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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
38/139

言いたいことと、言いたくないこと


『飲め』


 紳士であれば、ロリ体型の褐色美少女に促されれば、それがおままごとの泥水だって、検尿用のお小水だって喜んで飲むだろう。


(へいへい……。俺が飲めばいいんでしょ、飲めば)


 紳士ではないので、有無を言わさぬ命令口調に若干むかついたセノディアだが、今は大人しくその言葉に従う。

 これは魔法による魅了の言葉でも、誘惑の言葉でもない。今後の人生を左右させる重要な選択だったが、セノディアには確信があった。

 リリーは――――自称魔王様は、この場で自分の不利になるようなことはしないという確信が。

 《雪解けの涙》を飲むことで、魔王様や飛竜など、口から洩れ出す真実を誤魔化してくれるのだろう。それとも、この薬を中和する術を知っているのか――――。


「確かに君が飲んでも問題は無い……。即決即断、君は将来良い冒険者になるな。――――騒動の黒幕が、君でさえなければね」

「ほーん、じゃあそれただの褒め言葉ッスね」

「フハハッ! 君は度胸もあるな! 良いだろう気に入った、君が飲みたまえ」


 少量の、紫色をした液体の入った親指サイズの小瓶を取り出す。これが《雪解けの涙》。とてもじゃないが、雪解けの名に相応しくない禍々しい光沢を放っている。


「よ、よせ! それを飲んだが最後、答えたくない質問に答えちまうんだぞ! お前にもあるだろう、人に知られたくない過去が! 性癖が! 欲望が! 全部お前の意思とは関係無しに――――」

「じゃ、いただきます」

「――――やめろおおおおおォォォ!!」


 無視。スヴェンの必至の懇願も虚しく、セノディアはゴクリと一口で飲み干した。


「うえっ」


 しかし《雪解けの涙》という清らかそうな名前の予想を裏切り、相当不味かったのか軽く舌を出し、しかめっ面でえづいた。


「嘘だろ……本当に……飲みやがった……」


 中身の全てが喉を通ったのだと知ったスヴェンは、この世の終わりのような表情でがっくりと項垂れた。

 苦みに顔を歪めたセノディアは、絶望に染まったスヴェンを指さした。


「よし、飲んだな。効果時間はボトル一本につき五分きっかりだ。早速始めよう」

「あの、今のスヴェンさんの絶叫と挙動で白黒ついたと思うんですけど」

「そりゃそうだが……それ言っちゃお終めぇよ。折角飲んだんだ、大金貨5枚もするんだぞ? その薬」

「へぇ……えぇ!!??! マジッスか!? めっちゃ高いのにめっちゃマズイ!」

「味はいいだろう、それより効能を確かめるのが先だ。先ずは……そうだな、君の名前を教えてもらう。後は経歴だな」

「えぇ~どうしよっか――――俺の名前はセノディア。ハッカ村で生まれ育った農家の次男で、長男が実家を継ぐことになり、憧れだった冒険者になりに来ました。――――おぉ、凄いッスねこれ……」


 自然と、スラスラと流れるように質問に答えた。

 セノディアは目をまん丸にして驚く。実は頭の中で今の質問に対し、薬が本物かどうか試そうと適当に名前と経歴を偽って嘘を言うつもりだったのだ。

 それに、こういう公共の場では最低限の礼節として一人称で『僕』を使う。それらの計画がおじゃんになったのだから、間違いなくこの薬は本物だと確信した。


「よし、じゃあいよいよ本題だ……。スヴェンについてだが――――」

「おーいボウズ!」

「――――あん?」


 ようやく本筋に突入とギルマスが核心に踏み入ろうとしたが、乱入してくる声があった。

 ヤギの角を生やした異人種で、獣人族の男がギャラリーから大声を張り上げた。男は酒でも入っていたのか、顔は真っ赤で目は虚ろとすっかり出来上がっている。


「本当に何でも答えちまうんだなぁ!? 凄いなそれ!」

「そうですね。僕も半信半疑でしたけどこれは本物かと」


 赤ら顔の獣人族はセノディアにとって見知った顔らしく、気さくに返事を返す。

 セノディアが懇意にしているレギナルドも所属している、上級者パーティの一員だ。背中に担いでいる斧から《アックスマスタリー》であることが窺える。


「あ、バカ野郎ッ!!」


 反面、切羽詰まった表情のギルドマスターは瞬時にヤバイと手を伸ばした。

 が、時既に遅し――――。


「そうかそうか何でもかぁ……。おいボウズゥ、お前、誰かと《○○○》とかしたことあるか!? あ、もしかしてもう経験済みかぁ!? なぁなぁ、初恋って何時だった? 今彼女とかいたり――――」


