エピローグ
「あ……あ、あぁ……そんな……」
パン屋の跡取り娘は夢を見ていた――――。
言葉にならない言葉を紡いだ少女の傍らには、人間とモンスターの死体や身体の破片が転がっていた。
余りに現実離れした光景と、死臭に鼻が曲がりそうになるが、彼女はそれで狼狽えたのではない。
死屍累々の中には、モンスターから彼女を庇って致命傷を受けた従兄弟の少年『だったもの』もあった。
彼の呼吸は蚊ほども聞こえず、脈動も感じられない。
頭が真っ白になる。声にならない声が出る。
これが悪夢でなくて何なのだ。
「ハァ……ハァ……! 生きてくれ……! 頼む……!」
現実を受け入れられないのは、彼女だけではない。
何とか少年を生きながらえさせようと、手持ちのありとあらゆる秘薬を使って懸命に救助活動をしていた老人もまた、悪夢を見ている気分だった。
(こんな勇敢な少年が死んだら……儂は儂自身を呪うぞ……!)
老人は自責の念に駆られていた。
自分さえしっかりしていれば、あの時あぁしていれば、彼らの頼みを断っていれば、人間としての弱さにつけ込まれなければ――――嗚呼、少年は死なずに済んだのに。
(『灰燼の鞘』も『ソウラーキューション』も効かない……となれば、これはもう……)
老人はローブから様々なアイテムを少年の蘇生に試していた。
それらは全てSランクモンスター級の生命力・状態異常回復系アイテムで、中には製造そのものが禁止されている《蘇生薬》すらもあった。各国の貴族やコレクターなら垂涎物のレアアイテム群で、手に入れるためなら全ての私財を投じても惜しくないだろう。
それだけの回復系アイテムをつぎ込んでも、少年は蘇りはしなかった。
ぐちゃぐちゃにされた内臓の修復は勿論、体表は綺麗でモンスターに嬲られた傷痕も、幼少から煩っていた喘息もついでに治っていた。
生き返るお膳立てはできたのに反応が返ってこない。まるで少年が生き返るのを拒否しているようだ。
死体が蘇る条件として、死体の損傷が少ないことや、血液・髄液などの体液が残っていることなどが挙げられるが、とりわけ重要なのは『魂』がまだ肉体に在ること。
もしも魂が肉体からすっぽ抜けていれば、体は二度と蘇らない肉塊と化す。今の少年が、正にそれだ。
「おじちゃん……!」
虚ろな表情でローブに縋り付く少女に、老人は静かに頭を振った。
「済まない……。何と、何と侘びればいいか……」
「そんな……それじゃ……ま、まるで、死んじゃったみたいな……」
「この子は……恐らくもう……」
「だって、だってそんなのおかしいよ! さっきまで私と一緒に遊んでて、晩ご飯を一緒に食べようねって約束したもん! 明日も遊ぼうねって約束したもん!」
「……すまない」
「謝らないでよぉ!」
金髪の少女は現実が受け止められなかった。
祖父母、両親、友達、親しい人たちは皆存命。モンスターが蔓延る危険な世界、それでも活路を見出して生き抜いてきた先人の尽力により、『死』とは無縁の平和な町で生きて来た。
それが前触れもなく、動機も、死因も、何一つハッキリしてない中、唐突に振り下ろされた暴力を暴力と少女が認識するよりも早く少年は死んでいった。
――――日常は日常のまま終わりを迎えた。
全てがいきなりすぎた。
『死』の概念が曖昧で、道徳観も倫理観も定まっていない少女は従兄弟の死体を前に、泣き出すでもなく、喚き立てるでもなく、村の大人を呼びに行くでもなく、ただただ混乱していた。
ありとあらゆる感情がぐっちゃぐちゃに混ざり合って、どんな感情を表現すればいいのか分からなかった。
(《蘇生薬》を使ってもダメということは、『魂』が天に昇っていったとしか考えられん……。元を正せばこうなったのも、儂がしっかりしていれば防げた惨事……。もうアレしかないか……)
息を荒げる少女と、物言わぬ死体と成り果てた少年を前に、老人は静かに意を決した。
「……お嬢ちゃん。これから先、儂が何をしたか内緒にできるかい?」
