブレス》吐くモーションしてから頭突きで柱をぶっ壊してきたんだよね。アレは感心した。してやられたと思ったわ」
「ふふん、当然じゃろう。妾のペットぞ」
「でもさ、ハメには簡単に引っかかってくれたんだよね」
「……ハメとな?」
「そう。普通にやったら俺らが勝てるわけないじゃん。だから地形を利用してハメたんだよ。それでアドバンテージを握ってから二回戦に突入して勝ったんだけど、でも冷静に考えたらクロエちゃんがやられたい放題やられてくれるかなぁって……」
「それなら多分……遊んでおったのじゃろうな」
「え、遊び……え、は? マジで言ってんの?」
「うむ」
耳を疑った。まさかあの死闘が遊びの範疇であると評される日が来ようとは思わなかったからだ。しかしこんなしょうもないことでリリーが嘘を言うとも考えられないから事実なのだろう。逆に言えば、クロエが本気を出せば自分達など塵芥に等しいとも言われたような気分だ。
しかし落ち込むこともなく、疑問が一つ氷解したセノディアは腑に落ちた様子で頷いた。
「そっかー……。クロエちゃんにとっては遊びだったのかー……」
「死んでも蘇られるからのぅ」
その後、特に語ることもない二人はクロエの寝息を聞きながら晩御飯について歓談を楽しむことにした。平和な時を甘受しながら――――。




