魔を統べる者
「んぐっ……!」
セノディアは、グイッと手持ちの低級赤ポーションを飲み干した。
目先の危機は去った。もうブラフに使う必要もないからだ。
「フゥ……ッ!」
まだ体を動かそうとすれば痛みはある。
飛竜との戦いでアトリアを庇った怪我が両手足を蝕み、ガンガンとハンマーで殴られたような頭痛が続き、首元は絞められた青あざがズキズキと痛み、刺された脇腹は熱く熱を帯び、焼きごてをずっと押されているようだった。
それでも何とか意識を保つと、彼女の強さから敬語に改め、こう切り出した。
「それで……、俺も眠らすの……ですか……?」
「え、何でじゃ?」
「いやだって、君が何者かは知らないけど、俺も邪魔なんじゃないですか……? 厳重に封印されてた『箱』から出てきたし、誰がどう見たってワケありでしょう……」
「ククッ。まぁワケありと言えばワケありじゃが、それは早合点じゃ。アッチは臭いが濃くて堪らんから眠らせたまでよ」
「臭い……?」
「金にがめつく、何人も殺め、腐った性根の『怨念』。それがプンプン臭うて敵わんわ」
「怨念ってどうやって……。いや、君がただ者じゃないのは今見たから納得できますが、そんなのまで分かるんスね……。――――っつうッ……!」
赤ポーションを飲んでいたが、やはりそれだけでは痛みをカバーすることは難しかったようだ。
さっきまで脳内に溢れていたアドレナリンが切れたのか、体中を襲ってきた激痛に身を捩った。
傷痕が焼けてるように痛む。飛竜との死闘に加え、スヴェンとの一対一で無理矢理体を動かしたのもドンだ。
立っているのも、目を開けるのも、息をするのも億劫なくらい体が悲鳴を上げている。
「やっぱダメか……低級じゃ……」
痛みに耐えられなくなったセノディアは、柔らかな土草の上にトサリと倒れ込んでしまった。
それでも傷口がこれ以上酷くならないよう、傷口が地面と接しない様に倒れたのは生物としての本能だろうか。
「クカカ! お主、それだけの血を流しながらよー生きておったのう?」
「……」
そんな彼を愉快そうにケラケラと笑いながら、褐色ロリが近づいてくる。彼女はスヴェンを空から落とした際に、敵意が無いことをアピールしていたので、セノディアも接触を拒む様子はない。
いや、最早拒絶する力すら残っていないのが妥当な見解だろうか。
「安心せい。悪いようにはせん」
息の上がったセノディアを落ち着かせながら、幼女は右手を緑色に光らせてセノディアの傷口に宛がった。
するとどうだろうか。
ゆっくり、ゆっくりと、僅かばかりではあるが傷口が徐々に塞がっていく。
「ふむ、やはりこんなものか」
「い、今のは……」
痛みが幾分か消え去り楽になったセノディアは、上半身だけを起こし、自分の体を癒してくれていた褐色ロリの手を見ていた。
「妾は《回復魔法》が苦手での。昔は膨大な魔力にモノを言わせて傷を治していたのじゃが、封印されたタイミングと年月が年月だけに魔力も衰えとるわ」
「《回復魔法》まで……それに封印された年月って……イテテ……」
「まだ安静にしとれ。血が漏れ出さんよう表面を塞いだだけで完治しとらん。……ふむ、ここいらが妾の限界じゃな」
「いや充分凄いですって……」
詠唱もなく《回復魔法》《状態異常魔法》を使い、地形を変化させる摩訶不思議な魔法まで使いこなす褐色ロリに、セノディアは興味津々だ。
特に、あれだけ厳重に封印されていた『箱』から出現した点も見逃せない。
なぜ『箱』が飛竜に守られて厳重に保管されていたのか。
なぜ『箱』に封印されていたのか。
深緑に満たされたこの部屋はなんなのか。
《エクスプローラーマスタリー》との関連性はあるのか。
全ての謎を、褐色ロリが握っている可能性が高い。セノディアは褐色ロリに尋ねたいことが山ほどできてしまった。
(……まぁ、まずはここから出るのが先決だな)
が、まずは一旦ギルドに戻らなければならない。
上に残してきたパーティメンバーに自身の安否を伝えるところから始め、眠っているスヴェンや、この草木の生い茂った穴も報告しなけらばならないからだ。
逸る気持ちを抑え、セノディアは穴ぼこを見上げ、どうやってダンジョンの外に出ようか考える。スヴェン達が降りてきたのなら、降りてきた痕跡がどこかに残されているはずだ。
「うーん……」
「なんじゃお主、何を悩んどる」
「いや、あの穴どうやって登ろうかなって」
「ほう、あそこから落ちてきよったのか……。ならばクロエに乗って帰るがよい」
「……『クロエ』?」
「妾のペットじゃ。」
「《テイマー》まで……いや今は我慢だ、後で聞けばいい……。それで、外に出られる方法があるんだね?」
「クロエは他に類を見ない優秀な《飛竜》じゃ。《ブレス》の持続時間は飛竜種の中で最長記録を叩き出し、飛行速度も多種族の追随を許さんほどでの。アレ以上に優秀な個体の飛竜は中々おらんでな。妾自慢のペットじゃ」