老人はゆっくりと一言一句聞き漏らせないように、それでいて先ほどまでの鬼気迫る表情から一変、憑き物が落ちたかのように優しく語りかけた。
「内緒にしてくれれば、この少年は儂の人生全てを賭けて生き返らせると確約しよう」
「ほ、本当に!? セノは生き返るの!?」
「あぁ本当だ。ただし、今から見る物全てを誰にも喋っちゃいけないよ」
「する! 約束します! 誰にも言いません!」
少女は降って湧いた甘言にコクコクと何度も頷いた。
それを見た老人は、綺麗な少年の顔にしわくちゃな自分の顔を重ね――――。
*
「よ、どうした? ボーッとしちゃって」
「え――――」
死体の山、見知らぬ老人、骸に成り果てたセノディア、そんなものはどこにもない。
新米冒険者パーティは、『グルーガスの酒場』の二階に設けられた談話室で、一階から運ばれてくる夕飯をかっ食らっていた。
一階で食べない理由は単純。夕刻にもなると一階はほぼ満席状態になってしまっている。
そのため二階の一番大きな談話室に集まり、ターンテーブル代わりの机に料理を載せて、それを囲いながら各々好きな料理を取って食べる中華形式で腹を満たしていた。
椅子に腰掛けていたアトリアは、セノディアの声で我に返る。二人は食べる手を止めたアトリアを怪訝そうに見ていた。
「あぁごめん、ちょっとボーッとしてた……」
アハハと照れ臭そうに笑ったアトリアはコップの水を飲み、気分を落ち着かせる。
新米冒険者三人組にリリーを含めた新生パーティは、朝から晩までの一日がかりで素材収集クエストを終わらせ、クタクタで宿屋兼酒場に帰ってきたばかりだ。
ちなみにリリーは宿に着いて速攻でお風呂に入浴しに行ってしまい、今は初期メンバー三人組しかいない。彼女が封印されていた500年前は風呂は貴族しか使えない贅物だったようで、今こうして一般家庭に普及しているのを信じられない目で見ていたのは印象的だった。
しかし、『グルーガスの酒場』は宿屋を兼ねているとは言えども本元は酒場なので、流石にこの建物内に風呂場は無い。
代わりに隣家が主人とユニの実家であり、宿泊客は追加料金(10G)を支払って風呂場を借りられる。
隣家だけあって距離は近く、渡り廊下などは無いが、家同士がほぼ繋がっていると言っても過言ではない。
隣家から宿泊している『グルージスの酒場』までの道のりは、客の目の届かない店の裏口から歩いて5秒ほどの短距離で、客の目を気にせずに風呂を堪能できるのはこの宿を選んで正解だったと、三人は格安で宿を紹介してくれたフェリシーに感謝していた。
無論、格安で宿を提供してくれている主人とユニにも感謝を忘れていない。
「まぁ、今日は結構歩いてたから疲れちったか……。あんまり眠たいようならササッと食って、リリーと一緒に風呂入って寝ちゃえば?」
「食器なら私が片付けておきますが……」
「あ、い、いいよ。大丈夫! ちょっと考え事してただけ。平気平気、気にしないで」
「ふーん、まぁお前がそういうならそうしとくけど……。あ、モミジちゃん、あれ飲もう、昨日買った《エッセンス》の紅茶」
「はい、すぐに準備しますね!」
《エッセンス》というのは、王領モリノティスで随一の知名度を誇る紅茶メーカーだ。
中でも魔力をジワジワと回復させる効能を持った、冒険者にも人気のある特殊な紅茶が有名だ。アールグレイに似た柑橘系の香りが特徴で値段も安く、庶民からも親しまれているソレは、魔力と喉の両方を潤せるマジックアイテムとしてだけでなく、紅茶そのものの嗜好品としても評判が良い。
「あ……そう言えばセノディアさん」
「ん?」
「『あの人』はどうなったのでしょうか」
茶葉を缶詰から自前のティーポットに少量移したところで、モミジはふと手を止めた。
モミジの言う『あの人』とはスヴェンだ。
ギルドで起きた騒動から今日になって丁度一週間。兵士に取り調べを受けたスヴェンは他にも殺人や強奪などの余罪が発覚し、冒険者としての資格を剥奪され、遠く離れた牢屋へと移送されたらしい。