 獣人族の男は酒に酔っていた。

 まともなコミュニケーションが望めない彼が口にした、純粋な疑問。大多数の人が話題作りに使いたがるネタ。それはつまり――――下ネタだった。


「このボケがぁ!!!!」

「グフゥッ!!」


 突如現れた獣人族の男に、体つきのがっしりした青年が腹パンして押さえ込み、隣にいたレギナルドに詰め寄った。


「おいハゲェッ!!! 誰だコイツに酒呑ませたの!!!」

「し、知りませんてリーダー! 気づいたときにはもう――――」

「行為に及んだ経験はゼロ。俺の初恋は7歳の頃で、今も彼女と呼べる人物はいません――――あーあお終めぇだぁ!!! 俺の人生終わっちまった!!! 最低最悪だぁ!!! これもう死ぬしかねぇなぁ!?!」

「ヒューヒュー! なんだ童貞君かよ!」

「おい彼女いねーってよ! 誰か立候補してやれ! 将来有望だぞー!」

「フフッ、新米冒険者クンもまだまだ青いのね」


 下ネタ満開な酔っぱらいの質問にヤイノヤイノとギャラリーが囃し立てる中、セノディアはがっくりと膝をつき、顔を両手で覆ってしまった。

 項垂れるリーダーの横で、アトリアは「ヨシッ!」と小声で呟きグッとガッツポーズし、モミジは声をかけるべきか迷いながら居たたまれなそうにオロオロとしつつも、意味は理解していたようで顔を真っ赤にしていた。リリーに至ってはキャラ作りを忘れ去り、腹を抱えてヒィヒィ息を切らしながら笑っている。セノディアに着いて地上に出てきた甲斐があったというものだ。

 ギルドマスターは未然に防げなかった事故に、ポリポリと頭を掻く。


「まぁ、その……なんだ。こういうやんちゃにも答えちまうのがこの薬の欠点だな……。おい! 今質問した奴、後で俺ン所に来い!」

「ヒッ!」

「くううぅぅ……やっぱり場所を変えるべきだったんだ……。観衆にアピールしなくちゃいけないからって、こんな人混みの中で飲むんじゃなかった……」

「初恋だのと童貞だのと、暴露しちまったお前さんに慰める言葉が見つかんねぇが、しかしこれがこの薬の良いところであるのも確かなんだ。誰もが飲むのを拒む訳だな……」


 流石のギルマスもこれは不憫に思ったのか、御婿に行けないと悲嘆に暮れるセノディアの肩に優しく手を乗せ、傷口を掘り返すように慰めた。

 しかし死体蹴りにぴくりと反応したセノディアは、意外にもケロッとした表情で顔を上げた。


「あそうだ。僕、初恋なんて誰にもした記憶ないんですけど、何で7歳なんて答えたんですか?」

「切り替えの早さ尋常じゃねぇなお前……」

「まぁ……それはそれ、これはこれ」

「……お前さん、ほんと、将来大成するぜ……。で、自覚症状が無いのに答えた件だが、その手に詳しい奴に言わせてみれば、この薬は『魂』に質問をするらしい。いいか? 記憶じゃねぇ、脳みそじゃねぇんだ。問いかけているのはお前の『魂』に、だ。記憶があろうがなかろうが、お前自身に自覚症状があろうがなかろうが、『魂』が『初恋をした』と認知すれば、それが『初恋』になるんだ。お前自身が否定しても、それが『真実』なのさ」

「へぇーめっちゃ高性能、そりゃ大金貨5枚もする薬な訳だ……。何か他にも僕の知らない僕自身がいそうッスね」


 顎に手を当てて考えるセノディアと対照的に、ギャラリーは、今もセノディアの性事情を引き合いに出して冒険者同士で盛り上がっていた。


「お前……本当に新人か……?」


 ダフトはギャラリーを気にも留めないセノディアに、末恐ろしさを感じていた。

 そう、誰も彼もが床上で絶望していたスヴェンを置き去りにして――――。







 結局この後、真実が明るみに出たことにより、スヴェンはギルドマスターから直々の訊問を受け、全てを白状した。それに加え、過去に行った犯罪についても仄めかすようにしていたが、それ以上は公言しなかった。

 彼は項垂れて口を閉ざしたままギルドから強制除隊され、呼び出された兵士によってどこかへと連れ去られていった。町の外れにある牢屋に収監されるらしい。

 こうして新米パーティが歩んだ激動の一日は、暴かれた謎以上の謎を残して終わりを迎えた――――。


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