「――――待てよ……飛竜……? あっ」
「ん?」
受け身になって半裸褐色ロリの話しを聞いていたセノディアは全てを察した。
この場この瞬間で都合良くいる飛竜など、たった一つしか思いつかない。
さっきまで死闘を繰り広げ、高所から落下し、無惨にも体がバラバラになり、挙げ句の果てに悪漢の手によって体の一部を剥ぎ取られた『あの飛竜』だ。
「いや、そのですね。多分、クロエって名前の飛竜かどうか確信は持てないんスけど……、飛竜は、あー……何つったらいいか」
「何じゃ歯切れの悪い」
「すみません……。――――あそこで横たわってるのがソレです」
セノディアが指さす先には、木々の間から覗く石道、その上に横たわる真っ赤な『何か』。
全ての素材を剥ぎ取りきれなかったのか、肉片に1個2個ほど翼と爪が残されていたが、それが飛竜だったものだと認識するには、その飼い主を自称する褐色ロリにも時間がかかってしまった――――。
「お、お……? オオオオオォォーッ!?!!??」
「あ、裸足……」
褐色ロリは驚動に駆られ、素足のまま草葉を踏みしめて飛竜だったものに走り出す。
その後ろから、気まずそうに目を伏せたセノディアが続いた。
彼女は死体の側に駆け寄ると、悲嘆さを微塵も感じさせず、死体をしげしげと眺めた。
「お主が……お主がクロエを倒したのか……?」
「俺一人の力じゃありません、他に二人いました。いやマジですみません、でも俺らも必死でしてね……? やらなきゃやられてたんスよ……。いや殺したことに関して言い訳するつもりは無いんですけど……」
「ほー……たった三人でクロエを倒したとな……。いやいやいや、お主と仲間は腕が立つのう」
「地の利が無けりゃ負けてました。それよりすみません、殺しちまって……」
「よいよい。どうせ倒さんとここに来られん仕掛けだったのじゃろう?」
「多分、多分そうだと思います……。何か心当たりでも?」
「心当たり有りまくりじゃて。しかし今はこっちが先決じゃな。ほれ、さっさと起きんか」
無惨にも角と牙が切り抜かれ、胴体からおさらばしてしまった飛竜の頭部をコツンと凸ピンする。
しかし死体は物言わず。揺らいだだけで返事はしなかった。
あまりにも無惨な光景に正気を失ってしまった褐色ロリに、セノディアは沈痛な面持ちで、現実を直視するように手を握った。
「いや、ダメなんです……あそこまでバラされたら《回復魔法》じゃ元には戻れないんですよ……。例外はないんです。《蘇生魔法》を使っても、体の7割が残っていないと意味をなさないんです。無理なんですよ、もう――――」
「グガアアアアアァァァ!!!」
「」
茫然自失、からの絶句。
ただただ絶句。
何が起こったのかサッパリ分からなかった。
散らばっていた破片が一カ所に集合していき、翼と胴体と首がくっついて、いつの間にか飛竜は本来の形を取り戻していったのだ。
まるで、最初に石版から溢れる光りで姿を象っていた時のように――――。
「えぇ……ありかよそんなの……」
「クカカカ! 言うたであろう、クロエをそこらの《飛竜》と一緒にされては困るとな」
「そりゃ、言ったけど、ズルくない……?」
「狡いもクソもあるか。《屍飛竜》じゃから当然じゃろう」
「《屍飛竜》……?」
またしても初めて聞くワードに眉を顰めるセノディア。
「いや、でも、素材も散らばったじゃん? どう考えても死体の損傷率高いじゃん? 《蘇生魔法》も使わずにどうやって蘇るっつーのさ……」
「《屍飛竜》だからじゃ。これ以上の説明はできん。妾も原理は理解しとらんでな」
「へ、へぇ……」
「クルルルルゥゥ……」
「おぉよしよし久しぶりじゃなあ。……眠らされる時も一緒じゃし、そうでもないかの?」
困惑するセノディアを余所に、褐色ロリは生き返った飛竜――――もとい、クロエの頬を愛おしそうに撫でる。クロエもされるがまま、嬉しそうに喉を鳴らした。
一応、この世界には、老衰以外で死亡した死者を蘇らせる魔法がある。
それらは《蘇生魔法》と一括りに呼ばれているが、なんと驚くべき事に、蘇らせるのに成人の生者100人分の魔力を必要とする。
それもスッカラカンになるまで吸い上げなければならない。
魔力がゼロになるまで吸い上げられたらどうなるか。それは我々の血液から酸素や酵素が空っぽになるのと同義――――当然死ぬ。
そのため《蘇生魔法》は、禁忌として封印されている魔法だ。
しかしこの《蘇生魔法》を巡って御伽噺が一つできるくらい、最もポピュラーな禁忌として有名でもある。
が、まさか《蘇生魔法》を使わずに蘇り、これを《屍飛竜》だからという理由で一括りにされ、おまけに飼い主で知らないのだから、それ以上の追求はできなかった。
「さて、クロエに乗れば戻れるが……どうするかの?」