らしいというのはフェリシー伝手に聞いたからであって、ギルドマスターから直接聞いたからではないし、移送される場面を目撃したからでもない。
「――――って事になったらしいよ」
セノディアが事の顛末を伝えると、彼女は安心した表情で胸を撫でおろした。牢屋には魔法やスキルが使えないように特殊な障壁があるので、脱走して報復ということもないだろう。
「でも意外だったのは、あの薬を飲んだセノがリリーちゃんとクロエちゃんを隠し通せたことだよねー」
「あぁ、アレな」
アトリアは自分のお皿に料理を盛りつけながら口を挟む。
《雪解けの涙》を使った質疑応答の際、案の定、ギルマスのダフトからとある質問をされた。
『お前がフェリシーに弁明してた内容、ありゃ真実か?』
かなり漠然とした質問だが、スヴェンかセノディア、どちらが正しいかを判断するには適切な質問だった。
それ故に、真偽を入れ混ぜていたセノディアは一転、窮地に追いやられることとなった。真は『スヴェンの犯した所業』、偽は『リリーの出生』であったからだ。
もしも、セノディアの妹という体で傍らに付き添っているリリーのことが前魔王だとバレたら――――、庇い立てしたセノディアは冒険者として続けるのは難しくなるだろう。
下手をしたら、元魔王を蘇らせた上に匿った罪として国を追放、最悪処刑される可能性すらあった。
『はい。本当ですよ』
しかし、スラスラと口から出たのは真っ赤な嘘。
心臓はバクバクで手汗は凄まじかったが、セノディアは薬の効果が効かなかったことを顔に出さないよう、表情筋を固定するだけに精一杯務めた。そうすればその場は丸く収まることを分かっていたからだ。
自称魔王のリリーが『飲め』と言ったのだから、彼女が薬に対して何かしらの対処はしたのだろうことは容易に想像が付く。
しかしAランクモンスターの素材から作られた薬すら凌駕するとは、恐るべし自称魔王。
ちなみにこの発言が決定打となり、スヴェンが兵士達に取り調べを受けていた時に『半裸褐色ロリ』と『飛竜』についても吐露したのだが、当然のように兵士達には信じてもらえず、言い逃れをしたいがための妄言や虚言の類として処理されていた。
「俺も驚いたけど、まぁリリーが飲めって言ったからな」
「へー、リリーちゃんが指示出してたんだ……」
「そ」
肝心のリリーのその後はというと、セノディアが《エクスプローラーマスタリー》について言及しても、何食わぬ顔で知らぬ存じぬを通しており、それが嘘であると分かっていながらも、彼はそれ以上の追求はやめてしまった。
必ず彼女は話してくれる。今はその時を待つしかない。押してダメなら引いてみろ、だ。
飛竜と死闘を繰り広げたのが無為に帰ったのは苛立ったが、幸いにも、急を要する案件ではないので、《マスタリー》に関しては謎解きを楽しみながら調べていけば良い。
「それでも、よくあの場で飲みましたね。そのせいで、その、言わなくてもいいことまで……」
そう言いよどんでモミジは顔を赤くし、顔色を隠すようにして俯いた。
「へーへー俺が恋愛経験少なくて悪ぅござんした」
「あ、いや、そんなつもりはなくて! ご、ごめんなさい、気を悪くしました……よね……」
「いやいやいや、今のは冗談だよ、これっぽっちも気にしてないから安心してくれな。先輩達にはからかわれたけど、それはそれで話の種になって美味しいし」
「セノってほんと前向きだよねぇ……」
「バーカ、終わったこと何時までもうだうだ言ってても仕方ねーだろ。もう過ぎちまったもんは過ぎちまったもんなの」
「クカカッ! そうそう、終わったことは終わったこととして処理すればよかろう。それによいではないか、おなごを知らぬ純潔な男児の冒険者など、さぞ珍しかろうて」
セノディアの背後からカンラカンラと笑い声が響いた。
褐色肌のコントラストが映えるハーフアップの白髪をストレートにおろし、首元からバスタオルだけを引っ提げた痴女スタイルのリリーが、バスタオルの端っこを使って髪の毛を拭いている。
それはつまり――――ほぼ素っ裸だ。
お風呂からその姿のまま歩いてきて、客から見つからないよう注意を払って裏口から入ったのだろう。風呂場が真横の隣棟だったことをこれ以上ないほど感謝しなければならない。
ちなみに、サイズをちっこくした省エネスタイルの飛竜・クロエは、まだ風呂場で湯浴みの真っ最中である。
「わわ! 魔王ちゃん、替えのお洋服置いたでしょ!?」
「カカッ、平気じゃよモミジ。見つかったとて、目撃者の記憶を消すか妾が透明魔法でも使えばよかろう」
「見つかる事前提じゃダメ! 見つからないこと前提でもダメ! ちゃんとお洋服着るの!」
モミジは慌ててバスタオルを小柄な魔王の体に巻き恥部を隠すが、リリーはカンラカンラと笑うばかり。もうリリーが魔王なのは四人の共有事項なので、人目のない時はセノディアを『お兄ちゃん』と呼ぶように、彼女は『魔王ちゃん』と呼んでいる。
「あの衣服はザラザラしてどうにも好かんのでな……。妾はセノディアが買ってくれた肌触りの良いローブだけで良いのじゃが」
「そういう問題じゃ……あ! セノは見ちゃダメだからね!」
アトリアは慌ててセノディアの両目を手で塞いだ。
しかし当のセノディアは既に目蓋を閉じていたので要らぬお世話だったりするのだが。
「いやモミジは見ても良いとして、お前も見ちゃダメだろ。それで魔王様はなに、また半裸で外彷徨いて来ちゃったの?」
「誰にも見られん頃合いを見計らってきたから安心せい」
「それは最低限であって、ベストではないよ……。てか魔王様は湯冷めして風邪引かないんスか?」
「肌に付いた水飛沫は拭ってから上がっておるでな。抜かりないわ」
「そこら辺はキッチリしてんスねぇ」
「何で呑気に話してられるんですか! ほら魔王ちゃん、お洋服取ってきたからちゃんと着て。ザラザラしてるのは温かいからなの。これから冷え込む時期が来るかもしれないんだから、今の内からもこもこのお洋服に慣れないとダメ!」
「んむむ……。モミジが言うなら致し方なしか……」
立場的には魔王のリリーが上なはずなのだが、何故かモミジの方が権勢を振るっていた。まるで歳の近い姉妹のように仲が良さそうだ。
ゴスロリ衣装のちんまいモミジが、同じくちんまいリリーを着せ替え人形のようにして分厚い上着を着さる様は和気藹々とし、雰囲気に飲まれそうになったセノディアとアトリアは和やかな空気になりかけた。
『なりかけた』、というのは二人とも魔王の正体を魔王だと正しく認識しているからであるのと同時に、モミジの着せ替えによって魔王様の裸を見そうになったからである。
「……んじゃ、風呂は俺で最後だし入ってくるわ」
「うん。じゃあ僕たちはその間に紅茶用意しておくね」
「あ、そうだ紅茶……!」
セノディアは「頼むわ」と言い残すと、横の椅子に置いておいた自分のバスタオルと着替え手にし風呂場へと向かった。
部屋に残された三人はセノディアを見送ると、それぞれ別行動を取る。
アトリアは、モミジとセノディアと自分の分の食べ終わった食器を重ねて一カ所に集めておく。食器を運ぶサービスを請け負った看板娘のユニが、定期的に空いた皿を回収しに来る手筈になっているからだ。
「じゃあ私はお湯を貰ってきますね」
「うん、火傷しないように気をつけてね」
「はい!」
モミジは《エッセンス》の茶葉が入ったティーポットと同じ柄のティーカップを、看板娘のユニの分も含めて五つ机の上に並べると、席を立って一階に向かう。お湯を沸かせるキッチンは一階にしかないからだ。
ちなみに、この時代のキッチンは清潔で水あたりなどは殆ど無く、主要な町には上水・中水・下水が整備されており、水に関しては安心安全に使えるようになっている。
理由は簡単、500年前に現れた勇者の我が儘が起因だ。