「それならお言葉に甘えますが、アイツはどうします?」
そう言い、スヴェンを指さした。まだ草原の上で寝ているのだろう、微動だにしない。
「お主に委ねよう。生かすも殺すも、な」
「……」
褐色ロリはセノディアの意見を煽ぐ。
自分を襲ってきたスヴェンを殺さなかったのは単なる気まぐれからからで、殺そうが殺さなかろうがどちらでも良いからだ。
元居たダンジョン上部へと戻れる手段が手に入った喜びよりも、セノディアは、スヤスヤと眠るスヴェンの処遇に困った。
「……殺さないでおきましょうか」
セノディアは少し悩んだ後、殺さなくてもいいとの結論を出した。
冷静になったセノディアに、先ほどまでの熱意は無い
「ふむ……。つまびらかな事情こそ知らぬが、お主はあ奴に殺されかけたのじゃろう? 生かしてよいのか?」
「……そうッスよ、俺は殺されかけた……。でもコイツが――――あぁクソッ! コイツが最後に余計な事さえ言わなければ俺は……多分殺してたさ……!」
「ククッ……難儀よのう。先ほどまで殺気が全身から放たれておったのに全て引っ込みおった。興が削がれたか?」
「多分そうなんでしょう。そういう顔をしているんでしょうね、俺は」
先ほどまでは、スヴェンに殺されるから殺すつもりだった。
倫理観に関してセノディアは受動的――――。謎の声に恩を感じたから返そうと洞窟にやってきたのと同じように、鏡のようにされたことを正しく返すだけ。
であれば、殺される危険性が無くなったのなら、やることはただ一つ。
「……まだ寝てるよな。コイツ」
痛む脇腹に顔を顰めつつ、カバンから麻袋を取り出した。
それは入れた物を入れた瞬間の状態で保存できる《エンバンスの麻袋》だった。
折り畳まれた袋を床に広げると、大人二人分の大きさがある。人間一人を入れるくらい造作もないだろう。
紐で縛られた入り口を開けて、スヴェンを床に引き摺りながら麻袋の中へと押し込んだ。そしてまた紐で封をする。
これで麻袋から解放されるまで、スヴェンは眠ったままだろう。空間がそのまま、時も止まったままなのだから――――。
最後の最後に残した台詞――――『今まで殺して来た奴ら』、これが引っかかったのだ。
スヴェンは、冒険者の身ぐるみを剥いだりモンスターの死体の横取りだけでなく、過去にも何かしらの凶行を働いた可能性がある。
ならば、それを正規の手段で洗いざらい吐かせるのが冒険者としての――――というか、人間としての道徳を踏み外さない努めだ。
「……あれ?」
セノディアは、スヴェンの元仲間だった二つ死体を麻袋に入れようと周囲を散策していた。
しかし、死体がどこにも見あたらない。
部屋はそこまで広くない。木々や草花が視界を遮るが、それ意外は落ちてきた休憩所より少し広いくらいの広さだ。
しばらく根気よく探したが、それでも見つからなかったので二つの死体は後回しにせざるをえなかった。
「それで……それをどうする気じゃ?」
「これをギルドまで運んで洗いざらい吐かします。相当あくどい仕事に足突っ込んでるっぽいし、そこから芋づる式に共犯者や犯罪者もあぶり出せれば儲けもんッスよ」
「《ギルド》?」
「そう。モンスター退治を生業にした冒険者が集うギルド」
「ほう冒険者……まるで勇者の真似事じゃのう。あ奴も冒険者がどうこう言うとったわ」
「ハァ……。もう限界、参った、参りました、降参です……。君は何者なんですか? さっきからソレっぽい事仄めかしたり……事情を知ってるようで、常識的な知識に疎いような……」
遂にセノディアは、飛竜と中良さそうに体を密着させている褐色ロリに、怪訝そうに見つめながら核心に迫る質問をした。
閉ざされた空間に保管されていた箱から現れた半裸の褐色幼女――――。
地形を操り、大の大人を一撃で眠らせる魔法を使い、ヒーラーが得意とする《治癒魔法》を無詠唱で、《テイマー》でもないのにペットまで従えている。
おまけに勇者を生きて見てきたかのように語るではないか。
モミジとは別のベクトルだが、不思議ちゃんのような空気を醸し出している。その正体がセノディアは知りたかった。
少なくも、敵か味方かのどちらかが――――。
「あー、そうじゃな。勇者が魔王退治した話は知ってるかのう?」
「そりゃ、有名な御伽噺です……。勇者が勇敢な仲間と共に魔王城で戦い抜いたって……」
「クカカ! そうか、魔王城で勇者は戦ったのか。では、魔王城で勇者は誰と戦ったと思う?」
「そりゃ《魔王》に決まってんじゃ……」
「そう、《魔王》じゃな」
褐色ロリは満足そうに頷くと咳払いし、態度を改め、先ほどまでの高慢そうな気性と違い、恭しく、無い胸に手を添え、こう名乗った――――。
「――――《魔王》、妾がそれじゃ」
魔族を従える魔界の長――――《魔王》と――――。