勇者の伝記には、一にも二にも――――魔王討伐よりも、衛生面を徹底的に見直し、改善に力を注いだ痕跡が記されていることで有名である。
特に彼は、やたらと水回りの文化を発展させたがっており、勇者の生まれ故郷である王領モリノティスは全て洋式の水洗トイレになっているし、リリーとクロエが使っていたお風呂も勇者のお陰だったりする。
割とマスタリー以外にも勇者が残した功績は計り知れなかったりする反面、貴族がこういう一点のインフラに集中して精を出しているせいで他がおざなりになっているのだが、それはまた別の話。
「のぉアトリアよ」
一方、もこもこした分厚い長袖を着たリリーがセノディアの椅子にちゃっかり座り、彼のスプーンとフォークを使って余り物の食べ物を、同じく彼の空になったお皿に盛りながらアトリアに語りかける。
「ん――――あ、それセノの! リリーちゃんいつの間に!」
「よいではないか、減るものでもなしに」
「まぁ……そうだけど……。それでどうしたの?」
アトリアは当然、相手を魔王と知りながらも物怖じせず、いつもの調子で聞き返した。その目が自分の何を映していたのか、理解するせずに反射的に聞き返してしまった――――。
「お主、何時まで男の振りするつもりじゃ?」
「え――――」
――――不意を突かれた問いにアトリアは食器を片付ける手を止めてしまう。
が、また直ぐに机の上を片付け始めた。頬は若干引きつっているが、バレてしまってはしょうがないといった諦めも見て取れる。
今はこの空間に二人しかいない。リリーもそれを意識して話しかけたのだろうか。
「リリーちゃん……見抜いてたんだ」
「当たり前じゃ。そんな男装しておっても『魂』が見えるでな、魔王舐めたらいかんぞ?」
「『魂』が見えるって……サラっと凄い事言うね……」
「で、何時まで続けるんじゃ? その格好、お主も好きでやってる訳じゃなかろう。街の買い物で女物の衣服を羨ましそうに見ておったよのぉ?」
「そこまで観察されてたんだ……。まぁ……何時までもだよ……。セノが許してくれるまで、何時までも、何時までも。それが僕の戒めだから、何時までもね……」
「ふぅん……。過去に何があったか知らんが、あの男、過去をズルズル引き摺るタイプでも無かろう? 許すどころか忘れておったりしてな」
「分かってるよそんなの。リリーちゃん、僕だって分かってるんだ」
(そう、過去を引き摺ってるのは僕だけ……。何時までも惨めに、あの時を忘れられない僕の独りよがり……)
とっくにセノディアは、あの日の記憶を失っているのに――――。
『やーん、モミジちゃん可愛いー!』
『や、やめてください……。私はお湯を取りに行くだけですから……』
『あー、このまま私の妹にしたい……。ダメ?』
『ダメです……! 私はもうセノディアさんのいも……アンッ……ちょ、どこ触ってるんですか!』
『モミジちゃんだって私のおっぱいに埋もれてるんだからお互い様だよー。それでどう? 結構大きくない? 大きさには自信があるんだー』
『ぐっ……! 羨ましくなんて……別に羨ましくなんて……!』
「……」
「……」
一階と二階を繋ぐ階段から僅かに聞こえる猥談。
談話室に食器を取りに来るはずの『グルーガスの酒場』の看板娘・ユニと、お湯を取りに行ったはずのモミジだ。
騒動の一件以来、アレだけ強力な魔法で大男を成敗したのに自慢するでもなく、大人しくて物静かなモミジをユニはいたく気に入り、事ある毎に彼女に絡むのがもはや通例となっている。
――――その際、ちょっぴり過激なスキンシップを欠かさないのも含めて、だ。
そのせいで、最初こそ友達ができたと喜んでいたモミジも、今では本気で嫌がる素振りを見せ始めていた。
「……シリアスな空気が台無しだよ」
「クカカッ、それも良かろうて! やはりお主達に着いていくのは正解じゃのう! しばらく退屈せんで済みそうじゃ!」
「ハァ……お手柔らかにね……」




